女からの手紙

 十月も下旬、夏と比べてずっと気温も下がり、紅葉の絨毯のできる頃になりました。お互いタイミングが合わず、女とはあれから会えていません。そんな頃、一通の白い封が私のもとへ届きました。

 個性のないデジタルの冷たい文字で、私の名前と住所が印刷されています。送り主の名前はなく、普段なら気味悪がって捨てるような手紙に、私は嫌な予感がして急いで封を開けました。同じくデジタルの文面があって、それを読み終えた時には、怒りだか不甲斐なさだか、哀しみだか分からない、複雑な感情に襲われて、その場で膝を崩しました。その手紙は、女からのもので、嫌な予感の的中を告げる、悪い報せでした。


 お元気でしょうか、親愛なる貴方。

 このお手紙が届く頃には、アタシは雪や氷なんかよりも冷たくなっていることでしょう。葬式の案内状などは送られなかったと思いますけれど、当たりかしら? きっと当たりですわね、ですから、こうして死者の声を地獄から送っているのであります。死者で、地獄からで間違いございません。自殺者など家の恥と思われていることでしょう、アタシの死体は内密に――家族葬、と云うか、誰にも知らされないうちに燃やされてしまったンじゃないかしらね。遺書なんてものも書いてはみたけれど、誰も読みはしないでしょうし、おそらくはアタシと共に燃やされてしまったかもしれませんわ。意味のないこと……。

 貴方が哀しんでいるかは、察することができないのですけど、アタシが死んだことをどうか哀しまないでくださいまし……何も、誰も悪くなどなくって、これは、アタシが勝手に選んだ道ですから、善いのです。自ら望んで死に逝こうと、実はかなり前から考えておりましたのよ。

 アタシは、家族のことが大嫌いでした。上を見ては僻み、下を見ては嘲る、そんな家族やアタシは、そう、ほら、貴方が仰っていたまさにその――エゴに塗れた成れの果て、バケモノであるのです。……二度と戻ることはないのでしょうね。アタシや家族ナニカのようなバケモノ、生まれてこなければ……バケモノだと自分で結論を出す前に、気附く前に、殺してくれればよかったのに。

 けれどね、それと同じくらい、人間が大嫌いでした。外面だけに騙されてアタシを救ってくれなかった大人たち、感性が合わないからとアタシを排除しようとした同窓の面々、それらを容認する社会、人間という生き物。多様性を主張するくせに、出る杭は打つような、個性を大事にといいながら枠に嵌めたがるようなところも、本当に本当に大嫌い。そんな嫌いな人間と、同じ種だなんて思いたくなかったのです。

 それでも人間に憧れたのは、普通の人に憧れたのは、アタシも没個性で"みんなと同じ"になりたかったから……愛情がほしくて、あの視線に怯えることなく生きてみたかったからなのかもしれません。

 散々、人間様だのバケモノだのの話をしておいて、今度は人間が嫌いだなんて云うアタシことは、貴方に理解できないかもしれません。……アタシのことなど、理解できなくても善いンです。アタシは、飼い慣らすことができなかった自分自身の内面に殺されたのです。だから、貴方は……アタシが死なないようにたくさんのことを与えてくれた貴方は、何も気負わないでほしいと、そう思ったのです。

 アタシは死んで、火葬されて、骨になってようやく人間になれた気がします。やっと解放されたのです。これ以上バケモノとして生きずに、冷たい視線や罵りに怯えずに済むのです。アタシの人生における大きな幸せは貴方だけで……本当に、有り難う御座いました。

 最後になりますが、貴方はどうか長生きしてくださいね、幸せになってくださいね。アタシは地獄にいますけれど、貴方は天国へ逝って死んだあとも幸せでいてくださいね。もし、アタシが地獄で罪を償って天国への橋を渡れたら、いつかお逢いしてくだると嬉しいです。


 デジタルの文章は、確かに女のものでしたが、私の頭には何も入ってきません。手書きの文章なら、私も涙したかもしれませんが、冷たく、女のらしさも伝わらない、現実感のない文字の羅列……。女に巣喰っていたあの闇は、本当に女のすべてを、奪ってしまったのです。


 人間の心には、みなバケモノが巣喰っていて、バケモノを飼い慣らせるヒト、なかには追い出せるヒトもいるでしょう。然し、バケモノに呑み込まれるヒト、心のすべてを喰われてしまうヒトも確かに存在するのです。

 女は幼い頃から周りとあれも違うこれも違うと差異を集めてバケモノを生み、上手くいかない不安と焦りを餌に、家族からの虐げを養分に、大きく育ててしまいました。そうして、女は柔らかく微笑む裏で、ボロ雑巾のようにされて、声を上げるのも諦めてしまうほど絶望して、バケモノに無惨にも喰い殺されてしまったのです。傍にいたのに、話を聞くだけ、眺めるだけで、女の心に立ち入らず、見殺しにした私に、長生きをして幸せになれと呪いをかけて……女は灰になってしまいました。


 もし、なにか言葉をかけていれば。

 もし、できることはないかと尋ねていれば。

 もし、傍観せずに心に踏み入れていれば。


 私の耳に女の声が蘇ります。


 ――有り得もしないもしもを望んだり空想したりしたくなる時が……。


 自殺の意思を明かしてくれることが、

 自殺を思い留まらせる理由になることが、

 自殺を思い留まらせることが、


 そんなことが出来たかもしれないのに。


 ――……また、ね、サヨウナラ。


 私は、あの橙色の景色の中、微笑みながら手を振った女ことが忘れられません。

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おきゃん @okyan_hel666

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