電話一本入れてれば問題は起きなかった筈

@HasumiChouji

電話一本入れてれば問題は起きなかった筈

 俺は激怒していた。

 必ず、かの邪智暴虐のクレーマーどもを、世の中から排除せねばならぬと決意した。

 俺には身障者の事情など判らない。

 だが、twitterで話題になってる事が不当なクレームである事だけは良く判った。

 電話一本事前に入れていれば済む話なのでは無いか?


 その時、twitterでフォローしているネット論客の奇築きちくおもねさんが変なtweetをしているのが目に付いた。

 意味を成さない片仮名がズラズラと……。

「すでくょしいてげあらかすさーばくょしいてばれらにはーょしりうょりのちっどのつじんほ」

 思わず……その謎のtweetを読み上げてしまった瞬間……。

 そのtweetは消えていた。

 奇築さんのアカウントを確認してみても……無い。

 消したのか……俺の見間違いで、元からそんなtweetなどしていなかったのか……?

 何だったのか……一体全体……。

「呼びました?」

 その時、背後から声がした。


「あ……すいません。コーヒー、インスタントしかなくて……」

「いえ、いえ、おかまいなく」

 突然、俺の背後に出現したのは……悪魔だった。

 眼鏡をかけたスタイルのいい……どっちかと言えばイケメンの三〇代男性。

 クリーニングから戻って来たばかりのような背広とYシャツに、床屋に行ったばかりのようなキッチリした髪型。

 ただし、頭には角が……背中には蝙蝠……のモノに見えるが、どこか違う気がするような感じの翼が……尻の辺りからは、先端がV字状になっている尻尾が生えていた。

「で……あれは、我々のプロモーションでして……。我々に魂を売ってでも叶えたい願いが有る人にしか見えないんですよ」

「は……はぁ……」

「魂をいただく条件は……貴方が『こんな願い取り消したい』と心の底から思った時です。その時に、貴方は死んで、これまでどんな善行を積んでいても、魂は地獄行きですので、よくよく考えて願いを言って下さい」

「あの……もし、一生『こんな願い取り消したい』とか思わなかった場合は……?」

「さて……理屈の上では……死後の魂の行方は、その人の自己責任……善行を積んでいれば天国に、そうでなければ地獄行きですすが……私が悪魔になってから……数千年……数百万のお客様全員が契約して48時間以内に『こんな願い取り消したい』と心の底から願われる事になりました」

 きっと……そいつらは……自分勝手な願いをしたから……そんな事になったんだろう。

 なら……俺は……社会正義の為の願いをするまでだ。

「身障者は事前に駅に連絡しないと電車に乗れないような世の中にして下さい」

 そうだ……俺が怒っていたのは……事前に駅に連絡せずに電車に乗ろうとして、駅員に迷惑をかけた車椅子のヤツの話をtwitterで見たからだった。

 こんな我儘なヤツを排除しなければ……駅員さん達が迷惑する。

「なるほど……わかりました」


 次の朝、俺は仕事に出掛け……おや……この駅って、平日の朝に、こんなに人が少なかったっけ?

 一応、ターミナル駅の筈……。

 改札を通ろうとすると……

 無理矢理、改札から一歩踏み出せば……確実に転落死。

 客達は……昨日の悪魔とウリ二つの翼が生えた駅員達に抱き抱えられて改札と宙に浮いたホームを行き来していた。

「え……えっと……。あの……これ……どうやってホームまで行けば……」

「もちろん、我々が運びます」

 近くに居た悪魔駅員は、そう答えた。

「じゃ……じゃあ、俺も運んでもらえますか?」

「事前に駅に連絡はされましたか?」

「へっ?」

「あの……見ての通り、の方を運搬するのは手間なんですよ。乗車する駅と降車する駅に三○分以上前に連絡してもらえないと電車には乗れません。いい齢して御存知無いんですか?」

「いや……俺……健常者……」

「見解の相違ですね。人間の皆さんから見れば……貴方は健常者でしょうが……我々からすれば……など……哀れな身障者です。そして、この駅は……我々『健常者』の利用を前提に設計されています」

「そ……そんな……」

 俺は……思わず……これが奴の狙いだと判っていながら「願いを取り消したい」と願ってしまい……。

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