変わらぬ日々

瀬戸

本編

 初恋の人が小説家になった。本名そのままの作家名は私が知らない間の彼の人生に汚点が一つもないこと印象付けた。私が彼を最後に見たのは小学校の卒業式だけれど、きっとあの頃のまま綺麗でかっこよく成長したのだろう。

 発売された当初、書店に平積みされた彼の名前に私は怯えに似た感情を抱いていた。眩しい彼を怖くて手に取ることが出来ない。それでも週3回あるバイトの帰りにいつもこの棚の前に来ては彼の名前を眺めていた。今でも好きかと聞かれると即答で「NO」だ。それでも彼の本を懲りずに見に来るのは小説家になった彼に憧れているからだった。それと同時に麻薬みたいな副作用もあった。デビューした彼と何者にもなれない就活中の私。惨めだ。

 それじゃあ私は彼の小説を読まなかったのか。いや、読んだ。半年も経てば旧友たちに知らないふりが出来ないほど彼の小説は大きな存在になっていたからだ。そうして発売からおよそ7ヶ月経ってからようやく棚から一冊彼の名前を拾いあげたのだった。それはとても優しい恋愛小説だった。柔らかい雨のように降って自然と地面に染み込むような文体だった。読んでよかった。嗚呼、読んでよかったと思った。でも同時に読んだことを後悔した。彼の小説を読んでこと。私は彼に会いに行くことは一生で出来ないだろう。この本に書かれている愛しい彼女は私だ。あの頃の幼く穢れを知らない私が彼の中にいるのだ。

 電車が最寄りに着いた。私は本を閉じてホームに降りると本をゴミ箱に入れた。改札を抜け、スーパーに寄ってレモンを一つ買って帰った。

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変わらぬ日々 瀬戸 @setouchi_10741

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