第6話
告別式ももうすぐ終わろうかという頃、喪主であるジェームズの母親がみんなの前で語り始める。「はじめましてみなさま。みなさまはじめまして。私がジェームズの母、ジェームズの母のアリシア。アリシアでございます。私は普段近所の工場でパートとして働いておりまして、家では特に何をしているというわけでもありません。体型はこの通りで、好きな食べ物はゼリーです。これは昔のことですが、テレビの影響を受けて、家でいるときにひとりで巨大ゼリーの作成に励んだことがあります。ゼリーが大好きだからです。大きなバケツで作ろうとしたんですが、結果は失敗でした。今から考えると、何かの分量を思いっきり間違えていたのでしょう。お菓子作りで一番大切なのは、各材料の分量を間違えないことであります。ここを間違えますと、そのあとをどんなに正しい手順で進んでも到底思い描いた未来にたどり着くことはできません。それから私は趣味で乗馬をしているんですが、この間落下しました。落下して足を骨折しました。今はもうすっかり治っているんですが、あのときはさすがに痛かったですね。痛すぎてまったくリアクションができませんでした。本当にこう、足を思いっきり、ぐきりとやってしまったのです。痛かったんですが、ひねっただけだろうとも思っていましたので、すぐに病院に行ったわけではありません。落馬したその日の夕方、ケガをした箇所の熱が全然冷めなくて、それどころか徐々に熱くなってきましたので、仕方なく病院に行きました。そして診断の結果、私の足は骨折していたのです。今はもうすっかり治ったといいましたが、それは嘘です。いいえ嘘ではないのです。嘘ではないのですが、でもすっかり本当のことかというと、どうやらそうは言えません。というのも、私はその日以来乗馬から遠ざかっているからです。本当に完治してのならば、私は私の趣味である乗馬に復帰すべきだと思いませんか? すぐに馬たちのいるところへと足がすすんでもおかしくないと思うのです。ところが現実は、私はあの日以来一切乗馬クラブへは顔を出していないのです。会費は払い続けてるんですよ? 会費は、そりゃもうずっとケガしてからも払い続けているんです。だから別に私としては、その乗馬クラブを辞めたいとか、もう乗馬なんかしたくないとか、そういうわけではないんです。そういうわけではなくて、しかし何となく足がその乗馬クラブへと向かわないんです。告白しましょう。私はあの日以来想像してしまうんです。あの日以来、私はもしあの落馬の瞬間、私の下に巨大ゼリーがあったらどんなことになっていただろう。落馬があっても、巨大ゼリーさえ下に敷かれていたら、私はケガをせずに済んだんじゃないかって。誰も傷つけることなく、誰にも迷惑をかけることなく、今もまだ平和にあの乗馬クラブに通っていたんじゃないかって。だから私はきっと近いうちにもう一度巨大ゼリー作りに励まなければならないことでしょう。今度乗馬クラブに顔を出すときは、私はお手製の巨大ゼリーを携えて行かなければならないのです。幸せの絵です。それは確かに幸せの絵なのです。みなさん想像してください。みなさんどうか想像してください? 私がその乗馬クラブに持って行った巨大ゼリーが、そこにいる大勢の仲間たちに笑顔で受け入れられている光景を! 笑顔でみんなに取り分けられて頬張られているところを! それはまさに幸せでしょう。この世に数ある幸せな瞬間の一つであるに違いありません。私はですからまず巨大ゼリーの作成に取りかからなければなりません。その製作を必ず成功させなければならないのです。私の完璧な巨大ゼリーを見た人たちはきっと驚くことでしょう。アリシアどうしたの? アリシアこんなに大きなゼリーを乗馬クラブに持ってきて今から何をしようというの? テロ? もしかしてあなたこの乗馬クラブに何かとんでもない恨みでもあるの? すると私はきっとこう答えることでしょう。そんなわけないじゃない、そんなわけないじゃないケリー。私はただみんなを喜ばせたかっただけよ。この巨大ゼリーを見ることによって発生するであろうみんなの笑顔を楽しみたかっただけなの。みんなの笑顔に出会いたかっただけなの。あとこれは言うなれば自分の防具なの。自分の身を守るための大切な装備品なの」
「一体何の話がしたいんだ」ジョエルの隣でアランが言う。「俺はもうそろそろうんざりさ。この告別式にはもううんざりだね。俺はもうとっととこんな場所から離れたいよ。こんな場所にはいつまでもこうしていたくないよ。家に帰って何かやらなければならないことがあるってわけじゃないけどさ、でも帰りたいよ。正直な気持ちを告白するともう帰りたい。帰りたくて帰りたくて仕方がないってところだね。焼きそばが食べたいんだよね」彼は続けて「ああ俺は今焼きそばが食べたい。なぜだかはわからないけれども、どうしても焼きそばを食べたい気分なんだな。あれ、でもよく考えてみたらそんなことないかな? そんなことないかな? いややっぱりそんなことあるかも! やっぱりそんなことあるかもしれないよジョエル! やっぱり俺は焼きそばを食べたいな。口がどうしてもソースの味を求めているな。あと麺を食べたいんだよね。俺は今どうしても麺を食べたいんだ。お好み焼きとかじゃダメなんだな。お好み焼きみたいな、ああいう粉もんじゃダメなんだよ。つまりたこ焼きとかもダメってわけさ。もちろんたこ焼きもお好み焼きもソースの味はするんだけれどもね。じゃあそろそろ俺がどうして今こんなに焼きそばを食べたがっているのかって話をするよ。俺がどうしてこんなに焼きそばを食べたがっているのかって話をすればいいんだろうが! いいんだろうが、この聞きたがりめ! 本当にお前は人の話ばっかり聞きたがる奴だぜ。妖怪人の話を聞きたがりかよ。人の話を聞きたがりっていう名前の妖怪かよ。なんだよその変な名前の妖怪は! 変な名前の妖怪はよ! 適当な話をして話そのものもややこしくしてんじゃねーよ。ややこしくて長いものにしてんじゃねーよ。お前何なんだよさっきから。さっきからのお前のその態度は何なんだ! いいじゃないか別に。別に全然いいだろうよ。俺が今無性に焼きそばの食べたい気分になっていたっていいだろうよ。それは誰にも迷惑をかけていないことだろうよ。何だと? 何だと! 別に俺がそう思うのは勝手だけど、それをわざわざ口に出すなだと? そんなことは自分の頭の中だけのことにしておいて、間違っても今みたいにペラペラと周囲に向かって話してくれるなだと? お前マジかよ。本気かよ。今お前の方がマジかだよ。俺にとってはお前の方が断然『え、マジか』だよ。だってそんな口に出せないようなことを考えていてどうする。人はいつかそれを口に出すために頭でものを考えるんじゃないのか。人は生きて感じ続けるんじゃないのかね。俺にしてみれば本当にお前の方がマジかだよ。お前の言っていることの方が信じられないね。俺は何でも思ったことを口にするさ。これまでもこれからも、きっと俺は自分の思ったことを口に出し続けていくことだろうね! でもさ、そんなたいそうなことを言っておいて、俺の実際に口に出して言うことが『ああ焼きそば食べたい』とかやばくない? やばくないっていうか、なんか冷静に考えたら終わってるよね。四六時中、二十四時間ずっと物事を考えててさ、ずっと物事を考えてて、それでああでもないこうでもないって俺は悩み続けてるのに、それなのにふと口をついて出てくる言葉が『焼きそば食べたい』なんだからさ、なんか救いようがないよね。俺みたいな奴は神様に救ってもらわなくて結構だよ。俺みたいなどうしようもない奴は、彼の力によっていつまでもこの苦しい現世にとどめておいて頂きたいよね。でも俺今マジで焼きそば食べたいんだよね」アランは続ける。「本当になんて言うかさ、なんて言うか信じられないんだけど、信じられないんだけど本当に俺は今焼きそばが食べたいんだ。さっきから焼きそばが食べたくて仕方ないんだよね。そしてそれは本当に焼きそば以外のものじゃダメなんだ。ほかのお好み焼きとかたこ焼きじゃダメなんだよ。だから俺が今お前に伝えたいのはこういうことさ。きっとこういうことに違いないんだけど、とにかくこんな風に焼きそばを心から食べたいと思ったことは、俺はこれが初めてだし、それがなぜ焼きそばなのかということも俺にはわからないし、でも焼きそばを食べたいと思っていることは確かで、かつそれはいつかお前の身にも起こることだと思うんだよ。お前の身にだって降りかかってくることなんだぜ! お前はきっと今こんなことを思っているんだろうな。俺に対してこんな思いを抱いているに違いないよ。さっきからこいつうるせーな。焼きそば焼きそばばっかり言いやがってうるせーなって。俺は将来のお前なんだよ! そりゃいつかはわかんないけど、いつかはわかんないけど、でもきっといつかはお前も今の俺みたいに焼きそばを、いや焼きそばじゃない他の何かかもしれないけど、じゃあその他の何かを食べたくて仕方なくなるときが必ずやってくるんだから。お前にだって今の俺みたいに焼きそばに苦しむときがやってくるんだから。だからそんな目で俺を見るなよ。そんな目で俺を見るんじゃねー。今言ったように俺は未来のお前なんだぞ。いつの日かのお前なんだからな。焼きそばじゃないかもしれないけど、お前だって俺みたいに焼きそばかもしれない。まさかこんな場面でというときに、こんなタイミングでというときに、きっとお前だって自分の食欲に驚かされて悩まされるときがくるんだから。しかしそう考えると今のこの俺の焼きそばへの熱量もフィクションかもしれないな」
「フィクション?」ジョエルはアランの発言に首を傾げる。
アランが言う。「俺は俺に騙されているのかもしれない。俺は今俺に振り回されちまっているのかもしれないぜ! どういうことか説明しよう。それってどういうことなのかということを、俺は今からお前に説明してやるぜ。つまり俺は騙されてしまっているんだよ。今の今までまさか俺は俺に騙されているなんて思っていなかった。そんなことは思っても見なかったんだ! だがしかし! 今はそう思っているよ。お前は信じられないかもしれないけれども、信じられないだろうけど、でも俺は今そう思っている。俺は、きっと俺自身に騙されているに違いないって考えているよ! だってこの異常な食欲って誰にでも訪れるものなんだろ? 誰にでも訪れるものといって、つまり誰だって、どんなときだって今の俺みたいな状態になることがあるってことなんだろ? え? そういうことなんだろ? だったらそれって大したことないんじゃないのか? わかっているとも、わかっているとも! そう焦るんじゃない。俺のことを焦らせたって何もいいことはないぞ。いいか、いいことは全然ないんだぞ。俺を焦らせたって何もいいことなどない! 俺の今回のこの異常な食欲に関する恐怖は、俺のオリジナルだと思っていたんだ。別の言い方をしよう。別の言い方をすると、つまりこんなに今俺が恐怖に震えているのは、世界中でただ一人、こんな状況に陥っているのは俺しかいないと、いつの間にか俺は信じ切ってしまっていたんだよ。どうだ違うかね、違うかね! 違わないともさ! ああきっとこの理屈は真実に違わないとも! 真実とまったく同じだろうね。この俺の理屈は真実であるに違いないよ。こういう恐怖にまみれる人がほかにもいるんだと思うと、その人たちには申し訳ないけれども、俺はなんだか救われた気持ちがするね。早くも救われた気持ちになっちまうんだよ。だから俺はもしかしたらこれはフィクションなんじゃないかって言ったんだ。なあわかるだろ? お前ならきっと今の俺の気持ちは理解してくれているだろうよ。こんな気持ちはフィクションなんだよ。確かに今俺は焼きそばを食べたいよ! 焼きそばの食べたいことは間違いないんだけれども、間違いないんだけれどもさ、でもそれもほかの誰かの心の中に芽生えたことのあるものなら、そしてこれからも誰かの心に芽生え続けるものならば、俺がそれに真剣に向き合わなくちゃならないわけはないな。俺がそれについて真剣に恐怖して悶えて苦しむ必要なんてどこにもないよ! どこにもないんだからそんなものはフィクションだろうよ。フィクションだろうがよ! 俺はそんなものに苦しめられるのはごめんだね。そんなものにいつまでもこの体と思考を預けておくのは危険すぎるよ」
ジェームズの母親が言う。「巨大なゼリーがそもそも近所のスーパーとかに売っていたら、私は自分でそれを作ろうなどと思わずに済んだはずなのです」そして彼女は続けて「だって巨大なゼリーが欲しいと思ったときにはそれを買えばいいんですものね。それをレジまで持って行って買ってしまえばいいんですものね! でもそうはいかないのよ。どこのスーパーに行ったって、そんな巨大なゼリーなんて置いていない! そりゃそれなりに大きなゼリーだったら置いてあることもあるかもしれないけれども、それはきっと昔私がテレビで見たような大きさのものではないでしょうね。バケツサイズですらないことでしょう。せいぜい普通のゼリーの二倍か三倍よ。スーパーで売ってるゼリーの大きさの上限なんてせいぜい普通のゼリーの二倍か三倍に決まっているのよ。でももし洋服屋さんとかに『ゼリースーツ』なる商品が売ってあったらどうかしら? そんな名前の商品が店の中に売ってあったらみんなはどうするというのよ。ゼリースーツが具体的にどんなものであるかなんてそんなこと私は知らない! そんなことは私は知らないよ! ただ私がみんなに考えて欲しいのは、そのゼリースーツの大きさはどんなものなのかということ。それってどんな大きさをしているものだと思う? そう! それは確かに普通のスーツくらいの大きさよ。普通のスーツくらいの大きさといってつまり、大人の男の人が着るくらいの大きさは確実にあるってことよ」それから彼女は少し沈黙したのちに、こんなことも言い始めた。「それではこれより息子の遺品を巡っての、この会場内全体を使ったビンゴ大会を始めます。まず最初の景品はこちら。どん。息子が自室で愛用していた、東芝の32型の薄型液晶テレビです。こちらもなんと今回のビンゴ大会の景品にしてしまいますよ。まだまだ現役の品物でございます。さてではこんな感じでどんどん参りましょう」
葬式ビンゴ @metyakataru
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