第3話 出逢②



(パイロットが乗っているのか?)



 国防軍の灰色迷彩を施した、武骨な戦闘機とは似ても似つかぬ流麗で光沢のある海水色アクアマリンの機体。軍とは全く関係のない廃れた飛行場には、余りにも異質すぎた。



 倒れたマウンテンバイクを起し、訝しげに機体を眺めてみる。


『何をやってる! ここは立ち入り禁止の筈だ! 今すぐ立ち去りなさい!』


「立ち去れって言われてもさぁ、チャリンコ壊れたし」


 コレ引きずっていくのも辛いんだけど。



『さっさと立ち去るんだ! それとも記憶を消されて見知らぬ土地へ飛ばされたいか?』

「物騒なこと言うなぁ。どうせこっちの意思に関係なく記憶を消すんだろ? わかりましたよ、すぐ立ち去りますよ」


 うるせぇなぁ…… キレんなよ、偉そうに。どうせむさ苦しいパイロットが操縦席に座っているのだろう。そうだな…… 真面目で融通の効かない軍人気質のオヤジとか。


 それよりも、戦闘機ってめちゃくちゃ高額だったよな。修理代の請求とかされたら大変だ。家族を巻き込むのも忍びないし、どっか行けって言っているんだからこのまま逃げてしまおう。


 倒れた愛車を起こし(ハンドルが曲がっている。これで無傷なんて信じられない。めっちゃ痛かったけど)押しながら学校へ向かおうと歩き出した。




『……待ちなさい! 少し……遅かった様です』

「えっ………?」



 パイロットの声色が変わっていた。俺は首をかしげて立ちすくんでいると、空全体にゴオォォ……と耳をつんざく飛行機の低いエンジン音が響いてきた。



「飛行機? お前の仲間か」



 水平線の向こうから、物凄い勢いで何かが飛んでくるのが見えた。

 グッガガガガッ! と空を割るような轟音を響かせ向かってきた何かそれは、真っ黒くてテカテカと光沢のある戦闘機だった。



『違う!! 早く機体の下に隠れて!』

「えっ! えっ?」



 何が何だか解らないが言われるがままに機体の下に潜り込む。間一髪……と言うべきか。目と鼻の先まで近寄って来た黒い戦闘機は有無を言わさず機銃掃射をしてきた。マウンテンバイクや倉庫の壁、周りに置いてあった資材が砕け散る。砂埃と出処不明の鉄片や樹脂片が激しく舞った。



「うわあぁ!」



 恐怖でひれ伏した。跳弾に当たらないかと背筋が凍る。耳を塞いで震える俺の真上で、シュパッ!シュパッ!っと何かの発射音が微かに聞こえた。



『だから早く立ち去れと言ったのです!!』


(嘘だろ!? このまま殺されてしまうのか……)そう脳裏に浮かんだ刹那、戦闘機から警告音が聞こえてきた。


『警告!警告!未確認の機体から、攻撃を確認しました。直ちに回避行動に移ってください』


「はぁ!? 冗談じゃない!痛いのは御免だ。死にたくない」


(回避行動って言うけれど、どうすれば良いんだよ!)

 俺は頭を抱えながら動けずにいた。



『どうやら時間切れのようです。仕方がないですね、逃げ場を失ったミジンコ風情ふぜいに助け船を出してあげましょう』

「ミジンコって…… こんどは毒舌キャラかよ。さっきからお前、キャラぶれぶれだぞ!? まあいい、助けられるもんなら助けてみろ」



 強がってみたが、正直俺の手は恐怖で震えていた。パイロットに喧嘩を吹っ掛けているような態度も、滑稽こっけいに見えるが迫り来る死の恐怖から逃れたい一心でのことだった。プシュ!っと辺りに破裂音を響かせコクピットが開く。どんな野郎が乗ってたのかと見上げてみたが、中には誰も乗っていなかった。



「へっ!? 無人……」

『急いで乗って下さい。貴方を此処から救い出してあげます』



 耳をつんざく爆音がどんどん迫って来るのがわかる。いつ攻撃されてもおかしくはない。ミンチになった自分を想像し、振り払うように頭を振った。


『早く!!』


 首筋から背中一体を襲う強烈な寒気を感じながら、俺は無我夢中で戦闘機に乗り込んだ。

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