竜腕のルシオス 01 アンソニーと白光の竜

斎藤帰蝶

第1話 違う世界から来た男

「あなたがサージャさんですか?」


振り返ると・・

品の良さそうな容姿と佇まい。

声や物言いに相応しい若い男が立っていた。


あまりにも、

この場にそぐわない光景に、

思わず思考が止まる。


「人違いでしょうか?」

「いいや。」


私は慌てて返事を返す。

あくまで、動揺は、見せない。


「アタシが『呪い姫』サージャだよ。」

「ああ、良かった。」


男はほっとしたようすを見せる。


・・


初顔だ。


まして、私を名指しで訪ねてきた割には、

知らないようだ。


『呪い姫』の銘の由来を。


「隣、よろしいですか?」

「ああ・・」


男は会釈して、隣の席を引く。


こんな、小汚い酒場のカウンターに座る仕草じゃない。


・・何者・・?


「マスター、私にも彼女と同じものを。」


声をかけられて、慌てて店主のダグも動き始める。


自分の店に、どう考えたって不釣り合いなこの客に、

あっけにとられていたに違いない。


「いいの?これ、きついよ?」

氷が音を立てる程度にグラスを揺すりながら、

とりあえず、忠告する。


「こう見えて、結構酒は・・」

そう言いながら、男は出されたグラスを手にする。


しかし、そこで手が止まっている。

匂いに、躊躇っているのだろう。


左手・・左利き、か。


右腕は下ろしたまま。

こういうタイプの人間は、

あまりしない仕草だろう。


もしかして・・


私は視線を下ろす。


・・


この男も、竜腕使いだ。

全く柄ではない感じだが・・


竜腕使いが竜腕使いに話しかけるとしたら。

喧嘩を売るときか、

八百長の誘いくらいのものだ。


初顔の竜腕使い。

新入り、だな。


そう言えば・・


明日の対戦相手の名前は、

初めてみる名前だった。


なら・・


この男が、そのアンソニー、か。


竜腕使いらしくない名前だが、

この男には相応しい。


グラスに残った酒を一気にあおる。


横目でみると。

グラスを前に、彼はまだ躊躇っていた。


私は横から手を出すと、

彼のグラスを奪い、一気に飲み干す。

「あんたの奢りだ。」


目を丸くしている彼をよそに、私は席を立つ。


「話があるんだろう?来な。」


一杯分の代金をテーブルに置いて。

そのまま店を出る。


少し遅れて。


彼もまた、店を出てくる。


そのまま、その店の裏手に。

彼もまた、付いて来る。


私が追い剥ぎだったら、どうするのだろう?


少し、おかしくなる。


「八百長の誘いだろ?明日の。」

「分かりますか?」


笑いを堪えられなかった。


「まあ、話を聞こうじゃないか、アンソニー?」


敢えて名前を呼んでみた。

予想に違わず、驚いている。


何故、このような人間が、竜腕使いに?


・・


そうか。


相当の訳あり、だ。


「明日の試合、手加減して欲しいんです。」

「そして、アタシに勝つつもりかい?」


思いっきり、笑ってやった。

だが、彼も笑顔になる。


「いくら手加減してもらっても、到底あなたには勝てません。

 私はただ、なるべく辛くないように負けたいのです。」


・・


変なことを言う奴だ。

「お手柔らかに、ってこと?」

「はい。」


アンソニーは五枚のクランを差し出す。

「あまり、お礼はできませんが・・」


・・


「いいよ、私が勝つんだし。」

「引き受けてくださるのですね?」


ほっとしたようなその顔に、調子を狂わされる。


「じゃあ、明日ね。」


そういい捨てると、

私は逃げるようにその場を立ち去った。


・・


コロシアムの客席は、いつもと同じ、ガラ空きだ。


私の試合は、常に結果が決まっている。

面白い試合になることもない。

だから、常に、客はほとんどいない。


何故、結果が決まっているのか、って?

それは、私が必ず勝つから、だ。


何も凄いことはない。


誰も、私の相手になりたがらないのだ。

『呪い姫』である私の。


だから、何も知らない新入りか、

立場の弱い奴が交代で私の相手をする。

そんな相手だから、負けるはずがない。


試合も盛り上がらない。


私の連勝記録は、トップのアギトをしのぐ。

意味のない連勝記録だが。


実際、

ファイトマネーにボーナスは加算されていない。

私はいつも、最低金額だ。


ファイトマネーの仕組みは、

試合に出たら必ずもらえる最低金額に

ボーナス加算となっている。


負けても、最低金額はもらえる。


勝った場合、相手の実力でボーナスが決まる。

強い相手ほど、ボーナスは高くなる。


ボーナスは他にも、

客の動員数、連勝数によるものがある。


試合が盛り上がれば、両者にボーナスが出る。


どれも、私には無縁だ。


「おはよう、アンソニー。」

右手を挙げると、彼も左手を挙げて応える。


その様子は、少し緊張しているようだ。

まあ、初めてだから、仕方ない。


荒事は無縁に育った、そんな感じだ。


彼の相棒は・・


彼に相応しい、品の良い感じの、

細身の白いドラゴンだった。

毛が長く、美しい。


私の相棒と色も体格も正反対だ。

毛が長いのは同じだが。


「さあて本日の第一試合!

 右に座するは『呪い姫』サージャ!、

 左に座するは新入りアンソニー!」

審判のログが私たちを紹介する。


ログは伝説の小人族を思わせるほど、非常に小柄だ。

身のこなしも軽く、動きも俊敏で、

荒っぽい試合でも、身を守ることができる。


声も大きくてノリもいい。

だから、重宝されている。


酒場のダグとは双子の兄弟だ。


「両者、位置につけ!」


ログの号令に、私は構える。


アンソニーも一応、位置につき、構える。


「始め!」


号令とほぼ同時に、私は右手で相棒に合図を送る。

『行け』の合図だ。


アンソニーも、左手で合図を出している。


両者の相棒が。

白と黒のドラゴンが。


中央で激突する。


すかさず、右手で合図を送る。

『力尽くで押し倒せ』、だ。


私の相棒は、白いドラゴンを押し倒し、

そのまま、押さえ込みに入る。


力も、体格も、違い過ぎる。

白いドラゴンはまったく動けない。


それどころか、

このまま行けば、潰れる。


アンソニーもその優美な顔を歪めて、苦しんでいる。


「審判!カウント!」

思わず、叫んでしまった。


ようやく、ログがカウントを始め・・

めでたく試合終了となった。


「勝者、『呪い姫』!!」


一応、ログは私の銘を叫ぶ。

歓声は起らないが。


私は右手の指を咥え、指笛で『退却』の合図を出す。

相棒は白いドラゴンを放し、最初の位置に戻る。


「アンソニー、大丈夫?」


少しからかうような含みを込めて。

声をかける。


彼はまだ、苦しそうにしていて。

答えられないようだった。

左手を胸に当て、荒い息をついている。


「おい、サージャ!」

ログの声だ。

「次の準備を始めるから、

 とっとと、その兄さん連れてってくれよ!」


私が!?


文句の一つぐらい言いたかったが。


・・仕方ない。


アンソニーの左手を胸から引き剥がし、

肩に担いで、彼を支え起こす。


そのまま、引きずるように、控えの間に戻った。

適当に彼を座らせて、自分も隣に座る。


「ドラゴンは・・?」

アンソニーの最初の言葉はそれだった。


「ドラゴンはコロシアムの管理よ。忘れたの?」


私たちが相棒と一緒にいられるのは、

試合の間だけだ。


「いや・・そうではなくて・・」

彼はそこで、一息ついて。

「無事でしょうか・・?」


それこそ、笑ってしまう話だ。


「分かるでしょ?落ち着いて。」

「あ・・」


アンソニーは自分の額を左手で押さえる。


まあ、最初は慣れないかもしれない。


「今日のファイトマネーだ。」

マネージャーが封筒を二つ持ってきて、

私とアンソニーに渡す。


1万クラン札が一枚。

やっぱり最低金額だ。


アンソニーは少し驚いている。

「同じ金額ではありませんか・・」


「まあね。アタシは『特別』だから。」

少しおどけてみせる。


「やはり、その、お礼を・・」


言いかけた彼の口元を指で塞ぐ。

「ここでする話じゃないでしょ?」


アンソニーは、少し照れたように、

目を逸らしながら、私の指をそっと離す。


その流れるような綺麗な仕草に。

私は思わず息を呑んだ。


・・心臓に、悪い。


私は努めて冷静に、話を続けた。


「契約金は大事にしなさい、よ?

 最初は、それが全財産なんだから。」


竜腕使いになったとき。

契約金という名目で、

まとまった額のクランが与えられる。


この街ではクランしか通用しない。

だから、ファイトマネーがもらえるまでは、

その契約金が全財産となる。


ファイトマネーも、

最低金額なら、

その日暮らしと、酒の一杯くらいがやっとだ。


そう。


最低金額でも、その日暮らしができる。

酒の一杯程度の余裕もある。


それが、この街のルールだから。


・・


コロシアムの方がやたら賑やかになっていく。

次の試合のための客が入り始めたのだろう。


審判のログも、声高々に客を煽っている。


次は・・


四天王の試合、か。

四天王は実力が他者と違い過ぎるため、

お互い同士で試合を行う。


確か、『伯爵』イールと『狼男』ジンク。

盛り上がる試合になるだろう。


辺りが急に人気が無くなって。

静かになる。


・・


まるで、私たち二人きりになったように。


遠くに聞こえる喧噪も、

却って、そのことを意識させる。


何とか、話をしないと。


・・


「でも、なかなか、躁竜は上手なんじゃない?

 慣れているようにも見えたよ?」


多少緊張していたとは言え、躊躇なく指示を出していた。

開始のタイミングも、私に遅れを取っていなかった。


アンソニーはただ、苦笑して。

「昨日、儀式が終わったばかりですから、

 そのはずは無いですよ。」


その言葉に嘘があるように思えなかった。


まさか。


竜ではなく、人の扱いに慣れている・・?

手足のように、とはよく言ったものだが・・


心に浮かんだ疑念に気付かれないように、

私はおどけて見せた。


「まともに戦ったら、勝てるかもよ?」


その言葉に、彼は戸惑いの色を見せた。


まともにやるつもりはない、か・・


私の口元に浮かんだ苦笑には、

流石に、気付いたようだった。


「皆さん、竜腕使いの方々には申し訳ないのですが・・」


自分はそうではない、という強い拒絶。

いや、強い意志、か。


「どうしても、必要のない戦いは馴染めなくて・・」


彼にとっては、必要のない戦い。


染まらない。

馴染まない。


そう。

ここは、彼のいるべき世界ではない。


・・


「行こうよ?」


私は立ち上がって、彼の手を引く。


「どこへ?」


戸惑いながら立ち上がる彼を。

強引に私は連れて行く。


耳が割れるような歓声。

喉が張り裂けんばかりの、ログの叫び声。

満員御礼の、コロシアム。


私たちの時とはまったく違う光景。

空の色や日光の強ささえ、違うように思えた。


アンソニーは戸惑っていた。

驚いては、いない。


「四天王の試合さ。せっかくだから、見ていこうよ。」


有無を言わさず、彼の手を握る。


離さない。逃がさない。


唯一の左手を抑えられたら。

品の良い人間には抵抗もままならないはずだ。


「本日第二試合!!

 右に座するは『伯爵』イール!!、

 左に座するは『狼男』ジンク!!」


ログの選手紹介も、熱の入りようが違う。


右のイールは、相変らずの貴族風衣装で、

かしこまった礼をする。

壮年と初老の間くらいの年頃で、

気品のある落ち着いた容貌だ。


彼はファイトマネーのほとんどを、

衣装や身だしなみ、その他、

この外見を保つために費やしている。


左のジンクはその好対照。

獣のような、しなやか、かつ、引き締まった体躯。

年齢不詳の男だ。

その肉体を誇示するような半裸の姿で、咆哮を上げる。


彼はファイトマネーのほとんどを

取り巻きとの宴会に費やしている。


膨大な金を得ていても。

二人とも、普段の暮らし向きは、

私とあまり変わらない。


「両者、位置につけ!!」

ログの号令と共に、ぴたっと喧噪が止む。

緊迫した空気の中で、

『伯爵』と『狼男』が睨み合いながら、遠巻きに位置につく。


「始めっっ!!」

ログが飛び上がって、体全身で叫ぶ。

と、その時には両者動いている。


重量級の硬い鱗に覆われた黄金のドラゴンと、

細身でしなやかな短毛の青黒いドラゴンが、

縦横無尽に動き回り、派手な攻撃を繰り返す。


使い手本人たちも、

動き回りながら、お互いの隙と死角を探す。


ログも逃げ回る。


派手な迫力ある戦いに、

観客たちも手に汗を握って見守っている。


どちらかの攻撃が出る度に、

本人たちと観客の歓声や怒声が飛び交う。


イールのドラゴンのウリは、

硬い鱗による防御力と、重量から来る攻撃力だ。

当然、動きは遅く、鈍くなる。


ジンクのドラゴンのウリは、

細く軽い体による素早さと、しなやかな身のこなし。

一方、一撃の攻撃力と防御力は弱い。


ドラゴンの能力としても好対照。

どちらが勝ってもおかしくない。


「さすが、四天王同士、両雄激突、って感じ。

 ねえ、どちらが勝つと思う?」


少しおどけた調子で、アンソニーに聞いてみる。


・・


戸惑いながらも、彼は、真摯に試合を見つめていた。


・・


「どこか、示し合わせている感じがありますが、

 談合の可能性は?」


少し間を置いて、彼は逆に、聞いてきた。

試合を見つめたまま。


・・分かるんだ。


その判断は間違っていないだろう、と思う。


四天王は四天王同士としか、戦わない。

当然、談合は出来てくる。


つまり、全て八百長試合になる訳だ。


でも。


「関係ないよ。客が楽しんでくれればね。」

「関係ない・・?」


そこで初めて、彼は振り返り、私を見る。

その顔は、少し怪訝そうだった。


「これは娯楽さ。」

「娯楽・・?」


彼の繊細な表情を楽しみながら。

私は悪酔いにも似た浮かれた気分になっていた。

その勢いのままに彼の肩に手を回す。


「あんたは『必要の無い戦い』と言ったけどね、

 ある意味、戦いですら、ない。

 単なる娯楽、ってワケ。」


顔を強引に近づけ、その瞳をのぞき込む。

深い碧の瞳は、吸い込まれそうなくらいに澄んでいて、

私を苛立たせた。


乱暴に彼を突き放す。

勢いのまま、彼は壁に当たった。


私に中傷されて、乱暴されていても。

今は顔を背けない。

挑発するわけでも、反抗するわけでも、

拒絶するわけでもない。

あくまで静かに、真摯に、私を見据えている。


イールのような、まがい物では無い。

本当の気品や気高さ、というのは、

こういうものなのだろう。


私たちは、所詮、まがい物にしかなれない。

この虚構の街の中でしか生きられない。


・・だけど。


「でもね、必要とされてるのよ、これだけ多くの人たちに!!」


私の背後で、観客たちが轟音のような歓声を上げた。

何らかの大きな展開があったのだろう。


「この事実を、誰も否定できはしない!!」


私は彼の胸ぐらを掴み、顔を再び引き寄せる。


「あんたがそれなりの訳アリだってのはわかってるよ。

 だけどね、この街に来た以上は諦めな!」


そして、再度突き放す。

今度は彼は床に膝をついた。


・・悲しかった。


彼に一方的に乱暴を働き、罵倒した自分が。

悲しくて、惨めだった。


何故、こうなってしまったのだろうか。

自分でも、訳が分からなかった。


・・


「サージャさん。」


アンソニーは微笑していた。

ゆっくりと立ち上がり、服についた砂埃を軽くはたく。


「私は、ジンクさんが勝つと思います。」


!!


「サージャさんはどう思いますか?」


・・


私は、驚きと戸惑いと共に、彼を見つめる。

アンソニーも真っ直ぐに、私を見つめていた。


・・


「同じ相手に賭けたら、サシの勝負にならないでしょ?」

私は挑発的な笑みを作った。

「イールよ。」


「すみません、先に選んでしまって。」

「私から聞いたんだもの。ハンデ、よ。」


申し訳なさそうな彼に、片目を瞑ってみせる。


・・


少しおどけてもいいだろう。


「じゃあ、何を賭けよっか・・」

「本当に賭けるんですか?」

「そうじゃないと面白くないでしょ?」


彼の腕に腕を絡める。


「そういうことは先に言ってください・・」


戸惑いと躊躇いの混じったような表情で、

彼は顔を逸らす。


その表情がいいな、と思った。

更に、彼を困らせたいと思ってしまった。


「そうねぇ・・何がいいかしら・・?」


・・


「こういうときはやっぱり・・」


横目でアンソニーの様子を伺う。

私の一挙一動に注目しながらも、

何か思考を巡らしているようだ。


・・


何かおかしくて。

楽しかった。


彼の肩に手を回す。逃げられないように。


「敗者は勝者の言うことを何でも一つ聞くこと!

 やっぱりこれでしょ?」

「な、何でも、ですか・・?」

「そう、ドキドキするでしょ?」


私のウィンクに、彼は言葉を呑んだ。


「なるべく穏便にお願いします・・」


彼がやっと絞り出した言葉がそれだった。

思わず、大声で笑ってしまう。


「うるせぇっ!!」


筋肉だるまの大男が、

しゃがれた怒声と共に入ってくる。


「あーん、サージャぁ、ずいぶん上玉つかまえたなあ?」

下品な笑みで、私たちを代わる代わる凝視する。


『暴れ牛』ガレノン、か。

相変らずの粗暴ぶりだ。


相手にするのも面倒だが・・


「分かってるなら邪魔しないでよ。

 ホント、デリカシーがないわね。」

「なんだとぉぅ!!」


唯一自由になる左の義手で、私の頬を叩く。

もちろん、避けるが。


「ちぃっ!!」


ガレノンは舌打ちして。

踵を返すとそのまま出口に向かって歩き出した。

付き添っていた小さい少年も、慌ててその背中を追い掛ける。


・・何しに来たんだか。


「あの人、義手を・・」


アンソニーは顔を曇らせる。

「バカみたいでしょ?」

気付かない振りをして、おどけた笑顔を作る。


「試合の結果が気に入らなくて、

 相棒をなぶり殺して、

 それでもコレでやってくしかないから・・」


大げさに、右手を振ってみせる。

「利き腕も捨てちゃったのよ?」


「両手が無くては不自由するでしょうに・・」

「サジが面倒見てるの。」

「サジ・・?」

「ちっこいの、くっついてたでしょ?

 お金もらってね。」


良くも悪くも、この街は上手く回っている。


「あの、小柄な少年の名前なんですね?」

「そう。あの子はそれで生活してるの。」

「良い折り合いがついているんですね・・

 あの歳では竜腕使いにはなれないでしょうし。」


・・


「アタシが左腕を捨てたのは、あれくらいの年頃だけどね。」


アンソニーは酷く驚いているようだった。

そして、憐れみの表情。


・・


「やめてよ。

 アタシは自分で決めて、あの門をくぐったの。」


同情は、欲しくない。

ここは概ね、自業自得の世界だ。


たまに、彼のような例外もいるが・・


割れるような歓声、怒声、悲鳴の入り交じった声。


私とアンソニーも思わずそちらに意識が逸れた。


ジンクがイールを押さえ込み、

地面に押し倒している。

腕が無い左肩を掴み、

潰れそうな勢いで力を込めている。


こうなってしまうと、躁竜は無理だ。

いや、普通に痛い。


シンクロしている以上、

黄金のドラゴンも苦しんでいる。


追い打ちで、

ジンクの青黒いドラゴンが、黄金のドラゴンの左肩を噛む。


イールと彼のドラゴンは、

同時に絶叫にも近い悲鳴を上げる。


慌てて、ログが駆けつける。

カウントを始める。


「あーあ、ジンクの勝ち、ね・・

 アタシのフィアンセを気取るなら、

 もう少し頑張って欲しいんだけど・・」


勿論、イールが私に絡んでくるのは、

それも彼のポーズの一つだ。

自分が『伯爵』で、私が『姫』だから。

それだけなのだが。


悪態をつく一方で、

内心、心配になってくる。

早く終わって欲しいと思うときほど、

カウントは長く感じられるものだが・・


アンソニーは、というと。

思わず乱入しかねないくらい、

身を乗り出して、様子を見守っている。

それだけ、イールの様子を案じているのだ。


・・?


その、アンソニーの表情が、変わった。

息を呑む、驚きの表情に。


!?


一瞬のことだった。


黄金のドラゴンが、そのまま倒れ込んだ。

自分の肩に噛みついている敵ドラゴンを下敷きにするように!


圧倒的に体重差のある相手にのしかかられて、

ジンクのドラゴンは失神した。


当然、ジンク自身も失神する。


ログが慌ててカウントを取り直す。


「勝者、『伯爵』イール!!!!」


ログの熱すぎる宣言に、観客たちも熱狂の声を上げる。

もう、歓声なのか、怒声なのか、悲鳴なのか分からない。

異様なまでの興奮が辺りを呑み込んでいた。


「凄かったですね・・」

アンソニーは私に微笑する。

「とても談合があるとは思えません。」

「彼らも真剣だから、ね。」


「そうですね。」

彼は微笑した。

少し遠くを見るような目で。

「皆さんのことを誤解していましたが・・

 少しだけ、理解出来た気がします。」


・・


「気の毒な剣奴隷ぐらいに思ってた?」

「・・そうかもしれません。」


申し訳なさそうに、彼はうつむく。


・・


「今のうちに行こうか。」

私はアンソニーの腕を引っ張って。

出口を目指す。


今しばらくは興奮状態は醒めない。

賭けに参加した人たちはその精算もあるだろう。


観客たちが動き出す前に動かないと、

酷い混雑に巻き込まれる。


コロシアムの外に出る。


正面は広場になっていて、

ここから、街のあちこちや門へ続く道が延びている。


広場の中央には大きな像が置かれている。

片腕で、ドラゴンを連れた男性の像だ。


「これは、ルシオスの像ですね?」

「知ってるんだ?」

「神話の英雄ですから・・」

「作り話だと思ってたんだけど。」


私の突っ込みに、

彼は困ったように微笑するだけだった。


いつの時代か。

詳しいことは知らないけれど。


強大な化け物が現れて、世の中を脅かした。

教会も、当時の国家の武力も太刀打ちできなかった。


法王の配下の一人だったルシオスは、

神に贄として捧げて、特別な加護を願った。

自分の一番大切なものということで、

利き腕を切り落とし、贄としたのだ。


捧げた腕は、巨大なドラゴンに姿を変えた。

ルシオスは自らの腕のように、

そのドラゴンを操ることができた。


そしてめでたく、化け物を倒すことができた。


そんなお話。


私たち竜腕使いは。

ルシオスの意志を継ぎ、神から竜腕を授かった、

特別な戦士。

その戦士たちが切磋琢磨のために

お互いの腕を競い合う特別な『試合』。


それが、『設定』だ。


中途半端に奴隷の立場が認められた現在で、

人間同士を戦わせることに対する、

正当化のための。


竜腕使いになる者は、片腕を奪われる。

その片腕から、魔法の儀式でドラゴンが作られる。

そのドラゴンは、

元は肉体の一部だっただけに、

その者と精神的な繋がりが存在するのだ。


腕は左右どちらでもいい。


大抵の人は利き腕で無い方を選ぶ。

生活に不便だからだ。

ただし、利き腕の方が、

強力なドラゴンになる、という話がある。


トップのアギトは利き腕を捧げている。


・・


そう、すべては『魔法』のなせる技。


・・


「サージャさんはどうして竜腕使いになったのですか?」

像を見上げながら、アンソニーは聞いてきた。

少し、神妙な様子だった。


・・


「答えなくても構いません。」

彼は、そう付け加えた。


・・


兄のことを話した方がいいかもしれない。

そう思ったが、

言うことができなかった。


・・


アンソニーの方を見る。

彼は、ルシオス像を見上げたままだった。


今では、どちらかというと、

黙りこくってしまった私に気を遣っているのだろう。


「賭けはアタシの勝ち、だよ?」

「そうですね・・」


少し困ったような顔で、彼は私を見る。


・・


「せっかくだし、少し考えさせてもらうわ。」

「どうせなら、早く終わらせたいです・・」


私は笑い声で彼の抗議を一蹴した。

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