第二話 招かざる客は空気が読めない

 ミュラー王国の第2王子シュテファン一行が王城に到着したのは夕刻だった。イザベル達の耳には、前日の昼には王都へと到着したという情報が入っていたのだが、シュテファンにもとあったらしい。

 フリートラント王国側としては、そのまま会う事無く帰ってくれて構わなかったのだが、そうはいかない。面倒事は速やかに済ませてしまいたいという陛下のげんなりした呟きにより、シュテファンを迎え入れる場にイザベル達親子も呼ばれた。


 謁見の間にはシュテファンを迎える面々がすでに揃っていた。どこかピリリとした空気が流れる中、イザベルは少々不安だった。身に纏っているドレスの裾を見つめる。よくよく見れば一級品だとわかる逸品だが、一国の王子を迎えるには地味なドレス。イザベルなりに今回の強引すぎる縁談への抗議を含めて着たのだが、ヒルデベルト達男性陣の反応はあまりよろしくなかった。母はこれで良いと送り出してくれたが……やりすぎたのだろうか……と、一抹の不安を覚えていると、扉が開かれる音が耳に届いた。

 外に立っていた騎士2人によって押し開かれた扉の間から、豪奢な衣装を身に纏ったシュテファンが現れる。自信たっぷりの足取りで闊歩し、イザベルを視界に捉えると甘い笑みを浮かべた。イザベルの背筋に寒気が走る。


 イザベルは己の身体を抱くとさっとヒルデベルトに身を寄せた。ヒルデベルトもそっと背中に手を添えて答える。そんな2人を容認する国王と王妃。


 しかし、2人の親密な様子を前にしてもシュテファンは躊躇することなくイザベルへと近づいた。陛下とヒルデベルトの片眉がほぼ同時にぴくりと上がる。他の者も厳しい表情を浮かべていた。何故か室内にまで付き添っているシュテファンの専属メイドも眼鏡の奥で鋭い視線を王子に向けている。だが、当の本人は全く気にしている様子はない。


「君がイザベルかな?! 会えるのはまだ先だと思っていたけど、わざわざ僕を出迎えにきてくれたんだね!」


 シュテファンが感激したようにイザベルの手を握った。次いで不躾に上から下まで眺める。途中、首の下辺りで視線が止まり、再度顔を見て満足そうに微笑んだ。二方向から冷たい視線がシュテファンに注がれる。それでも変わらない態度にイザベルは呆れを通り越して、ある意味尊敬すらした。

 イザベルは表情を変えずシュテファンを見つめ返し、握られている手を解くと、そっと距離をとった。


「第2王子殿下ようこそフリートラント王国へ。ところで国王陛下への挨拶はもうおすみに? ああ、王城こちらには散歩をしにきたのですね。それでしたら、我が国自慢の庭園がオススメですわ。その後はどうぞ相応の場所へと帰ってくださいな」


 つらつらと毒を吐くイザベルにシュテファンは最初何を言われたか理解できずに固まっていた。再起動するまでに1分は要した。


「あ、ああ。そうだね。僕としたことが、念願のイザベラとの対面に我を忘れてしまったようで申し訳ない」


 焦りをぬぐえないまま、国王陛下に挨拶をする。国王陛下も王妃も何事も無かったかのように挨拶を返した。ホッとした様子でシュテファンが再びイザベルに向き合い声をかけようとしたが、サッと後ろに付き添っていたメイドが小声で注意をした。


「王子。そこまでです。イザベル様への挨拶は後程改めて行った方がよろしいかと」

「そう。イザベル、残念だけど、またすぐに会おうね」

「王子」

「わかったよ」


 渋々だが、シュテファンはメイドの言葉に従った。イザベルは驚き、目を瞬かせる。メイドは陛下へと目礼し、陛下も頷き返していた。もしかすると、これが初めてではないのだろうか。

 イザベルがじっと見ていることに気づいたのか、メイドが目礼で返してきた。眼鏡の奥の見事なオッドアイに目を奪われる。


 イザベルが呆けている間に、隣でずっと黙っていたヒルデベルトが動いた。


「シュテファン王子、フリートラント王国へようこそ。私はこの国の王太子ヒルデベルトだ。滞在中、何かあれば気軽に言ってくれ」


 シュテファンはヒルデベルトと、ヒルデベルトに寄り添っているイザベルを交互に見て、挑戦的な笑みを浮かべた。


「ありがとう。何かあれば頼むよ。

「彼女だと対応できないこともあるだろう。それに、初対面の女性を呼びすてにするのはいかがなものかな」

「イザベルが嫌ならやめるけど?」


 シュテファンの言葉に一斉にイザベルへと視線が集まる。

 すでに限界に達していたイザベルはここで初めて笑みを浮かべた。シュテファンの目が見開かれる。賛辞を述べようとするシュテファンの言葉を遮ってイザベルは言った。


「嫌です」


 場の空気が一瞬止まった。

 シュテファンが呆気にとられている間に、イサベルは笑顔を浮かべるのを止め、不快感を全面に出す。


「私、仮にも求婚している相手に会う前日に別の女性に手を出すような男性を受け入れる趣味はないんですの。それと、名前は特別な方にしか呼ばれたくないので遠慮しますわ」


 ド直球な言葉にシュテファンが絶句する。そして、自分の行動が筒抜けだったとは露程も思っていなかったのだろう。目が泳ぎ始める。


「バレないとでも思いましたの? フィッツエンハーゲン家をあまり侮らないでくださいませ。……まさか、到着早々にとは……ほんとに元気のよろしいこと」


 侮蔑の視線を受け、青ざめたかと思えば、赤く顔を染めるシュテファン。しかし、言い返すことはなかった。不敬だなんだと喚くかと思ったのだがそこまで浅はかなわけではないらしい。

 その代わり、無言で国王陛下に頭を下げると、踵を返して出ていった。



 イザベルはため息を吐いた後、陛下と向き合った。

 深々と頭を下げる。


「申し訳ありません」

「いや、今回は明らかにあちらが先に礼をかいている。その上、あの失態だ。何も言い返せなかったところを見るとあちらも自分の部が悪いのを理解しているのだろう。イザベル嬢が気にすることではない」

「ありがとうございます」

「それに……イザベル嬢が言わなくとも別のものが口を出していただろうからな」


 ちらりとヘンドリックとヒルデベルトに視線を向ける。父は当たり前だと厳しい顔で頷いた。ヒルデベルトはイザベルと視線が合いそうになると、気まずげに顔を逸らしてしまった。目を瞬かせていると陛下から声がかかる。


「イザベル嬢」

「はい」

が諦めたとは思えん。……それと、きな臭い情報も上がっている。できるだけヒルデベルトから離れないようにしてくれ。城内に部屋を設けた。アレが滞在中はそこを使うように。護衛もつけるので、そのつもりで」

「承知いたしました」


 イザベルはさっと父と目配せをする。父も心得ていたかのように頷き返した。



 ————————



 シュテファンは護衛騎士に案内され、城内に用意された来賓用の部屋にいた。ソファーで項垂れ、頭を抱える。


「まずいまずい。このままだと僕は……」

「大丈夫ですわ。シュテファン様」

「本当に?」

「ええ。シュテファン様の魅力の前ではどんな貴婦人であろうと虜になってしまいますもの。今までだってそうだったでしょう? 次はイザベル様と2人きりでお話されてはいかがですか? きっと今度こそシュテファン様の魅力が伝わりますわ」


 シュテファンの手を握り、慰めの言葉をかけるメイド。シュテファンは不安をかき消すようにメイドを抱き寄せた。2人はそのままソファーへと倒れ込む。

 先程までお目付け役を果たしていたもう1人のメイドは何も言わない。頭を下げると、早々に部屋から抜け出した。

 すでに行為に夢中になっている2人は部屋を出ていったメイドのことなど気にも止めていないだろう。


「死ねばいいのに」


 吐き捨てるように呟いた言葉も、甘い嬌声に掻き消されてシュテファンの耳には届かなかった。

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ミステリー好きの悪役令嬢は好奇心を抑えられない 黒木メイ @kurokimei

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