第2話 追憶

私は双子で、兄がいた。

私たちは奴隷だった。


奴隷と言っても今の世の中、

普通に使用人みたいなものだ。

住み込みで、自分たちで作るとはいえ、食事付き。

ただし給料はない。

そんな感じだ。


奴隷斡旋所が、大抵の大きな街にはある。

奴隷は斡旋所から派遣されている、という扱いになる。


奴隷を欲しい人が、

希望する奴隷の条件等をもとに斡旋所に派遣を依頼する。

そして、相応の代金を斡旋所に支払う。


私たちは孤児だった。

孤児は大抵、奴隷になる。


子供の奴隷は、貴族に好まれる。

とくに見目が良い者は待遇も良くなる。


兄はかなり良いところに迎えられたらしい。

私も、それなりに良いところを転々とした。


そう、転々と。


雇い先に不幸が起きて、解雇される。

そんなことが続いて。

そのうち、呪われた娘と指さされるようになった。


雇ってもらえることがほぼ無くなり、

斡旋所の支配人であるカミラ夫人の好意で、

私は彼女の手伝いをすることになった。


そして。


兄が病気になった。

働くことができなくなった。


医者に診せるのにも金がいる。

兄を生活させてやるにも金がいる。


私は兄をカミラ夫人に預けて。

門を潜ったのだ。


子供の私はなかなか相手にしてもらえなかったが、

コロシアム前で座り込みを続け、

毎日、頼みに行った。


ある日、マネージャーが話を聞いてくれた。

『呪い姫』って面白い設定になるかもね、

と許可してくれた。


私にとって、マネージャーは恩人だ。

恩を仇で返すことになってしまっているが・・


マネージャーの許可が下りたその夜。


コロシアムの地下にある儀式の場で、

竜腕使いになる儀式を受けた。


貫頭衣のような衣装に、

顔を隠すフードを被ったような人物が、

一人で儀式を執り行う。


彼は『祭司』とだけ、呼ばれていた。


儀式の場には、

彼と志願者以外、

他の誰も入ることを許されない。


薄暗い場所で。

大きな炉が赤々と炎を上げ、

熱気が立ちこめる、

どこか鍛冶場のように見える場所で。


私は焼いた刃で腕を切られた。

切り口をまた、焼かれた。

これは出血を止めるためだと聞いた。


痛みと熱気に意識が朦朧とする中で、

私は全てを見届けようと、

歯を食いしばり、目を見開いた。


奥に人工の浅い池があり、水が張ってあった。

暗い中、水は綺麗に光っているように見えた。


汗にまみれ、熱に火照った体に、

冷たい風が流れてくるのを感じた。


池の中心辺りに、

切り落とされた腕は沈められて。


祭司が何か、呪文のような言葉を唱えると、

水が強い光を発し、

そこから大きな影が現れた。


それが、相棒との出会いだった。


・・


初めて、魔法を見た。


人の腕をドラゴンに変える、という、

あり得ないことを実現する特別な力。


おとぎ話の中にしか存在しないと思っていたもの。


十歳の子供には、とても恐ろしいものに思えた。


今では。


現代でも、少数派ながら、

魔法を使う人間がいることを知っている。

それこそ、教会の上層部の人間たちは、

その一人となるらしい。


・・


最初は、相棒のことも怖かった。


ドラゴンなんて、初めてみた。

鋭い牙に爪。

おとぎ話の悪役だし、体も非常に大きい。


それでも。


自分で選んだ道だ。

もう後戻りはできない。


兄のために、私が稼ぐしかないのだ。

これしか、ない。


私は、勇気を振り絞って、相棒に触れた。

途端、温かい感情が流れ込んできて。

涙が出た。


精神が繋がっている。


その意味を。

子供ながらに理解した瞬間だった。


・・


私は、稼ぐために強くなりたかった。

いろいろな人に、しつこいくらいに話を聞いて回った。

他の人の試合も数多く見て回った。


試合の後は。

何が悪かったのか、どうしたら良かったのか、

答えが出るまで考え続けた。

答えが出ない時は、他の人に意見を聞いてみた。


・・


だけど。


兄は突然いなくなった。


部屋も綺麗に片付けられ、荷物も無かった。

そのことから、本人の意志であると判断された。


・・


良くも悪くも、金を送る相手がいなくなった。


私に残ったのは、

竜腕使いとしての人生と相棒だけだ。


一旦潜った門は、

竜腕使いになったら、二度と通れない。


魔力反応とやらで、

竜腕使いであることは分かってしまう。


それに・・


この街ではクランしか通用しないが、

この街でしかクランは通用しない。


竜腕使い以外はクランを両替できる。

竜腕使いでも、それ以外の人に送金する場合、

そのクランは両替されて送られる。

だが、竜腕使い自身は

クラン以外の通貨を得ることはできない。


だから、実際に街を出ることができたとしても。

だれも出ようとはしないだろう。


この街に居れば、生活に困らない。

好き放題生きられる。

ファイトマネーを稼げば、それなりの贅沢もできる。


年齢や怪我などで試合ができなくなっても、

この街で店や施設の運営などの仕事をもらえる。


仕事ができなくなった場合、

最低限生活できるだけの見舞金がもらえる。


そう、死ぬまで生きていける。

裏を返せば、死んでも出られない。


私たちは籠の中の鳥だ。


・・


私たちは、自ら望んで竜腕使いになった。

自業自得とはいえ・・

時には、虚しさを感じずには居られない。


・・


私は、肩を並べて歩く、アンソニーの横顔を見つめた。


彼は美しい。

夜闇を拒絶して輝く月のように。


こんなに近くにいるのに、あまりにも遠く感じる。

それでいて、

その距離をもどかしく感じる自分がいるのだった・・

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竜腕のルシオス 01 アンソニーと白光の竜 斎藤帰蝶 @KichoSaito

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