課題を出さずにメテオを唱える

@TuduriHajime

課題を出さずにメテオを唱える

「あ~学校に隕石でも落ちねぇかなぁ」

 放課後、美術室の傍らでおれはそう宛てもなくつぶやいた。このメテオ、全世界の学校に通う若者によって何度唱えられただろう。

 後輩のそんなボヤキを耳にして、キャンバスの向こうから部長がちらりと顔を見せ、すぐに引っ込みついで窒素よりも呆れがが詰まってるんじゃないかというドデカいため息を漏らすのだった。

「なんすか先輩。今のご時世ネットさえありゃどこでも勉強できるんすよ。塾だってオンラインで済ます時代なんすから」

「ボクが定年間近の老教師にでも見えているのかい? たかだかいっこしか歳が違わないんだ。インターネットの存在くらい知っているよ」

「じゃあなんすかこれ見よがしのため息は。将来使うかもわからん知識一辺を、集団授業で杓子定規に押し付けられるよりユーイギじゃないっすかね? 昨日テレビで見たんすけど、アメリカじゃ好きな科目の授業を好きな時に家で受けられるみたいなんですよ。堅苦しい制服なんか着ずに、誰に憚ることもなくマック片手にですよ。イイと思いませんか」

 ジャージ着てお菓子とジュース片手に得意な教科を学ぶ。日本もそんな国になって欲しい、と心から願うがキャンパスの向こうで苦虫をかみつぶしたような顔をしているだろう先輩はそうは思わないのだろうか。

「……後半部分のそういう発言が説得力を奪うのだと気付かないかね」

「前半は認めてくれるんすね」

「昨日見たテレビ番組がキミの説の骨子でなければ、筆は持ったままで耳くらいは貸し出せるね」

「うちの親歯科なんたら師なんですけどね、国語がからっきしなんですよ。この間宿題で分からない所質問しようとしたらワーク目に入った瞬間に突っ撥ねられました」

「古文?」

「いえ現文っす。古文ならまだしも現文っすよ」

「じゃあ副部長に訊きなよ。学年同じだし現文得意だったでしょ」

「いやもうそういう話じゃなくて」

「なんだよ『もう』って。予習復習しときなよ。課題出さないとまた部活禁止くらうよ」

「現文さえ教えられない親父ですけど、働いて金稼いで自分の食い扶持どころか嫁と息子を養ってられてるんすよ」

「道具代がバカにならない美術部まで許してね。いいお父さんだ。筆を取りたまえ」

「だからあれこれ勉強する必要はないって話ですよ!」

「いやまぁだろうと思ったけど。そうでしかないだろうと思ったけど」

「学校の先生なんて自分らで自分以外の教科必要ないって証明してるようなもんでしょ。小学校の先生なんて小学生レベルっすよ」

「その先生方は主要五教科プラス実技四教科を修めたからこそ教壇に立っているのだよ」

「でも結局使わなくなってるんすよね」

 だ・か・ら、と気色ばんだ先輩が立ち上がりキャンバスから身を乗り出した。

「結果的に使わなくても良いようになるに必要だったの。じゃあ何かい、そこまで言うならキミはもう将来の仕事も一つに決まっていて、その仕事に就くための学ぶべき学問や身に付けるべき技能が買い物レシートみたいに整然と目録にでもなっているわけだ」

「いや、まぁ……ぼんやりと……」

「ぼんやりね」

「ぼんやりですし一つにしぼってもいませんけど、これは間違いなく要らないだろって教科はありますよ。おれ日本から出る気も外人を相手に商売をする気もありませんし英語は要らないでしょ」

「なるほど。タイムスリップもしないだろうから古文も必要ないね」

「そうそう。そういう事です」

「政治家や社長、考古学者になる予定もないだろうから社会もいらないかな」

「そうそう」

「科学者になって世界の仕組みを解き明かす予定もないから理科も要らない」

「……そうそう」

「統計撮ったり図面を引くこともしないだろうから数学も要らない」

「……ん、まぁ」

「ふぅん」

「……」

 しばし、視線が交差したまま動きが止まる。薄情な他の部員たちは我関せずでコンクールに向けて作業を続けているので硬直解除の機会がない。いたたまれない。

 やがて興味を失ったように視線を外した先輩はキャンバスの向こうに消え、筆先がこすれる湿った音が他部員たちと混ざり始めた。

「あの、先輩?」

「なんだい」

「なんか、すみません」

「謝る事は無いさ」

 突き放す風でもなく、いつもの落ち着いた口調で、規則正しいリズムで筆を走らせながら先輩は応えてくれた。

「基本的な頭の使い方の練習だとか、選択肢を広げるための科目なんだとか、好きな科目と楽な科目の混同だとか、集団授業の効率だとか、色々言いたいことはあるけどね。たかだか一年早く生まれただけのボクが先輩風吹かせて部長権限で言いくるめてもキミは納得しないだろうし。寝言みたいなただの愚痴に本気で返したって水風船よりも響かないだろうから、ボクからは何も言うまいよ」

「お、怒ってます?」

「全然。ホントだよ。あきれ返って見下げ果てているわけでもない。ただなんか納得したよ」

「何にすか」

「世界中、かどうかは分からないけど日本中の若者が恋バナするみたいにモラトリアム持て余して同じようなこと言ってるんだから、これも青春みたいなもんなのかなって」

「……」

「何か言いなよ」

「何かすんません」

「んふふふふ。不良になりきれないねぇキミは。なんだかんだ言ってもボクだって不満はあるけどね。キミのお父上と同じで現文苦手だし。なんだよ作者の気持ちって。知らないよ。太宰や芥川のきもちなんて知りたくもないよ。って、日本中の生徒が思ってるだろうね。でも」

 先輩がイーゼルを引きずってをキャンバスこちらに向ける。

「キミみたいのに会えたって学校って仕組みは悪くないと思ってる」

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