3.あたしの勝手なのかも(奈央)

「……っていうことがあったんだけどさ」

 晩ごはんを食べながら、日下部さんをバドミントンに誘ったけど断られたことを話すと「奈央、あまり強引に誘うのはよくないよ」と、ママに言われちゃった。

 去年の末から、あたしたちはママの実家……あたしからするとおじいちゃんとおばあちゃんの家が香川にあるので、そこで住んでいる。

 ママはスポーツ用品店で働きながら『美空みそらバドミントンクラブ』でコーチをしている。あたしも普段はそこで練習してるんだ。

「ダブルスの大会に出たいのはわかるけどね。やる気がない子に無理やりやらせても、いいことはないよ」

「でも、あのスマッシュはすごかったんだよね……」

「気長に誘い続けたらどう? 中学に入るまでに始めてくれればもうけものって感じで」

「そうしようか……。一七〇センチ以上あって左利きって、絶対向いてんだけどな」

 あたしがそう言ったとたん、ママの目の色が変わった。

「……なんで早く言わないの! なんとしてもうちのクラブに連れてきなさい!」

「さっきと言ってることが全然ちがうじゃん!」


 次の日の下校時間、あたしは校門を出たところで日下部さんを待ちかまえた。いいかげんに迷惑だろうから、今日がラストチャンスだと思ってる。怒られること覚悟の作戦だ。

 一〇分ほど待っていると、日下部さんが友達といっしょにやってきた。

「日下部さん」

 あたしが声をかけると、日下部さんがビクッとした。

「大鳥さん……」

「ごめんね、おどろかせちゃって。バドミントンへ誘うのも、今日が最後。とにかく、話を聞くだけ聞いてほしいの」

 あたしがそう言うと、物陰に隠れていたママが姿を現した。

「日下部ことりさんね? なるほど、大人のわたしよりも背が高いし、手足もすらっとして長い。すばらしい……」

 それを聞いた日下部さんがおびえた表情で防犯ブザーに手をかけたので、

「わーっ! ごめんなさい、怪しいものじゃないから! 奈央の母です! 娘がお世話になっております! こういうものですから!」

 ママはあわてて『美空バドミントンクラブ』のパンフレットを日下部さんに見せた。何をやってるんだか……。


「バドミントンですか……」

 日下部さんのお母さんが、パンフレットを見ながらつぶやいた。

 日下部さんはあたしとママの勢いに押されたのか、しぶしぶながら家まで案内してくれたんだ。日下部さんの家は学校から一〇分ほど歩いた住宅街の中にあった。あたしたちが事情を話すと、日下部さんのお母さんはびっくりしながらもリビングに通してくれた。そして今、四人で向き合って話している。

 日下部さんの親から説得する作戦は、ママが考えたんだ。将を射んとするにはナントカカントカって言ってた。

「確かにことりはこんな体格ですし、何かスポーツをやったほうがいいとは思っています」

 日下部さんのお母さんが自分の娘をちらりと横目に見る。日下部さんは下を向いてしまった。そう言うお母さんの体格は、別に大きくない。一六〇センチもなさそう。

 さっきから、あたしは棚に飾られている写真に気が付いていた。まだ小さな日下部さんが、両親と一緒に立っている。お父さんらしき男の人は、とても背が高かった。一九〇センチくらい? 日下部さんはお父さん似なんだろうな。

「では、ぜひバドミントンをうちのクラブで……」

 ママがそう言うと日下部さんのお母さんは、

「この場では決められませんよ? この子の意思もありますし、夫にも相談しますので」

「ええ、それはもちろん! そうだと思います」

「あと、お月謝なんかも必要ですよねえ」

「そのことなんですが、日下部さん」

 ママの目が光った。

「通常でしたら入会金とレッスン料をいただくんですが、今回はこちらから特別にお願いしているわけですから、入会金は無料にさせていただきたいと思います。レッスン料も、ダブルスの大会がある四月まではいただきません。大会が終わってから、どうされるか判断していただければ」

「あら。それはありがたいですね! どうしよう、ことり、ねえ?」

 そう話を振られた日下部さんが下を向いたままで、

「…………で」

 何か言ったが、声が小さくてよく聞こえなかった。

「えっ?」

 お母さんに聞き返され、日下部さんが顔を上げた。

(泣いてるっ?)

 あたしは日下部さんの目がうるんでいることに気が付いて、はっとなった。

「勝手に話を進めないでっ! スポーツはもういやなの! お父さんもお母さんもみんなも、勝手に期待して! 野球のときも、バレーのときもそう! ミスしたら『あんなに背が高いのに』って言われて、がんばったら『背が高くてずるい』って! わたしの気も知らないで、勝手だよ、勝手勝手勝手っ!」

 日下部さんは一気にまくしたてると立ち上がり、ずんずんと歩いて部屋を出て行った。扉がバタン! と大きな音を立てて閉じられる。

 後に残されたあたしたち三人は、しばらく何も言えなかった。あたしの頭の中では、日下部さんが何度も言った『勝手』という言葉がぐるぐる回ってる。あたしは日下部さんのことを理解してなかったんだ、全然……。


 その日の夜、お風呂から出たあたしは、自分の部屋でベッドに寝転がってもんもんとしていた。もう寝てもいい時間だけれど、眠れそうにない。日下部さんのことが気になって仕方がなかった。

 あの後、日下部さんのお母さんから簡単に話を聞いた。日下部さんは、野球やバレーボールの経験があるみたい。でも、どちらも長続きせずにやめちゃったんだって。それ以上根掘り葉掘り聞くわけにもいかず、帰ることになっちゃったんだけど……日下部さんがスポーツに苦手意識を持ってるのは、そんなことがあったからじゃないかと思う。

 あたしはバドミントンがやりたいからクラブに入って、今でもずっと続けている。だから、日下部さんの気持ちがわからなかったのかもしれない。たぶん野球もバレーも、本人が好きで始めたんじゃないと思う。あの体格だからスポーツやらなきゃもったいない、ということで始めたんじゃないだろうか。きっと、周りの意見に流される形で。けど、日下部さんは競技を続けることができなかった……。

 あたしがバドミントンに誘ってるのも、結局は同じだ。日下部さんの才能に夢中になっただけで、日下部さん自身の気持ちをろくに考えていない。千里の代わりにペアを組む相手がほしいっていう、自分の都合ばっかり。

 

 日下部さんの言う通り、勝手だ。自分の理想を相手に押し付けてるだけで、相手の考えを無視してる。ちゃんと聞こうとしていない。

『バドミントンなんて遊びじゃないか。いっしょうけんめいやってなんになるんだ。そろそろ勉強に本腰を入れたらどうなんだ、奈央』

 ふいに、お父さんに言われたことを思い出す。

 こんなの、お父さんと同じじゃん……。同じことをやっちゃってる。自分がいやだったことを、そのまま日下部さんに繰り返してる……。


「あああ~、だめだ! これじゃあ!」

 あたしはそう口に出して、体を起こした。……のどがかわいた。何か飲もうっと。

 階段を下りて台所に行くと、ママがいた。椅子に座り、スマホをいじっている。あたしに気が付くと「どうしたの。そろそろ寝なさいよ」と声をかけてきた。

「のどかわいちゃって」

 そう言ってあたしは冷蔵庫から牛乳を取り出し、コップに注いだ。それを持って、ママの横の席に座る。

「それから、日下部さんのことも気になって、眠れない」

「そっか……」

 ママはあたしを見て、つぶやいた。

 日下部さんの家からの帰り道でママは、日下部さんの勧誘をどうするか、土日でじっくり考えよう、と言った。でも、あたしはやっぱり、それじゃ落ち着かない。せめてどうするのか方針は決めないと、バドミントンの練習だって身が入らない。

「日下部さんにはあやまるつもりだけど、バドミントンに誘うのもやめたほうがいいのかなって……。自分の都合しか考えてなかったのは、その通りで。あたし、自分がいやになっちゃった」

 ママはあたしの言葉を聞いてうなずくと、

「奈央は、もう日下部さんのことはどうでもいいの?」

「そんなことない! いっしょにバドミントンやりたいよ!」

 反射的に、あたしは大きな声を出していた。ママはあたしをさとすように、

「だったら、よく考えないとね。誘い方がまずかったから、あやまるのは必須として。奈央のその気持ちは本当なんだからさ。押し付けるんじゃなくて、日下部さんに寄り添って考えたいよね」

「寄り添って考える……って、どうするの」

「それは奈央が自分で考えてよ」

「わっかんないよー!」

 あたしはそう言って、天井を見た。やっぱり今夜は眠れないかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

凸凹バドバード 平河ゆうき @doraman

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ