いじわるな結婚式と桜の下の中国人

夏山茂樹

ウェディングドレスの中国人に嫉妬した男の娘

 船岡ふなおかの春はいつも騒がしい。それでいて仙台といった街に比べると静かで、どんなに観光客とすれ違い、彼らの話す内容を聞いても三船拓馬みふねたくまにとってはどうでもよかった。


 だがそれは他人だから気にならないというのではなく、観光客の話す姿に慣れてしまうくらいその内容を聞き続けたからだった。

 だからだろうか、千本桜の道を一緒に行く車椅子の恋人は、しきりに目線というものを気にして顔を右往左往させてあちこちを見ている。車椅子の右側にもたれかかったその子は、中国人観光客の甲高い声でなされる会話や、遠くから来た鉄オタの鉄道蘊蓄てつどううんちく、カップルのイチャイチャなど、色々な人間模様を聴いて、見て、拓馬に聞いてきた。


「春は中国人が多いな」


「あいつらはだいたい、少しでも有名だったらどこにでも姿を表すっつうの。県北の人が来ないような田舎にも車を走らせて、犬の散歩をしていた地元民の邪魔さえするんだぜ?」


「へえ……」


 恋人の顔は車椅子を押しているせいで見えない。いま、恋人はどんな顔をして自分の話を聞いているのだろう。いつも恋人の車椅子を押して道を歩いて拓馬が思うのは、恋人の見えない顔のことばかりだった。

 機嫌は損ねていないだろうか、笑い声を出してくれる時、本当に笑っているのだろうか。そんなことばかり考えていたから拓馬は恋人の表情ばかりいつも想像していた。


 その頃は千本桜の桜が散り散りになり始めたばかりの頃で、見頃はとっくに過ぎていた。それでも観光客は来るもので、船岡城址公園ふなおかじょうしこうえんにつながる橋には三脚さんきゃくの上にカメラを乗せた観光客たちが、千本桜の道を沿うように走る列車を撮影するのだ。


「ここは騒がしいな。なんやろ、どこを歩いてもカップル、中国の観光客、鉄オタばっか見かけるわ。そんなにここの桜は綺麗か? もうりやろ」


「日本人も中国人も、綺麗だと思うものは同じってことだな。でも中国の観光客はめっちゃ面白いで……。ぷふふっ」


 拓馬は船岡に暮らして三年が経過しようとしている。春になるとかつての船岡城を模した船岡駅ふなおかえきのタクシー待ち場で中国から来たであろう観光客を見るのは当たり前で、面白いのはたまにヨーロッパから来たというカップルを見ることだった。


「スミマセン、suicaで精算したいのですが……」


 カップルの片割れがなまった日本語で駅員にそう話かけたのを見かけた時は、思わず「マジか」と口に出るほどだった。


 一方で、病院で知り合った恋人は船岡に来てまだ一年になっていない。秋頃に伯父おじと、妹と一緒に暮らし始めて千本桜の日常を送るのはその年が初めてだった。だから観光客の多さに驚くし、拓馬が基本観光客に動じないのにも驚く。


「千本桜の何がええねん? たかが数十年前の人間が植えた木が大きくなって、桜が咲いてるだけやろ。この風景になるように、あえて人間が作ったこの風景のどこが楽しいねん」


「お前はそう思う奴なんか。でも鉄オタが自由に行動してるのを見るのはなかなか無いぜ? 中国人も写真撮りまくって、たまに面白い行動するんや。例えば……」


 すると、船岡城址公園の方から駅に向かって、甲高い声で話す中国人観光客が女二人でやってきた。ゆっくりと桜を眺めながら談笑している。

 彼女たちの片割れは、シンプルなデザインのウェディングドレスの裾を両手に持って友人であろうもう片方の持つカメラの画面に夢中だ。


「拓馬、あれ……」


 恋人の呼吸が一瞬止まって、息が詰まったかのようにそれから少しして恋人の右腕が後ろにいる拓馬の服を掴んだ。


「俺も。なんやアレ……」


「ここって式場あったか?」


 服を掴んだまま、恋人はその小さな手を離さないまま話し続けている。まるで人類初の月面着陸をテレビでじっと見つめ続ける昭和の子供たちみたいに、ニール・アームストロングのように衝撃を与え続ける観光客に視線を浴びせ続けた。


 だが当のウェディングドレスを着た中国人は、笑いながら船岡駅に向かっていくばかりで拓馬の恋人の視線に気づいていない。幸せそうな笑みを浮かべた彼女は、ドレスの裾を掴んだままゆっくりと、地元民に自分の幸せさをアピールするようにゆっくりと歩き、やがて船岡駅に消えて行った。


「……なんだったんや、アレ」


「本当にな」


 ふたりは今まで見たことのない衝撃しょうげにを感じ続けているせいか、ずっと動かないまま視線を船岡駅の方向に向け続けたままだ。目的地は船岡城址公園なのに、帰りの方向を向いているものだからとうとう誰かに声をかけられてしまった。


「大丈夫ですか?」


 そう聞く少女はどこか心配そうに、二人を見つめている。まるで『観光客よりもあなたたちの方が目立っていますよ』と言っているかのように。


「えっ、ウチらはもう大丈夫ッス。ご心配してくださってありがとうございます」


「りら、お前騒さわぎ過ぎなんだよ。いつもは振り向かないのに、俺の服を掴みやがって」


「なんやねん、アレは初めてや! あからさまに幸せを振りまく観光客なんて、仙台でもそうそう見んかったわ!」


 あの観光客の笑顔を『幸せ』と表現したりらに、拓馬は驚きながらりらの手を掴んで、自身の服の裾から離させた。


「あのウェディングドレスを着た中国人ですか? 素敵な風景でしたね。千本桜の下をウェディングドレスを着て歩くなんて、どんな人でも振り向くし、見てる人はほっこりするし、見てて本当に癒しになる光景でしたわね」


 少女が口を挟んできた。拓馬は突然他人がふたりの世界に入り込んできたことに驚いて、思わずりらから手を離してしまった。そのまま車椅子にドスンと落ちたりらは、少女をにらみながら言い出した。


「だから羨ましいねん。綺麗な風景の下で異国の地元民にも観光客にも自分の幸せを自慢できるアイデアをなあ、思いつきやがってやあ。あんなのドラマでしか見たことないわ」


「へえ、どんなドラマや?」


「名前は忘れたがなあ、台湾ドラマってナオミが言っとったわ。中国だったかもわからん」


「もしかしてそこから思いついたんだろうよ。俺たちには俺たちの幸せがある。公園まで行こうぜ」


「そ、そうやなあ……」


 その言葉を聞いてか、少女は、失礼します、と言ってそそくさと船岡駅の方へ向かって行った。ふたりは右手で手を振りながら、彼女の姿が消えていくのをいつまでも見ていた。


 少女が消えて、拓馬が後ろを振り向くりらを前に向かせて、車椅子を再び押し始める。最初の頃のりらは細くて青白かった頬も少しずつ張りを取り戻して、拓馬はりらが人形から人間へと進化しているような気さえした。


「さっきの中国人、面白かったなあ」


 そう言うとりらが声音に不機嫌ふきげんさを乗せて返してくる。だがどんな表情をしているかがわからないので、拓馬にとって、それが残念でならなかった。


「ウチ悔しいねん。ウチならきっととなりとはいえ、海外の田舎であんなことをやるアイデアも思い浮かばんし、度胸もないんや」


「自分の発想がそこまでいたらんことじゃなくて、あのウェディングドレスが悔しかったんじゃねえの。お前ならさあ」


「……だからなんやねん」


「図星だっつうの。二十代なめんな」


 すると、りらは黙りこんでそれから一言も話そうとしない。一方の拓馬も黙りながら車椅子を押し続け、気がついたら公園につながる橋の目の前にいた。


 周りの人々は桜の散っていく様に夢中になって階段を上りながら写真を撮っている。両足で階段の手すりに体を預けて写真を撮る人もいる。りらはその姿を見ているようで、それからずっと黙りながら彼女が自身の恋人を連れて線路が見える場所まで上がっていくのを見つめていた。

 それを見ていた拓馬はパン屋でりらとパンを食べてから車椅子を押しながら橋を越えて、向こう岸にある千本桜の道を十分以上押してきた。そのせいか、健常者を見つめ続けるりらを心配しつつも、ゼエゼエと息を切らして階段の隣にある、車椅子用の坂を見つめて「マジか」とつぶやいた。


「ごめんな。ウチが片麻痺かたまひやなかったら普通に写真を撮って、一緒に階段を登れたのにやあ……」


 その坂が急だったのはりらでも分かった。そもそもりらは元々健常者だったのだけど、前年の夏に事故で脊髄損傷せきずいそんしょうになった挙句、リハビリをしても左半身は石のように動かない。


「なあ、りら。クヨクヨすんなや。俺は迷惑めいわくだなんて思ってないし、逆に謝られるほうが迷惑だわ。好きな人間の車椅子を押すのを迷惑ってとらえる奴は、その地点で恋をあきらめとるわ。それくらい分かれわ、アホが」


「……分かったわ。ならやあ、樅木もみのきまで連れてってや。冬はナオミと一緒に行ったんや」


「妹が車椅子を押したん?」


「当たり前や、アホ」


 りらの妹であるナオミは中学校に入学したばかりの少女で、確かに普通の同年代女子よりも体は大きかったが拓馬は、彼女に千本桜の道を車椅子を押して歩き、キツい坂を登って樅木まで行けるほどの力があるとは思えなかった。


「あの華奢きゃしゃな体の妹さんがねえ……SASUKEに出れるじゃねえか」


「サスケってなんや?」


 ああそうか。同じ平成生まれとは言っても、拓馬はりらより十歳ほど年上の男で世代も違っている。世代のギャップを恋人といることで初めて経験した彼は、かつて自分が熱狂していた番組について教えた。

 それと同時に車椅子を押して坂を上り出す。最初は緩やかであまりキツくなかったのだが、上がるにつれて少しずつ両肩にかかる負荷ふかを感じて車椅子の速度が遅くなる。


「昔やってた番組だ。色んなアトラクションがあって、それを屈強くっきょうな挑戦者が挑んでいくんだけど大体は落ちて失敗するのがオチだったな」


「サッカーやってた頃のウチやったらできたやろな」


 悔しそうに笑い声を出すりらに、拓馬は息を切らしながら釘を刺す。


「そんな子供がゴールできるような生易しいものじゃねえ。樅木に着いたら動画見せてやっから、言ったこと後悔すんなよ?」


「マジかよ」


 さっき坂を見た拓馬のつぶやいた言葉を、今度はりらが言った。だがりらは進んでいく車椅子の上で、橋の上でカメラを構えて列車が通るのを待っている人々を見て「ゲッ」と、少し引いたような口調で漏らしてしまった。

 そこを通り過ぎて、橋をそのままいくと船岡城址公園の樅木に着くのだが、その間、ずっと拓馬の息を切らす声を聞くだけで、りらは黙ったままだった。


 船岡城址公園に入って樅木までの坂を上ると、拓馬がへばって尻餅しりもちをつく。その音の大きさにまた振り向いたりらは、自身の恋人を労った。


「お疲れ様、ダーリン」


 そう笑ってみせたりらの顔を見て、拓馬はいつも呼び捨てのりらがダーリンと自分を呼んだ事実に驚いて、何も言えなかったし何をするかも思い浮かばなかった。


「いひひ、かわいいわあ。拓馬たくまくん」


 尻餅をついてから、ずっと酸素を求めるように呼吸を続ける拓馬の目に映ったのは、目を細めてニヤリと笑うりらの顔だった。その表情はまるでからかうのに成功した幼い子供のようなあどけなさがある。

 最近流行っている漫画の主人公もこんな気持ちだったのだろうか、と思いながら琢磨の心に湧いたのは、いつもからかってきた自分がやり返されたという事実からくる悔しさと、泣き虫のりらが初めて見せた悪童らしい笑いへの安心感だった。


「りら、お前そんなふうに笑えるのか。可愛いな」


 呼吸も落ち着いてきた頃にそう言い返すと、りらは頬を赤くして車椅子の手を置く部分に全身の体重を乗っけてこんなわがままを言い出した。


「そんなに言ってくれるんならやあ、やってや。結婚式」


「なんでだよ。お前チンチン付いてんだからまだ結婚できないやろ」


「うっさい! ウチが言っとんのは、お前とウチを結びつける意味での儀式的ぎしきてきなやつや!」


「さっきの中国人に影響されたか?」


「あの中国人にできて、ウチにできないことなんかないわ!」


 マジかよ。心でそうつぶやきながら、拓馬は結婚式を挙げる自分とりらの姿を想像した。教会の厳かな雰囲気の中、客を呼ばないふたりだけの挙式。目の前で牧師ぼくしが「病める時も、健やかな時も」から始まる例の質問をふたりに問いかける。

 それをふたりで同時に言おうとしたところで先にりらが大きく「ちかいます」と、ブーケを固く握りしめて、涙を流す場面が拓馬には思い浮かんだ。


 りらには神様を信じているのだろう、と感じられる時がたまにあって、ロザリオを持って夜、必ず寝る前はお祈りをするのだ。拓馬もその場面に遭遇そうぐうしたことがあったが、その時のりらはこうべを深く垂れて、見えない創造主に祈っていた。

 その間は決して琢磨が話しかけても応じないし、自分の世界に浸っているようだった。結婚式を想像する拓馬のように。


「分かったわ。じゃあ、ウェディングドレスを買おう。安月給だからアマゾンのやつやけどな」


「ええ……。なんか寂しいわあ」


 ガッカリしたように答えるりらに、拓馬は立ち上がって反論する。立って宣言するその姿は、革命家のような何かをりらにも、周囲の人々にも感じさせた。


「来週の日曜日、俺のアパートまでお前を迎えに行く。そこでドレスを着せて、ふたりでウェディングケーキを入刀して、それから誓いを神の前で立てるわ! 客のない、ふたりだけの結婚式や!」


「……」


 いつもは勢いのあるりらが、目を丸くしたまま何も言わない。その途端、列車が千本桜に沿って船岡駅方面に走って行った。それと同時にシャッター音が鳴り響く。だがそれから列車が去ると、今度は一部の若いカップルがスマホで拓馬とりらのやり取りをスマホやカメラに収めて、シャッター音がいびつ曲調きょくちょうのように再び鳴り出した。


「なんやお前ら! 見せもんやないで」


 だが、カップルたちは黙ってシャッターを切り続けて、それからスマホを持った男がふたりに近寄って言った。


「車椅子の彼女さんと彼氏さんの結婚式かあ。いい絵になるからネットに載せたいんです。よかったら撮らせてもらえませんか?」


 男は拓馬に名刺を差し出して、自身を売れないカメラマンだと自称した。


「普段はリーマンしながら、休日に出かけてカメラ撮影します。で、ネットに載せるんです」


「データを私たちに渡してもらえるなら構いませんが……」


 するとそこにりらが割って入ってくる。


「ふたりだけでおごそかにやろうや。神様に誓うんや。愛し続けるって」


「りら、だからこそだよ。ふたりが誓う結婚式を色んな人たちに見てもらうんだ。さっきの中国人みたいになれるぜ?」


「それなら……、まあ」


 りらは黙ってそれから何も言わなかった。


「お代はいくら支払いましょうか? 二十万円までなら払えますよ」


「お金はいいですから、とにかく私たちの結婚式を撮ってください。そしてネットに載せるなり、好きにしてください。拡散してください。それが私たちの望みです」


 とは言いつつも、ご祝儀しゅうぎとして結局五千円を貰ってしまった。しかも仙台の有名なフランス料理店のホールケーキを、例のカメラマンはおごってくれた。


 日曜日になるまで、あっという間だった。カメラマンが立会人として、本物の神父を呼んでアパートで小さな結婚式をすることになったのだ。

 神父は木造アパートの一部屋で行われる小さな結婚式に眉をしかめながらも、カーテンを閉めて暗くした部屋の中に蝋燭ろうそくで部屋を灯して、りらと拓馬が買った三千円の指輪を交換しあう中で例の問いをふたりに投げかけてきた。


めるときもすこやかなときも、神を信じ、お互いを信じ合ってこれからを生きていくことを誓いますか?」


 拓馬はりらと一緒に、同時に答えるつもりだった。形だけとはいえ、結婚式の持つ意味はふたりにとって神聖なもので、カトリックのりらにとっては尚更それが持つものは重かったようだ。


「ちか……」


「誓います」


 そう言って涙を流したりらは、車椅子の上でシンプルなウェディングドレスを着て、拓馬の方を向く。何かを話しているようだが、りらが泣くせいでそれは声にならない。だが、拓馬には「これからもよろしく」と唇の動きで読めた。


 闇の中、蝋燭の光から浮かび上がるりらの顔はどこか神秘的に思えた。上半身から頭のてっぺんまで、上にいくほど暗くなって見えにくくなるがこの時のりらは下半分が青い虹彩こうさいが蝋燭の灯りを宿して、空のように輝いて見えた。

 吸い込まれそうなほどに青い。そう思った拓馬は、軽く唇を重ねて額をりらのそれと合わせて小さく笑った。


「これからもよろしく」


 その光景を例のカメラマンがシャッターを何度も切っていく。シャッター音が部屋の中に鳴り響いて、神父はカメラマンを睨みつけるが拓馬とりらは嬉しそうに笑い合って、ふたりきりの世界にすっかり浸っている。


「拓馬やあ、ありがとうな。好きや。愛してる。もうお前のことしか考えられんわ」


「俺もだ。この世に生まれてきてくれてありがとう」


 するとりらは一度は止まった涙をこぼし、それを拓馬が手で拭った。拓馬は永遠というものを信じるような性格ではない。いつか必ず終わりが来て、りらと別れる日が来ることを確信している。

 それでも、恋人の信じる神様に永遠の愛を誓った以上、自分は終わりが来るまでりらを愛し続けるのだと思った。それは永遠ではなく、ふたりの別れが来るまで、だった。どんな形で別れるかはわからないが、少なくとも終わりまでりらのことを愛し続ける。その気概きがいで吐いた「ありがとう」だった。


「ウチもや……。ありがとう。殺すときがあっても、拓馬がウチの首を折って殺してな……」


 それが恋人の終わり方のひとつか。拓馬はりらを殺さない。首の骨は折らないで、逆にりらに殺されるつもりでいた。

 殺しても、殺されても根底こんていに流れているものが愛なのだと考えると、それは憎しみと同意義でもあるとさえ思いながら、拓馬はりらの首を両手で掴んだ。りらも動く右腕で拓馬の首を掴んで、軽くめた。ゆるゆると締められていきながら、拓馬はこうして死ねるなら幸せだ、と感じながらりらの首を掴んだままだった。


 ただし拓馬はりらの首を絞めない。りらに全てをゆだねる。それが拓馬の愛し方だった。


「もっとキツくして……」


 すると、りらは拓馬の言う通りに強く首を絞めて、涙声を上げながらうなっていた。だがその顔は笑っている。

 だが、それに気づいたカメラマンがりらの右腕を離していさめる。


「気持ちはわかるけど、殺しちゃダメだよ」


 やっと酸素を吸うことができた拓馬はヒュウヒュウと呼吸音を立てて、涙目を浮かべてりらを眺めている。なんて荘厳そうごんで不器用な愛情なのだろう。

 拓馬は感動して、りらのようち涙目を浮かべた。そしてこぼれたそれを拭うと、神父がぶっきらぼうに言った。


「あなたがたのように不思議な夫婦は初めてですよ」


 もはや神父はただ、りらと拓馬の前に立つだけの人間だった。かわいそうに。童貞で結婚を許されないから羨ましいんだろう。

 そんな子供じみた考えを持った拓馬は笑みを浮かべ、神父に言った。


「それが私たちにとっての当たり前ですから」


 さて、そんな結婚式の綺麗な部分だけが切り取られた写真がSNSに掲載された。だがカメラマンにとってもふたりの愛し方は印象が残ったようで、拓馬とりらがお互いの首を掴み合う写真だけは載せられていた。

 その写真について、ネットでは様々な意見が飛び交っていた。「生々しい」と言う人間もいれば、「素敵だ」と言って考察する人もいた。

 その様子をSNSで見ながら、拓馬は無表情で「勝手にしやがれ」とボヤき、高橋医師の「休憩は終わったぞ」という言葉に気づいて仕事場に舞い戻った。


 高橋医師がリハビリに来たりらの赤く染まった顔を見て、健康的になりましたね、とつぶやく。それを聞いたりらの声がリハビリ施設に響き渡る。


「いいことがあったんですわ」


 それから拓馬が飛んできて、そこに少女がやってきた。その少女は、あの中国人がウェディングドレスを着て桜の下を歩いた日、それを羨んだりらや驚く拓馬を見て心配そうに尋ねてきた子だった。


「ネットで盛り上がってますね。あの首を掴み合う写真はカメラマンの指示ですか?」


「君こそなんでここにおるん? あとアレはお互い昂った結果やで。あのカメラマンは嘘をつかん」


 すると少女は苦笑いして答えた。


「つい最近、学校の二階から飛び降りて脱臼だっきゅうしちゃって……。あおられた結果でしたけど、馬鹿なことをしたなって思ってます」


「君の気持ち、分からんでもないで。ウチも赤信号を歩くような人間やったから」


「海外だとよく聞きますけど、仙台にもいますよね」


 少女が笑う。りらは昔の悪い癖を思いながら、しっかり答える。


「それが若気の至りってやつや。でも過ちを犯して、他人のそれに傷つけられない人間はおらんで」


「ですね」


 少女の相槌あいづちに、拓馬が入ってきた。


「それが人生で、ある程度罪や罰の重さに気づけば戻ってこれるものだぜ。つまりやり直しが効くときもある」


「私もそう思います。脱臼しても、関節は少しずつ治っていきますからね」


 すると、その答えにおかしさを感じて拓馬とりらは笑う。少女もつられて笑う。周囲は何が起きたのかと三人をじっと見つめているが、それは三人にとってどうでもいいことだったのだった。

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いじわるな結婚式と桜の下の中国人 夏山茂樹 @minakolan

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