放課後は宝を探そうか - 呪われた宝の秘密 -

護武 倫太郎

宝島に眠るは呪いか

 ―――よくも、俺たちの財産を奪ってくれたな


 今から遥か昔のこと。現代では海宝島と呼ばれるようになった島の中心で、男は恨みを込めて叫んでいた。


 ―――許さない。俺たちからすべてを奪ったやつらを、絶対に許すわけにはいかない


 呪ってやる。呪ってやる。男は一言ずつ噛みしめるように、歯を食いしばりながらつぶやいていた。


 ―――奴らを呪ってやる



「ねえ、海璃かいり。宝探しに興味ありませんか?」


 授業中から睡魔に襲われ、机に突っ伏して寝ていた僕の頭上から、頭に響くような大声が聞こえてきた。


「んぁ?おいおい拓海たくみ、聞き間違いじゃないよな。まさかと思うが、宝ってあの邪悪様が呪っているって噂のやつじゃねえよな?」


「そのまさかですよ、海璃。子どものころに聞かされたこの島に眠る邪悪様のお宝伝説。その伝説のお宝の地図が手に入ったんですよ」


 僕が寝ぼけ頭を悩ませていると、拓海が眼鏡の奥をキラキラと輝かせて、いつもの調子で話しかけてくる。


「昨夜のことなんですけど、実は僕、父さんが神主さんと宝の地図の話をしているのを聞いちゃったんです。それで、今朝父さんが仕事に行った後で父さんの書斎をあさってみたんですけど、こんなものが出てきました」


 堂々と父親のプライベート漁りを宣言した拓海は、茶色く日焼けした一枚の紙を鼻息高く取り出した。それは、昔に書かれた古い島の地図のようで、時の流れを雄弁に語るほどに痛みが進んでいるように見える。一目見て宝の地図だと信じるには十分な説得力があった。

 地図には島とその周りを囲む海が描かれており、ちょうど島の北東側の海の中にバツ印が書き込まれている。このバツ印がおそらく宝のありかなのであろう。さらに、地図上のひときわ目立つ場所に『真実は逆転する』と書かれていた。宝の場所を示す暗号か何かだろうか。

 

「おいおい、そいつはどうみても本物の宝の地図じゃねえか。そんなの書斎から持ってきて大丈夫なのかよ。ばれたら大変なんじゃ?」


「ええ、そう思ってコピーを取ってきました」


 拓海は宝の地図の裏面を自慢げに見せてきた。古めかしい地図の裏は、よく見なくても真新しい真っ白な用紙である。相変わらず抜け目のないやつだ。


「どうです、わくわくしてきませんか。いつもの海海コンビで、今日の放課後にでも宝探しに行きましょうよ」


 拓海はとても頭が良いのに、行動がいつまでも小学生のままだ。僕らは中学3年生で、今は受験を控える勝負の夏。宝探しにうつつを抜かしているほど暇なわけがなかった。

 しかし、拓海の思い付きはいつだって僕をワクワクさせて仕方がない。ずっと、そうだった。


 僕と拓海は幼いころから不思議と馬が合い、いつも一緒に遊んでいた。二人とも名前に海が入っており、ついたあだ名は海海コンビ。その関係は、中学に進学し、受験を控える今になっても変わらない。でもこの関係がいつまでも永遠に続くわけがない。僕はそう感じていた。


「まったく、僕たちは受験生なんだぞ。お前は頭が良いから受験なんて余裕かもしれないけど、僕はそうじゃないんだってのに……」


 僕と拓海とは学校の成績がまるで違う。拓海は学年でも5本の指に入るほどの成績だが、僕はそうではない。がんばったって平均レベルなのだ。

 僕らはきっと別々の高校に進学するのだろう。そしてそうなったら、これまでのように名コンビとはいかない。島から離れることになって、そのまま離れ離れになって。僕らの関係は自然消滅してしまうかもしれない。


「ま、今日ぐらいは良いか。宝探し、いっちょやってやるか。呪われそうになったら守ってくれよな」


「海璃なら、そういうと思ってましたよ」


 いずれ離ればなれになるぐらいなら、今の時間を大切にしたい。拓海とバカ出来る今を大事に過ごしたい。そう思った僕は、拓海の口車に乗せられることにした。



 僕たちが暮らす海宝島かいほうじまには、海賊の宝にまつわる伝説が語り継がれていた。


―――その昔、この島に邪悪様と呼ばれる一人の海賊がやってきました。

―――邪悪様は世界各地で金銀財宝を手に入れた凄い海賊でした。

―――ですが嵐で船がボロボロになってしまい、命からがらこの島に流れ着いたとのことでしたが、宝の山だけは一切手放さなかったのです。船の荷積みには大量の金銀財宝がまばゆい輝きを放っていたそうです。

―――しかし、そんな凄い海賊だった邪悪様は殺されてしまいました。宝に目がくらんだ島の人間が手にかけてしまったのです。邪悪様を歓迎と称して酒で酔わせて、寝込みを襲い、その宝の山を奪いました。

―――ですが、その日を境に島では不幸が続くようになりました。

―――邪悪様の呪いに違いない。呪いを恐れた島民は邪悪様の墓を作り、その下に宝を埋めて、霊を鎮めました。

―――そして、ようやく島には平穏がおとずれました


 僕は小さいころに聞かされたこのお話がとても怖くて、外に出ることすら恐れていた頃があった。あやとりやお絵かきに没頭して、一人で閉じこもっていた僕を、外の世界に連れ出してくれたのは拓海だった。僕はそんな拓海に憧れを抱いていた。そして、それは今でも変わらない。


「ところでさー、お宝っていったいどこに隠されているんだ?あの昔話が真実だとするなら、邪悪様のお墓の下ってことになるけど」


 あてどもなく歩き出すのも時間の無駄だからと、宝のありかを推理すべく、誰もいない教室で考えを巡らせていく。机の上に広げた地図を、僕と拓海はくまなく観察していた。


「この地図の右上にあるバツ印がお墓の場所だと思うのですが……、どう見ても海の真ん中ですよね」


「さすがに海底に墓は作れねえよな。そういや、その地図、島の書き方もちょっとおかしくないか?」


「おかしい?どこですか?」


「ほら、よく見ると島が左下に寄ってるだろ?バツ印を書くためなのかもしれないけど。普通の地図だったら島が真ん中に来るように書くもんだよなって……」


「そうですよね。島が地図の左端に描かれている。『真実は逆転する』…、もしかして」


 拓海はハッとした顔で、地図に碁盤の目のような規則正しい線を書き込んでいく。


「お手柄ですよ、海璃。多分謎が解けました」


 拓海は顔を真っ赤にして、鼻息を荒くしていた。


「この地図上のバツ印の対極、この左下のところに洞穴があります。多分この中にお墓があるんだと思います」


「どういうことだよ?」


「『真実は逆転する』とあることから、おそらくこの宝の地図は緯度と経度が逆になっているのではないでしょうか」


「なるほど、それで縦横に線を入れて、対極に位置するところを見たってことか。すげえ、さすが拓海だな。よし、その場所を目指してみようぜ」



 海宝島の海岸のほとんどは、ごつごつとした岩場になっていて、まともな足場がない。激しい波にさらされ鋭く研がれた岩礁が僕らを虎視眈々と狙っているかのようだ。ちょっとでも足を滑らせてしまったならば、大けがは必至だろう。

 さらに僕の心をざわつかせるのは足下だけではない。頭上を見上げると、曇天が空一面に広がっている。今にも天気が荒れそうな気配に、僕は少し怖気づいていた。


「一体洞穴って、どこにあるんだよ」


「海璃さん、多分もう少しですよ」


 僕らが邪悪様のお墓だと推理した洞穴の周辺は、島の中では珍しい砂浜になっているらしい。僕らは険しい岩場を、島の外周に沿って歩きながら洞穴を目指してきた。

 へとへとになりながらしばらく歩くと、ようやく目の前に開けた砂浜と大きな洞穴が見えてきた。


「おい、拓海。ようやく洞穴が見えてきたぞ」


 きっとあそこが、宝の隠し場所に違いない。目的地に近づき安堵した僕とは正反対に、興奮を隠しきれない拓海が、洞穴の入り口に向かって走り出し、思わず足を滑らせた。


「危ねえ」


 すんでのところで拓海を抱きかかえると、拓海は顔を赤くして恥ずかしそうにしていた。


「また、海璃に助けられてしまいました。こういう体力系は海璃にはかないませんね」


 拓海は小さいころからよく体調を崩し、学校を休んでいた。そのくせ、好奇心が旺盛で動き出したら止まらないものだから、冒険に行っては怪我をするのが恒例だった。更には負けず嫌いで僕に色々と勝負を挑んでくるのだが、大体負けて泣きべそをかいていた。野良犬に襲われた時も、上級生と喧嘩したときも、いつも僕が守ってあげていたっけ。


 ぽたりと水が僕の耳の後ろをつたう。ふと顔をあげると、稲光が見えた。雷鳴がとどろき、突然強い雨が降りだした。


「拓海、この雨の中帰るのは危険だ。海も荒れてきてる。それに服が濡れたんじゃ、夏とはいえ風邪ひいちまうぞ」


「そうですね、服が濡れるのは避けたいところです。とりあえず、例の洞穴にでも入って雨をしのぎましょう」


 拓海の素早い判断のおかげで、僕らは服も濡れずに済んだ。とはいえ、雨が止む気配がない。当分はこの洞穴で雨宿りをしなくてはいけないようだ。

 洞穴は思っていたよりも広い空間だった。その中心部には祠と石碑が静かに佇んでいて、とても神聖な場所であるように感じられた。まるで何かを守っているかのようだ。例えば、邪悪様の呪いから島を守るための要石のような・・・・・・。


「これが島中を呪った邪悪様のお墓」


 お墓の下に眠る宝に近づいたとたんに降りだした大雨。島中を呪った根源に近づいたとたんに……。

 僕の背中がざわりとした。

 呪いは本物なのではないだろうか?僕の背中を冷たい脂汗がつたう。


「宝を暴くのはやめにしましょうか、海璃」


 拓海が優しく穏やかな口調でつぶやいた。僕はあまりに怖くなって、ただ頷くことしかできなかった。

 雨の音がどんどん激しさを増してくる。風の音がに心臓まで飛ばされてしまいそうだ。僕は恐怖を紛らわせようと、ずっと気になっていたことを聞くことにした。


「なあ拓海。高校はどこに行くのか、もう決めたのか?」


 僕と拓海の道は、これからきっと分かれることになる。それを確かめるのが怖くて、僕はずっと聞くことができなかった。でも、今はそれが知りたいと思った。


「そうですね、実はまだ決めかねているんです。本命は県立の南高校なんですが、先生や両親からは、第一高校を目指すべきだって言われていまして」


 第一高校は僕らの学区で進学率が最も高い男子校だ。僕では絶対に入れない。それにいえばどちらも島の外にある高校だが、僕の学力だと島の高校に通うのが一番楽なのだ。

 やっぱり僕らは別々の道を歩むことになるのだろう。もし南高校なら、僕の学力でもギリギリ目指せるかもしれない。相当な勉強は必要になるだろうけれど。


「お前の頭なら第一高校の方が良いんじゃねえのか?せっかく上を目指せるくらい頭が良いんだしさ。目指した方が絶対良いって」


 本音を言うと、嫌だった。でも、そんなことは言えない。拓海と一緒の高校に行きたいなんて、それは僕のわがままだ。


「うーん、でも僕はできることなら南高校に行きたいんですよね。そこなら、海璃の頭でも目指せるでしょ?」


「なんだよ、僕が勉強好きじゃないこと知ってるだろ?島の高校が似合ってるよ」


「けど、できるなら高校も海璃と一緒が良いというか。まあ、海璃には相当勉強を頑張ってもらわないとですけど……」


 失礼な奴だ。だけど、僕と一緒の高校に行きたいと言ってくれる拓海の気持ちが何より嬉しかった。拓海とたわいもない話をしながら、雨が止むのを待っているうちに次第に恐怖が薄れていくのが分かる。


「拓海と話してると、やっぱ、ほっとする」


 ふと視線を上げると視界に広がる光景に違和感があった。

 洞窟の外に広がっていた砂浜が消えていたのだ。潮が満ちたのか、洞窟を一歩外に出ると、そこはもう海水で満ちていた。


「ど、どうしよう。この雨で荒れた海では、さすがに泳いでなんて帰れないぞ。このままじゃ、僕たち二人とも波にのまれて……」


 嫌な考えがぐるぐると頭の中をかき回す。一度浮かんだ死の想像が、脳裏にこびりついて離れない。

 怖い。いやだ。死にたくない。せっかく、拓海と楽しい時間を過ごしていたというのに。もしかしたら高校も一緒に……なんて、淡い希望を抱くこともできたというのに。

 目の前に死という現実的な恐怖が迫ってくる。


「落ち着いてください、海璃。大丈夫です。僕らは絶対に大丈夫です」


「なんで、そんなに落ち着いてられるんだよ。すぐそこまで波が来てるんだぞ。こんな洞穴、すぐに海で満ちて、そうしたら二人とも溺れ死んじゃうんだ。そうか……きっとこれが、邪悪様の呪いなんだよ。僕らは死んじゃうんだ。いやだ、死にたくない」


「海璃、聞いてください。僕の推理が正しければ、助かります。祠の近くに行きましょう」


「何言っているんだ。祠にこそ、邪悪様の霊がとどまっているんだ。呪いが強まったらどうするんだよ」


「海璃、僕を信じてください」


 そういって僕の肩を抱いて、祠の後ろに隠れるように身を寄せ合った。潮がすごい速さで満ちていく。拓海はぐっと力を込めて肩を抱き寄せる。思いもよらない力強さに動悸が止まらなかった。そして、満ち潮は、祠の寸前まで来たところで勢いが止まった。

 まるで祠が……、いや、邪悪様が助けてくれたみたいだ。


「なんで、祠が安全だって分かったんだ?」


「『真実は逆転する』ですよ。この祠は呪われている、だから本当ならこの祠には近づくことは危険なはずなんです。でも、もしその呪いすらも逆転するなら……」


「呪われるのではなく、救われるってことか。でもそんなことが本当にあるのか?」


「はい、この通り二人とも無事です。ただ他にも根拠はありましたよ。この祠の周りがすごくきれいなことです。あまりにもきれいすぎた。もし、海水が普段からこの祠にまで達していたなら、もっと朽ちたり壊れていたりするはずなんです。なのに、そんな跡がない。この祠は海からの被害を受けていないのだと推理しました。大正解だったみたいですね」


 僕の肩に回された拓海の腕は、僕が知っていたより太く大きくなっていた。いつの間に、拓海はこんなに頼れる男になっていたんだろう。僕は拓海のことを何でも知っているつもりで、何も知らなかったのかもしれない。


「海璃、見てください。雲が晴れていきますよ。夕日です。きれいですね」


 暗闇の切れ間から、天使の梯子が降りてくる。とても神秘的な光景だった。


「なあ、拓海。さっきはさ、第一高校に行った方が良いって言っちまったけどさ、本当は僕と一緒に南高校を目指してほしい。もちろん、僕が南に行くにはもっと成績上げなきゃ、無理かもしれない。でも僕は女子で、第一高校には絶対にどうしたって入れないから……」


「うん、僕も南高校に決めました。高校生になってもこれまで通りずっと一緒ですよ、海璃」


 本当は、これまでどおりじゃない二人の関係にも憧れはあるけど、こうして二人で笑いあっていられる時間がもっと続いてくれる。そんな未来への期待で胸がいっぱいになった。

 僕はこのなんでもない楽しい時間こそが、素敵な宝物のように思えて仕方がなかった。



 ―――これは今よりも少し昔のこと。海宝島の神社でのみ語り継がれている物語。


 ジャック様は海賊らしからぬ心根の優しい人であったという。世界各地の犯罪者を懲らしめ民衆を救い、お礼としてわずかな金品だけを貰うような義賊であったそうだ。


「私の宝は、あなた方に差し上げます。海賊だった私を助けてくれただけでなく、島民として迎え入れてくれた心優しい島の方々に」


「いえ、ジャック様、それは受け取れません」


 この島の住民はかつて、裕福な豪族だった一族の末裔であった。金に目がくらんだ民衆に襲われ財産をすべて奪われ、この島に逃げ延びてきたのだ。先祖は初め、財産を奪った民衆への恨みを募らせあらゆるものを呪っていたのだという。

 しかし、島でのんびり暮らすうちにそうした感情は晴れていったのだそうだ。


「我々は過去から学んでいます。金銀財宝が人を狂わせるということを。なので、この島の平穏のためにもそのお宝はいただけません」


「分かりました。でも、いざというときのために取っておいてください。この島の人々がいつか困ったときに助けになるように」


「ジャック様のお気持ち、本当にありがとうございます。では、ジャック様がお亡くなりになられたら、そのお墓の下に宝は隠します。そして、いつかの未来、私たちの子孫やこの島を守るために、私の神社で未来永劫伝え継いでいきますよ」


 墓はジャック様が打ち上げられていた洞穴に作ることになった。その洞穴は満潮になっても海水に侵されない場所で会った。そこであれば、いざというときにジャック様同様、島民の命を守ってくれるだろう、と。

 ジャック様のお宝が外から狙われる可能性もあるから、宝は呪われていることにされた。分かる人にだけは本当のことが伝わるように、宝の地図には記されることになった。『真実は逆転する』呪いの噂は真実の逆であると。


「私はこの島で最期を迎えられてとても嬉しいです。私はこの島のみんながずっと幸せに暮らせるように祈ります。何気ない日常こそが最高のお宝なのですから」


 ジャック様の優しい祈りが、未来永劫続きますように。その当時の神主が穏やかな海に願った。



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