魔法使いの彼女~娘の願い~

平 遊

魔法使いの彼女

「コウタロウ!」

名前を呼ばれたような気がして、俺はその場に立ち止まり、辺りを見回した。

天気のいい日曜日の昼下がり、コンビニ近くの大通り沿いはそれなりに人の姿はあったが、俺の見知った顔は、無い。

だいたい、俺を下の名前で呼ぶのはヤロウばかりで、女で呼ぶのは、婆ちゃんかお袋くらいだ。

同年代の女子で、俺を『コウタロウ』と呼ぶ奴など、いない。

(気のせいか。)

再び歩き出した俺の耳にまた俺の名を呼ぶ女の声が聞こえた。

「コウタロウ!」

先程より、距離的には近い気がする。

足を止め、再度辺りを見渡すと。

ニコニコしながら俺を見ている、ちょっとイカれた服装の女と目が合った。

(ハロウィーンじゃ、ないよな?)

俺の頭が確かなら、今日は4月1日のはず。

だがその女は、明らかに魔女のコスプレをしていた。

それも、セクシー系ならまだしも、幼児が好んで見るアニメに出てくるような、色気も何も無い、いわゆる『魔女っ子』コスプレ。

(コウタロウ違いだな。)

間違いなく、俺の知り合いでは、無い。

確信を持って三度俺は歩き始めたのだが。

「ちょっとっ!何で無視するかなっ!」

あろうことか、その女が走って俺を追いかけてきたのだ。

「誰っ?!」

正直、恐怖しかなかった。

全然知らないイカれた格好の女に突然追いかけられたのだ。当然のことだろう。

だが、追い付いた女は不満顔で、俺に言った。

「彼女ならいいって言ったのにっ!何で分からないかな。」

「・・・・は?」

まぁでも、仕方ないか・・・・まだ知らないんだし。

とかなんとか、女はブツブツと何やら呟いている。

(これは・・・・あれだな。)

ひとつ頷いて自分を納得させ、俺は女の手を取った。

「行くぞ。」

「コウタロウ・・・・」

女が嬉しそうに、子供のような満面の笑みを浮かべる。

何故だかほんの少し胸が痛んだが、俺はそのまま近くの交番へ向かった。


「すみません。」

「どうしました?」

俺は女を交番のお巡りに引き渡すつもりだった。

「あの、この女性なんですが・・・・」

「・・・・女性?ああ、その子?」

お巡りが怪訝そうな顔をし、その後苦笑を浮かべる。

俺には不可解な反応ではあったのだが。

「ええ、この・・・・えっ?!」

後ろを見て、仰天した。

俺が手を取って連れてきたのは、確かに俺と同年代くらいの女だったはずだ。だが、今俺の後ろにいるのは・・・・

「パパ・・・・」

あろうことか、俺を『パパ』などと呼び、足にしがみついてくる、魔女っ子姿の幼児だった。

「で、そのお子さんがどうかしたのですか?」

「あ、いや~・・・・」

動揺はしたものの、よくよく考えれば、俺の知り合いじゃないことに変わりはない。

当初の予定通り、俺はこの幼児をお巡りに引き渡すことにした。

「この子、迷子みたいで。」

「迷子?」

「はい。だから連れて来たんです。」

「そうですか。それはありがとうございま・・・・」

幼児の手を離し、お巡りに引き渡そうとしたとたん。

「パパごめんなさい!もう悪いことしないから!ちゃんと言うこと聞くから!」

大音量の幼児の悲痛な叫び声が、交番内に響き渡った。

「だから、リカのこと、捨てないで!」

「なっ・・・・」

幼児は益々力を込めて、俺の足にしがみつく。

「なるほど、そういう事でしたか。」

お巡りは、納得顔でしゃがみこみ、幼児に笑いかけて言った。

「これからは、ちゃんとお父さんの言うことを聞くんだよ。悪い子は、お巡りさんが捕まえちゃうからね。」

「はい。」

神妙な顔で、幼児は頷いている。

端から見れば、何とも心温まる光景だ。

だがしかし。

「では、これで。」

お巡りは俺に敬礼をし、本件完了と言わんばかりの様子。

冗談じゃない!

俺の用は何も済んでないぞっ!

「いやっ、あのっ!」

「パパ、早く帰ろう。」

言いかけた俺の手が、幼児らしからぬ強い力で引っ張られ、俺は否応なしに交番を後にすることになってしまった。


「ちょっとっ!何でいきなり交番に連れて行くの!」

助けを求めて交番を振り返りながら引っ張られているうちに、前を歩く幼児はいつの間にかイカれた魔女っ子女に戻っていた。

「嘘だろ・・・・」

もう、これは俺の理解の範疇を超えている。

ってことは、これは、夢なのか?

俺は今、夢を見ているのか?

「ねぇ、いつまでこんなところにいるの?早くコウタロウの家に連れてって。」

気づけば、道行く人達がチラチラと俺たちを見ている。

確かに、このままこの女と2人で外にいるのは、得策ではない気がする。

たとえ今のこの状況が夢だったとしても、俺までイカれた奴だと思われるのは、ごめんだ。

(とりあえず、帰るか。)

俺は一人住まいのアパートに向かって歩き始めた。

当然のように、女も俺に付いてきた。

ご丁寧に、手まで繋いで。


「で、お前はいったい誰なんだ?」

とりあえず冷蔵庫にあったペットボトルのお茶を渡し、女から距離をおいてベッドサイドに腰かける。

「リカだよ。」

当然のような顔で答えながら、女はペットボトルのキャップを開けようとしていたが。

「開かない。開けて。」

早々に諦めて、俺に差し出してくる。

仕方なくキャップを開けてやると、リカと名乗った女は嬉しそうに受け取って一口飲み・・・・

「にがっ・・・・」

顔をしかめた。

(これが苦いって・・・・どんだけお子様舌だよ。)

渡したペットボトルは、ごく普通の緑茶だ。特別苦いものでもない。

「ジュースがいい。」

「そんなもん、あるか。」

「コウタロウ、冷たい。いつも優しいのに。」

「はぁ?」

リカは、恨めしげな顔で俺を見ていた。

だが、どこから記憶を引っ張り出しても、こいつは俺の知り合いではない。

「つーか、お前ほんとに、誰なんだ?」

「だから、リカだってば。」

「だから、名前じゃなくて・・・・」

「リカは、コウタロウの彼女で、魔法使いだよ。」

そう言うと、リカはいつの間にか手にしていた、こちらも魔女っ子アニメでよく見るようなスティックを軽く振る。

と。

「・・・・嘘だろ。」

緑茶だったはずのペットボトルが、オレンジジュースのペットボトルになっていた。


「夢・・・・なんだな。うん、これは夢だ。」

そう、俺は呪文のように何度も自分自身に言い聞かせた。

夢ならさっさと覚めてくれと。

そんな俺の思いなど知るよしもなく、チョコンと俺のとなりに座り、リカが言った。

「そうだよ。」

「は?」

「これは、リカの夢なの。」

「お前の、夢?」

「うん。あのね・・・・」

言いながら、リカは頬を上気させ、俺の手を両手で包む。

「コウタロウの彼女になることと、魔法使いになること。頑張ったリカの夢を、神様が叶えてくれたの。」

イカれた格好をしているとはいえ、よく見ればリカはなかなか可愛いとは思う。

俺だって、年頃の男だ。

女に一方的に言い寄られて、悪い気がする訳がない。

なんなら、このまま押し倒してもいいシチュエーションではないだろうか。

だが。

不思議なことに、リカに対しては、全く食指が動かなかった。

「ねぇ、コウタロウ。」

「なんだよ。」

「一緒に、寝よ?」

俺の手を握りしめたまま、無邪気な笑顔でリカが言う。

こんな言葉を言われてさえ、俺の中には性的欲求は一ミリも起きないでいる。

「こんな昼間に、か?」

「うん、お昼寝の時間だもん。」

そのままコロンとベッドに転がるリカに引っ張られ、俺もベッドに横になった。

シングルのベッドに大人2人は、さすがに少し窮屈だ。

「コウタロウ。」

リカが上目使いに俺を見る。

「ギュッて、して?」

「お前なぁ・・・・」

「して!リカはコウタロウの彼女なんだから!」

まるで子供が駄々をこねるような口調。

おまけに、涙目。

「わかったわかった。」

幼児をあやすように、俺はリカを抱きしめた。

「コウタロウ・・・・ずっと、大好きだよ。」

リカのこと忘れないでね、と呟き、リカは安心したように目を閉じた。

俺の目の前には、ちょうどリカの額。

多分、そこに額があったから。

それだけの理由だと思う。

無意識のうちに、俺はリカの額にキスをしていた。

そして。

あり得ないほど急激で強烈な睡魔に襲われ、そのまま眠りに落ちた。


目が覚めると、部屋には俺1人だった。

なんだ、やっぱり夢だったのかと思った俺の目に映ったのは、ペットボトルのオレンジジュースだった。

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