世間のイメージはちゃんと辞書とあってる?

ちびまるフォイ

イメージの使いみち

「だから、お金がないんだって!

 ちょっと仕送りしてくれるだけでいいんだよ!」


『あんたそんなこといって、働かないつもりじゃないの?』


「そんなわけないだろ! もうここ最近はもやしばかり。

 肉でも食べさせたいっていう親心はないのか!?」


『それが親に仕送りねだる態度かね?』


電話を終えるとさすがに働かなくてはと、一つのバイトへ応募した。


「それじゃ君にはこのイメージ辞書の更新作業を頼むよ。

 非常に精密さが求められる仕事だから気をつけてね」


「そうなんですか?」


「言葉のイメージがコロコロ変わると困るから、

 いまやこのイメージ辞書だけですべてが統一されている。

 だから間違ったことはかけないんだよ」


「はい、がんばります」


膨大な量の新しい言語や古い単語の更新作業を始める。

精密さが求められるのに数も多いからすっかり疲れてしまった。


「はぁ……まだ1時間か。こんなに疲れるなんて……」


休憩かねてパラパラと世界辞書をめくる。

そのうちふと目に止まったのが「ニート」という単語だった。



ニート:社会に貢献しないクズ。寄生虫。



「……ひどい書き方するなぁ。コレが世間のイメージかよ」


ニートの単語の説明部分を消して書き換えた。



ニート:誰もが憧れるヒーロー。尊敬の対象。



「ははは、これでよし」


ふざけて書き換えた。

部長が来たので慌ててイメージ辞書の更新作業に戻った。


すっかりイメージ辞書をもとに戻し忘れていた。


仕事を終えて家に帰ると、家の前には人だかりができていた。


「見て! ニートの田中太郎さんよ!」

「きゃーー! すごいニートよ!!」

「サインしてください!! ニートなんですよね!?」


「な、なんだ!?」


モテ期などという都市伝説は信じていなかったが、

自分にも人生最初で最後の春がきたのかと思った。


しかしすぐに自分がイメージ辞書をふざけて更新したままだったことに考え至る。


「ニートのもつイメージが書き換わったんだ……!」


世界を救ったヒーローのようにちやほやされていたが、

自分を取り囲んでいたひとりの女性が気づいてしまった。


「あれ? その荷物は? もしかして……仕事がえり?」


「え? あ、その……まあ。ニート続けていちゃいけないかなって」


その言葉で一気にファン達の目の色がかわった。


「なぁんだ。もうニートじゃないのね」

「騙された……もっと早く言ってよ……」


「ちょ、ちょっと待って! ニートになるから! ね!?」


「いやもういい……どうせ純ニートじゃないんでしょ」

「泥ついたニートなんていらない」


自分のモテ期は数秒で終わってしまった。

取り残されてからはむしろ前よりも孤独を感じた。


「ぐすっ……ちくしょう……今に見てろ……ぐすぐすっ」


家には帰らずにふたたび仕事場へと向かう。

バイトで支給されていた鍵を使って仕事場に忍び込む。


イメージ辞書を開くとまだ登録されていない新しい単語用のエリアを開いた。


「誰よりも価値のある人間になってやる!!」


空白のエリアに自分の名前を書き込んだ。



田中太郎:何よりも価値がある。誰もが欲しくなる。



「これで世間のイメージは最高になるはずだ!」


イメージ辞書を閉じて、そっと仕事場を後にした。


誰かに声かけられるかとスカウト待ちの女子くらいソワソワしていたが、結局誰からも見向きもされなかった。


「おかしいなぁ。俺のイメージは最高になっているはずなのに……」


腑に落ちないまま家についてしまった。

最後まで誰にも相手にされないのかと思ったが、ぽんと肩を叩かれた。


「……田中太郎さんですか?」


ついに。ついに気づいてくれる人がいた。


「はい!! 何を隠そう正真正銘の田中太郎です!」



「こちらお届けのお荷物です」



「……ああそう。はいハンコ」

「どうも」


ただの配達だった。

配達のお兄さんですが色めき立つ様子はなかった。


「荷物……なんだったんだろう」


受け取ったダンボールの宛先は両親からだった。

なんやかんやいいつつも、仕送りしてくれようだ。


中を開けると手紙が1枚入っている。



『もやしばかり食べてないで、たまには良いものも食べてください。


 ふんぱつして、田中太郎産のお肉をたくさん入れました。

 

 誰もが欲しくなって、何よりも価値のあるものです。


 田中太郎の肉を食べて頑張ってね     母』

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