娘の願い
「莉華・・・・莉華っ!」
娘の容態が急変したと、病院から連絡を受けて駆けつけた病室。
妻が見守る中、莉華は既に虫の息だった。
生まれつき体が弱く、入退院を繰り返しながらも、笑顔を絶やさなかった娘。
妻の影響か、俺を『コウタロウ』と呼び、
『将来はコウタロウと結婚する!』
と宣言していた、可愛い娘。
ただそこはさすがに、
『俺はママと結婚しているから、莉華とは結婚できないんだよ。』
と言って聞かせたが、
『・・・・彼女ならいい?』
と譲歩してこられたら、それはもう、頷くしかない。
『じゃあ、大きくなったら、コウタロウの彼女になる!』
そんな娘が、今俺の目の前で旅立とうとしている。
「ダメだっ、莉華!ほらっ、欲しがってた『クルリンスティック』だぞ!これで、魔法使いになるんだろう?」
俺は鞄から急いで『クルリンスティック』を取りだし、もうほとんど力の入らない莉華の手に握らせた。
入院生活が長く、アニメぐらいしか娯楽の無い莉華にとって、一番のお気に入りの魔女っ子アニメ。
その、主人公のアイテム、『クルリンスティック』。
ほんの少し、莉華が笑った気がした。
「魔法使いになれば、こんな病気なんかすぐ治せるだろう?」
次第に血圧が低下を始め、病室内が慌ただしさを増す。
「大きくなったら、俺の彼女になるんだろうっ!」
ピーッ、と。
単調な電子音が室内に響き渡る。
大きな音を立てて、『クルリンスティック』が、莉華の手から滑り落ちた。
4月1日。
俺の可愛い娘は、わずか5年と半年足らずのの生涯を閉じた。
(・・・・そうか、あれは・・・・)
医師の死亡確認が終わり、床に落ちた『クルリンスティック』を眺めていた時。
唐突に、何年も前の記憶が蘇ってきた。
(あれは、お前だったんだな、莉華。)
ある日突然魔女のコスプレで俺の前に現れた女は、確かに『リカ』と名乗っていた。
『リカは、コウタロウの彼女で、魔法使いだよ。』
とも言っていた。
(バカだな、莉華。彼女なら、もっと色んな所にデートに連れてってとか、言えば良かっただろうに。)
神様が叶えてくれたと、莉華は言っていた。
だが、もし本当に神様とやらがいるのならば、なぜ莉華をこんなにも早く俺から奪うのか。
納得のできない思いでぼんやりと『クルリンスティック』を眺めていると、『クルリンスティック』が淡い光を発し始めた。
床に落ちている、誰も触っていない『クルリンスティック』が。
(そうか、これが無いと、魔法が使えないよな。)
お茶をオレンジジュースに変えた時に莉華が手にしていたものは、おそらくこの『クルリンスティック』だ。
細かい部分まではさすがに覚えていないが、なんとなく、そう思う。
落ちた『クルリンスティック』を拾い上げ、俺は両手を胸元で組んだ莉華の手と胸の間に差し込み、既に温かみの無くなってしまった額に口づけた。
「忘れない。忘れないよ、莉華。忘れる訳が無いだろう?俺の可愛い娘・・・・可愛い彼女のことを。」
俺の周りの空気が、フワリと揺れる。
『コウタロウ、大好き!』
莉華の声が聞こえたような気がした。
魔法使いの彼女~娘の願い~ 平 遊 @taira_yuu
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