第27話 ランチャーの威力

ドン――――


 という大きな音とともに振動が辺りを包んだ。


「外れたか!? ミック次弾装填を急げ!!皆撃ち始めろ!」



 その合図とともにブラッドリー小隊長が建物から身を乗り出して、手に持っていた自動小銃を撃ち始める。それに習うようにジャックと2人で、正面の目標に向かって手に持っているライフルを撃ち始める。



 だが―――――



 目の前のドレスの女は、自身の前に傘を広げたまま微動だにしなかった。


 弾着したにも関わらず、対象に影響が見られない。

 ただ思考とは別に、指先が引き金を引くことを止めることが出来ない。


 銃を撃つとその瞬間だけ、心がどこかに持っていかれるような感覚に囚われる。

 敵を殺すという行動をしていれば、心が安定する。

 その感覚は一秒にも満たないが確かにある。そして大抵3発程撃ったときに事態を把握しようと思考が再開される。



「嘘だろ――――。全部着弾したはずだ―――したらブラッドリー小隊長だったかもしれない。だが、誰かが言った。



 数発の射撃の後に傘を見ると、傘はまるで無傷だった。穴どころか弾着の跡すらついていなかった。



 射撃を敢行した三人は一斉に一瞬だけ、動きが止まった。その隙にだろうか、傘の後ろでは、別の兵士が少女を胸に抱えて建物の中に入っていくのが見える。



 傘は一体なんなのだろうか、いや、今はそれどころではない。

ロブは目の前の傘から目を離して、建物の奥に向けて数発発砲する。しかし、石造りの壁に阻まれたのか、命中したかは分からない。


 ――――こんなことは、初めてだった。



 すると3時の方角から先程のランチャーの爆発以上の音が響き、辺りが凄まじい砂埃に包まれた。

3人共、目の前の傘から注意を逸らして、爆音のした方に神経を尖らせる。



トム、レオ―――!



 ライフルにしては異常な爆発だ。向こうにはランチャーがなど無いはずなので、おそらく敵の何某かの攻撃だろう。



 砂埃であたり一面の視界が奪われる。


「――――っ、くそ!」


 ジャックが徐に発砲する。しかし、ブラッドリーの、待て!、という言葉で我に返ったのか、即座に取りやめた。



しかし―――



「ぐあっ……」


 ジャックの持っていたライフルの先端部分が急に砕け、あたりに破片が散らばった。水にぬれた布を勢いよく広げたかのような、固く乾いた音が周辺を支配して、まるで一瞬時間が止まったかのような静寂が訪れる。



 三人とも即座に建物の影に隠れる。



「撃ち返されてる。皆注意しろ。ジャック、ミックのライフルを使え。ミック渡してやれ」


 ブラッドリーはそう言うと、ミックにランチャーの装填は出来たか、と確認した。

ミックは、………あと10秒下さい、と返す。



「ジャック大丈夫か?」



「ああ、身体には当たってない」



 ドンドン、と周囲からも爆発の音が響き始めた。おそらく他の部隊も攻撃を始めたのだろう。


 数秒の後、砂埃が落ち着くと同時に前方を確認する。


「―――――、ち。いいか、このまま斉射して傘を持ってる奴を足止めする。その後ランチャーで傘ごと吹き飛ばす」


「人1人にランチャーを使用するのですか!!?」ミックが驚くように聞く。


「奴はおそらくエースだ。エースを落としたとなれば、今回の攻撃目標かそれ以上の

価値は十分に有る」



 ジャックと2人でブラッドリーに向かって頷く。ミックは作業を再開した。


 それから建物の影から半身を出し、先程同様の射撃体制をとる。傘の女は先程と同じように傘を盾にして、動かないままだった。



 だが次の瞬間、目の前の傘から、何事か話し声が聞こえると同時に、傘の真横から黒いロープのようなものが顔を出した。



 ――――あれは、鞭――か?



 その黒いロープのようなものは、まるで生きているかのように凄まじい速度で左右上下を自在に動くと、まるで準備運動を終えた陸上選手のようにぺたんと地面に着地した。


「警戒しろ!」



 ブラッドリーの言葉で、銃を握る手に力が籠る。ライフルの金属が部品同士で触れ合い、カチャカチャという音だけが辺りを支配する。



 そして目の前の傘は――――――

―――――そのままこちらに突進してきた。



「――――!!撃ち始めろ!」



 合図と共に三人で一斉に射撃を始める。だが先程と同様に一発として貫通することはない。


 あれは、弾を弾いているわけではないようだった。おそらく傘の曲線を生かして弾道を逸らしている、と言った方が正しい。



 傘がまるで生き物のように細かく震えた。そして黒い一本の線が、傘の向こう側から生きているように、向かって右上から飛び出した。それは昔見た食虫植物の触手を思い起こさせた。



 その触手はそのまま壁を這うようにして凄まじいスピードでこちらに向かってくると、まるで意思を持っている蛇かのように。美しい曲線を描いてしなった。



 それは正確に表現すれば、サーカスとかそちらの方で披露される出し物に近しいものの様だった。。


 その奇異な黒い蛇は壁を這いながら壁の1番上まで目一杯自身の体を伸ばすと、そのまま先端がこちらを向き、まるでとてつもなく高所から、飛び降りて水面に着地する飛び込み選手を思い起こさせるように、僕らの方に降り注いだ。



 そして黒いのその先端が、自身の向かい側にいたジャックの頭を吹き飛ばした―――。


 黒い鞭の先端は、ジャックの顔面のパーツを全て吹き飛ばし顎から首に向けて大きな穴を穿った。


 顔のパーツは四方に飛び散り、唇の肉が吹き飛び、僕の肩の軍服にこびりついた。それはどこか、ふざけて銃の的にして吹き飛ばした、メロンの果実を思い起こさせた。



 ブラッドリーと共に建物の影に身を隠す。



 だが鞭はまるで、立方体の磁石に対して吸い寄せられる、とてつもなく柔らかい磁石のように壁に張り付くと、勢いそのまま直角に曲がり、建物の影にいたこちら側に向かってきた。



「――伏せっ――!?」


 

 ブラッドリーが何か言うと同時に彼の肘あたりに黒い触手がめり込み、そのまま彼の体の半分の位置まで食い込むと、ずるり、という音共に巻き戻されるリールのように触手は引き戻って行った。


 体から鞭が出る瞬間、肋の骨が砕け、血と共に地面に滴り落ちた。口からはヒューヒューと、空気がただ掠れるような音だけが漏れている。



 咄嗟に伏せることは出来ず、ただブラッドリーが盾になってくれたと言うだけだった。


「――隊長!!」


 銃を構えて目の前を見る。


 傘はもう既に目の前まで来ていて、黒い触手は、地面を叩く甲高い音ともに生きているかのように蠢いている。



―――うおおおっ!


 と言う掛け声と共にミックが装填を終えたランチャーを構えて建物の影から通りに、傘の正面に出た。


 先程の反省なのだろう、片膝をついた射撃姿勢で構えている。



 瞬間、傘がびくりと震えるような素振りを見た気がした。自然と体がこの機会を逃してはならないと訴える。



 目の前の傘に向かって銃を掃射する。引き金を何度も目一杯引く。


 ガチャンガチャン、と。


 それでも、弾が傘を貫く様子はない。しかし、時間が稼げればそれで十分なのだ。


「撃てっ!ミック!」


 カチンという、小気味良い音と共にガスが噴出される音が響き、ランチャーから弾が発射される。


 発射された弾は先程とは違い真っ直ぐに進み、傘に直撃した。


 直径30cmほどの弾は傘に当たると、傘の表面を撫でるように軌道を変え上空に向けて進み始めた。



―――爆発しない!!



 ミックは口を開け、信じられないものを見るような表情で、目の前の光景を見ている。


 傘の絹のような滑らかな材質の上を、つるんっ、と滑りながら弾は進む。


 そうか、今まで奴は弾が効かなかったんじゃない、弾道を逸らしていたのかとその時に気づいた。


 しかし――――


「ドカンっ――!」


 ミックハ開いた口を閉じながらそう言った。すると傘の上を滑っていた弾は、急にその場で爆発した。


 爆風により、後ろに身体が吹き飛ばされる。だが半身は建物の影に隠れていたため、瞬間身を捩る程度で助かった。爆風と凄まじい振動が辺り一面を覆って、通りの両側の建物の窓ガラスが割れる音が響く。


 煙が立ち上り誰もの動きが止まった。急いで後ろを振り返る。


「ミック!」


 先程から耳鳴りは止まず、一切の音がこの場所から消えてしまったように感じる。声を出しては見たものの、それが本当にミックの名を呼んでいるかもわからない。石畳の破片だろうか、まるで雨のようにそれらが降り注ぎ、身体の至る所に当たる。



 ミックは頭を抑え、床に伏せていた。ランチャーは既に手元から離している。だが手放すのが遅かったのだろう、発射直後のランチャーが足に触れてしまったのか、足に大きな火傷をしている。するとゆっくりとこちらを向き、右手の親指で小さく上にあげた。


「この、――馬鹿野郎」


 思わず同じように親指を立て返す。


 おそらく、ミックは弾頭の爆発時間をあえて短くしたのだろう。あの時間のない中でそれだけの機転を利かせたことに感嘆した。


 前方の白い煙はまだ晴れない。敵には確か、狙撃をしてくる奴もいた。この煙が立ち込めている隙にミックを影に隠さないと危険だ。


「立てるか? ミック」


「な、、、と、、、、す、ぐ、、、、っちに」


 聴力の回復が一向に進まない。甲高い音が耳の中でひたすらに鳴り響き続けている。

 ミックは匍匐前進の容量でこちらに進んでくる。通りの土埃はまだ晴れないが徐々に見えてきている。


「早くしろ!」こちらに来るように急かすように声をかける。



 ――――だめだ、時間がかかりすぎてる。


 そう思いミックに駆け寄ろうとした時――――

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ビスケットを戦場で一緒に 高橋洋二 @takahashiyo-ji

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