第2話 出逢①



 火星暦 2115年4月18日。



「ちぃくしょぉおおお!」


 俺、加藤隼勢はやせは寝坊をしていた。

 此処ここは首都エドラルドから遠く離れたサヌーキー市の郊外。新緑のなだらかな丘陵地帯を切り分ける様に一本の坂道が続いている。

 無責任な言い訳をつぶやきながら、愛車の【トンヌラⅢ世(サード)号】のペダルを我武者羅に漕ぎまくる。しかし無情にも左手首に巻いた腕時計が最後通告を告げていた。


「やっべぇ!間に合わないかも」

 

 入学早々から遅刻なんてめちゃくちゃ目立つな。あれっ、俺かなり恥ずかしくね? 幼なじみのナオが知ったら怒るだろうなぁ。ホームルームまであと十分を切ってるし……

「仕方がない、何時いつもの、やるか!」


 勢いよく愛車の舵を左に切る。


「よっと!」


 両脇を絞って前傾に荷重をかけて、通学路の横にある斜面を勢いよく駆け上った。


「GO! GO! GO! GO! 」


 学校の建つこのサヌーキー丘陵は、大きく分けて二段の台地で構成されている。頂上部には俺の通う高校が有り、一段下がったこの台地には使われなくなった飛行場が残っていた。麓から続く坂道は一段登ったところでこの飛行場にぶつかり、大きく迂回するようにカーブしてもう一段先の頂上部へと続いている。つまりこの飛行場を横切れば、距離にして一キロ近くショートカットが可能なのだ。


「持ち物検査は合格だねっと!」


 フェンスの壊れて通り抜けができる場所は既に把握済み、錆びた立ち入り禁止の看板も今となっては滑稽だ。ノンストップで突入し、雑草が伸び放題の敷地内を勢いよく走る。時々草刈りをしている様なので草丈も低く、マウンテンバイクで苦もなく進めるのがありがたい。

 滑走路に出ると、涼しい風が頬を撫でて清涼感をもたらしてくれる。飛行場をショートカットしたら、校門前の通称【心臓破りの坂】が待っている。額からこぼれる汗を右袖で拭い、乱れた呼吸を整えて臨みたい。


「気持ちええ〜」


 滑走路の開放感にたまらず笑みがこぼれてしまう。さぁ、目前に迫る二棟の大きな格納庫の間を抜ければゴールは目前だ。


 左側に荷重をかけて、大きな格納庫の角を弧を描く様に曲がる。何度か使っていた抜け道だったので、思いっきり油断していた。


「なっ!?」


 俺は不意に目前に現れた、青っぽい”壁の様なもの”にぶつかってしまった。鈍い金属音を響かせて倒れる自転車マウンテンバイク。俺は痛みで芋虫の様に悶えながら、恨めしそうにを見上げた。


「いてて……なんで壁があるんだ?」


 重ねて言うが、このルートは何度も近道として使っている。この飛行場は使われなくなって久しいし、以前はこんな物無かったはず。ゆっくりと痛みを堪えて立ち上がると、からスピーカーを通して若い男の声が発せられた。


『失礼な!私は壁ではありません。貴方の目は節穴ですか』


 そこに横たわっていた物…… は青く塗られた戦闘機だった。実物をこんなに間近で見るのは初めてだが、国防軍で使われているそれよりもかなり大きく感じられた。コクピットの下辺りからタラップの様な物が降りているが、キャノピー自体は閉まっていた。


「戦闘機…… パイロットがいるのか?」


 これが運命を大きく変えるターニングポイントだとは、この時俺は知る由もなかった。

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