第4話 出逢③


『急いでください!』


 謎の声に急かされながら、慌ててタラップをよじ登った。自分の背丈より半身分だけ高いだけなのに、登り慣れていないと意外ときつい。


「ハァハァ、ヨイショ……」


 コクピット内は無人だった。いや、これってコクピットなのか? などと疑問が頭をよぎった。だってコクピット内は一面に張り巡らされたモニターが目立つ程度で、あとは頭まで包まれそうな搭乗席しかなかったからだ。


『何をしているんですか!? 早くっ!』

「ええぃ! ままよ!」


 今は緊急事態なんだから、いちいち細かいことを気にしてはいられない。きっとこれは新開発のタンデムシートなんだろう。コクピットは別に用意されているのだ…… なんてことを考えながら、俺は覚悟を決めて搭乗シートに身を預けた。


「うわっ!? うわわわわ!?」


 余りの気持ち悪さに思わず声をあげてしまう。そのまま落ちてしまうかと思ったくらい身体が沈み込み、身体のあちこちを複数の手でまさぐられている様で思わず背筋に寒気が走った。だから無我夢中でジタバタと――――『キャッ!』――――抵抗したのだが……


(あれっ?)


「何か変な声が聞こえたような…… うわっ!?」


 ぐいっと反発する様に身体が押されて、気がつくと良い塩梅に座面が戻っていた。


「はぁ?」


 低反発マットレスに横になるかの様にジャストフィットしていて、フライトハーネスまで付けられていた。いつの間に……


『手を引っ込めて! 挟まれたら指が千切れますよ』


 間髪入れず空気が抜ける音を響かせながらキャノピーが降りてきたので、慌てて手を引っ込める。


「危ないって!」


 返事はない。閉じられたコクピットの中は気密され、無音と暗闇に支配された。


 ────ピピッ! ピピピピピピッ!────


 高い電子音が鳴り始め、小さなランプの灯りが点っていく。赤色にオレンジ色、黄色に白色などの大小様々なスイッチ類やランプの光がまるで宝石箱の様だ。


 ────クォーオオオオーン!(ヒュイィィイィィン……)────


「かっ、勝手に動きだした」


 背中から腰にかけて、目覚めた機械が躍動する力強い振動ビートが伝わってくる。その間にもモニターには英数字が滝のように流れていて、何かのチェックをしているのか、時折カーソルが跳ねていた。


 俺が呆気に取られているうちに、宝石箱は目映い光を放ち始める。


「おい、嘘だろ……」


 最後にエメラルドの様なグリーンのランプが点ったその刹那、轟音と共に戦闘機が目覚めた。


(welcome to artificial intelligence jet fighter

 -1 )


( AI FIGHTER 〖AXIA〗…… )


「え、AI戦闘機ファイター?! アクシア?!」


 モニターに映し出された情報を理解する間も無く、凄まじいジェットタービン音を響かせ”AIJF-1”AXIAが動き出す。


 ――――キィイイイイイイイン!―――――


「おっ、おい!待てって、おおおおお」


 ゆっくりと所々に雑草が生える滑走路をAXIAは進み、やがて滑走路の端まで到達するとUターンして一旦止まった。モニターに色んな数値やグラフが恐ろしい速さで現れては消え、忙しない音と共に流れていく。その間にも背後から、けたたましい金属音がどんどん大きくなっている。これはアレだ……

 旅客機が空港を飛び立つ寸前の、機長がゴーサインを待っているあの瞬間と同じだ。俺はゴクリと喉を鳴らしシートに預けた身体を踏ん張る。


(うっ!? 動いとぅわあああああ!)


 体験したことの無い強烈な加速Gに襲われ、シートに押し付けられる。


「なっ、ななな!うぐぐぐっ……」


 ただうなることしかできない。


 もの凄い加速が数秒続いたかと思うと、全体がフワッとした。モニター越しの景色が沈んで、一面を空が支配する。


「うひっ!?」


 ────ドドドドドドッ!!────


 今度は機体が縦に起き上がり全く身動きが取れない。まるでロケットの打ち上げかと思わせる急激な上昇。


 ────ブワァァァアアアアアーーーン────


「うくっ!? ヒィュウウウ!」


 そして息もつかせぬ急旋回、強引に肺の中の空気が押し出される。ロールをしながらのハイレートクライムで敵のミサイルを間一髪で回避した。

 俺はカクテルシェイカーよろしく上下左右に振り回されて意識が朦朧としてきた。


「ううう……」

『大丈夫ですか。これくらい耐えられないんですか。その顔、虫ケラみたいですね』

「虫ケラゆうな。……なんとか助かったのか?」

『まだです。敵機が追ってきています』

「おいおい大丈夫なのかよ」

『大丈夫なわけありません。くだらないことばっかり言ってると、舌噛みますよ』

「なっ!?」


 刹那、強烈な縦Gに襲われ上下左右に目まぐるしく三半規管が揺さぶられる。


「クハッ!」


 身体が押しつぶされそうだ。キャノピーは暗く閉ざされているが、それで良かったかもしれない。どうせ外が見えたところで、気を失うのがオチだ。どんな名高い絶叫マシンでも敵わない、阿鼻叫喚の風景が広がっているだけなのだから。


 ────ドガッ! ガァーーン!!────


 至近距離で爆発が起きた。ガタガタと機体が揺れる。


「だっ、大丈夫なのかよっ!?」

『このままでは厳しいです』

「追い払うことはできないのか?」

『できません。火器管制がロックされています』

「ロックって…… それってまずいんじゃ?」

『はい、今は機銃もミサイルもチャフもフレアも使えません』

「はあっ、これ戦闘機じゃないのかよ!?」


『勿論そうです。しかし私には”攻撃の必要がある”と判断することは出来ても、トリガーを引く権限は与えられていないのです。最終判断はパイロット……即ち〖コネクテッド〗に一任されています』


「コネクテッド?」


 アクシアは淡々と告げるのだった。



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碧のアクシア たて あきお @AKIO_TATE

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