第52話 ずっと一緒に【完】
記憶の中に、鮮明に映像があるように、体が覚えている。
恐怖を。
この状況であれば現れてくれるだろう誰かを期待する、幼いままの心を。
アーマーズに限らず、この惑星の人々は長年、彼らに苦しめられてきた。
棲息地を分ける事で、臨機応変に対応できるようになっていたし、自分たちができる戦い方を理解してしまえば、容易く食われてしまう事はない。時代と共に人類が成長した証だ。
目の前の巨大生物は、この惑星では『捕食者』と呼ばれる。
被害に遭っていたのは決まってアーマーズであり、
彼らもまたアーマーズが捕食対象であると遺伝子レベルで把握している。
本能的に弥を避けたのは、捕食対象外だからかもしれない。
諸説あるが、スケープゴート。
彼女たちを捕食対象にさせたのも、人々が臨機応変に対応した産物なのかもしれないが。
アーマーズは必要とされている。
だが、それが彼女たちにとって幸せであるとは限らない。
『まったく、なにやってんだい』
走馬燈のように甦る思い出があった。
それはプリムムにとっての始まりの物語。
『逃げようとしないほど、ただ食われるだけの事を受け入れているなんてね。
まったく、先が思いやられるよ』
水気のない、辺り一面、砂しかない場所だった。
口だけが存在する蛇のような捕食者に狙われていたプリムムは、逃げる足が震えていた。
……昔も今も変わらないように。
しかし、彼女は開かれた大きな口に飲み込まれる事はなかった。
耳の奥まで響く、高い悲鳴と共に、捕食者が砂の中へ帰っていったためである。
『恐かったのかい?』
手を差し伸べられた。
プリムムは縋るようにその手にしがみつき、それから、彼女との生活が始まった。
捕食者によって両親を失い、一人で彷徨っていたプリムムにとっての、今尚、頼りにできる、たった一人の家族である。
それがマザーとの、出会いであった。
―― ――
はっと我に返ったプリムムは、
地面に滴った唾液によって、じゅうっ、と岩が形を崩す場面を目にする。
走馬燈を見て、意識を取り戻した時間差は、一瞬もない。
膨大な情報量が、プリムムの頭の中に一瞬でぶち込まれただけである。
周囲の状況はなにも変わっていないのに、プリムムだけが異常に疲弊していた。
「マザー……」
泣き叫んで、頼れる親が助けてくれる時代は終わっている。
今のプリムムは自立しており、かつて自分が救われたように、
マザーの助けになりたいと思っているのだ。マザーは昔ほど、動ける体ではないのだから。
それでもプリムムは、叫びはしなかったが、呟いた。呟いてしまった。
たった一人では、遺伝子に染みつく恐怖を克服する事はできなかった――、
「たす、けて……っ」
弱々しい声。
同時に、手の平で握れる程度の石ころが、捕食者の体に当たり、地面に落下した。
反応し、大きな挙動で、青い巨体が振り向いた。その視線は岩壁に注がれている。
そこに。
骨折しているはずの腕を振り抜き、石ころを投げている少年が立っていた。
「こっちだ――俺を狙え、青ガエル」
しかし、捕食者は弥を見ただけで、標的を変えるつもりはないようだった。
姿勢を戻してプリムムを見下ろすが、背中に鬱陶しいと感じる石ころが投げつけられている。
苛立った、のかは分からないが、捕食者の意識が再び弥へ向けられた。
プリムムはその間、一言も声が出せなかった。
そして自己嫌悪をする。
捕食者が振り返った時、心ではほっとしている自分がいると。
弥の方へ行ってほしいと思っている、そんな卑しいの自分の事が、大嫌いだった。
すると捕食者が初めて、弥を標的にした。
プリムムへ向いていた足先が、弥へ向く。
捕食者の背中が見え、縛られたように固まっていた体が、やがて柔らかくなる。
――これで逃げられる。
それこそが弥の狙ったものだろうと、今なら分かる。
でも……。
「あれ、でも、どうして私を装備しようとしないの……?」
相手が捕食者だとは言え、ターミナルと戦った時の事を考えれば、じゅうぶんに撃退できる力を発揮できるはずだ。
プリムムは恐怖心から思い至らなかったとは言え、弥ならすぐに思いついていてもおかしくなかった。そして、すぐに提案するべきなのだ。
プリムムがどんな状態であれ、だ。
「……私が万全じゃないから、避けた……?」
そんな事を言っている場合じゃなかったはずだ。
扱える武器があるのに、それを扱える者が相手を恐がっているからと、その案を切り捨てる、なんて事、するわけがない。
わざわざ勝率の低い方法へ切り替えて、実際に行動を起こすなんて馬鹿な真似、よほどのお人好しか、紳士ぶっていなければできない芸当だ。……だが、心当たりがある。
紳士ぶっているかは分からないが、大人ぶっている子供が、一人いる。
やっている事は大人ではないような気がするが。
勝率の高い方法を、人の感情を優先して使わない事を、意地になってやっている気もする。
なんであれ、それは弥っぽいと思った。
……ああ、生意気。やり返したくなっちゃうくらい。
そんな彼女はいつの間にか、恐怖心を忘れていた。
だから手を伸ばす。
届かない距離でも、きっと心が繋がると信じて。
――どんな恐怖も困難も、一人がダメなら二人で立ち向かう。
アーマーズを、装備する。
少年少女……、そのための【コンビ】なのだから。
―――
――
―
新編 ― ↓ ↓
――「ガールフレンド・アーマーズ/惑星脱出」
ダウト・ダイヴ:世界レースと裏切り同盟 渡貫とゐち @josho
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