第21話     そしてありふれた日常へ

あれから世間的には平和な日々が流れていき

僕も日常のタスクをこなす日々が続いていた

女の子の遺体はとっくに火葬され、墓地に収められている

残念ながら女の子の臓器は火に焼かれ、灰になってしまった

提供されたであろう、あの女の子の臓器は

他の人の一部となって生きていくはずだった

臓器にその人の意思があるのかは分からない

それはファンタジーでしかないのかもしれない

でも臓器を提供した本人や、関係していた周囲の人達には

それはファンタジーではないのかもしれない

自分が消えてしまっても

自分の一部が自分が存在していた記憶を持って

他の人の体の中で生きている・・・・

純粋にそう思う事は誰にも邪魔できない事だろう

科学的に検証してそれはあり得ないと言い切られても

人々がそう思う気持ちは変わらないだろう

それは、人間が持つ優しい光だ

光と闇、陰と陽、生と死

自然界にも人間界にも存在する2つの選択肢

究極の選択肢が2つしかないのが疑問だが

臓器提供をし、その臓器が他の誰かの体の中で生きるという事は

第3の選択肢なのかもしれない

僕にもいずれ選択肢を選ぶ時が来るだろう

臓器提供カードはいつも持ち歩いている

突然襲ってくる不慮の事故や天災で命を終わらせてしまう事もある

それはある意味、運命という名の自然に死を迎える部類に入るだろう

自然に死を迎えるか、自分で選んで死を迎えるかは

すべての人達が、悩み苦しむこともなく本当に自由に

選択出来なくてはいけない選択肢なのではないか・・・と僕は思う

生きなくてはいけない・・・・そう思うから苦しいのだ

死ぬのは怖いし、苦しいし、痛いし・・・・そう思うから死を恐れるのだ

それは生き物の本能的な思考なのかもしれない

でも、苦しくて苦しくてどうしようもない時に

死をもっと自由に、気軽に選ぶことが出来たなら

もっと自由に、気軽に生きることが出来るのではないか・・・と僕は思う

日本の人口が減って日本という国がなくなってしまうかもしれない

地球上の人口が減って地球人がいなくなってしまうかもしれない

そんな事は知ったこっちゃない

生きたい人は生きていくだろうし、死にたい人は悩むことなく苦しむことなく

安らかに死を迎えることが出来る

そんな事を考えていたら

「こんにちは・・・・」

少し重たい「0」の扉を少し開けて

1人の男性が室内をキョロキョロと見渡しているのが見えた

それに気づいた僕と目が合うと

「あの・・・・紹介されて来たんですけど・・・・」

おずおずと不安そうに僕に話しかけてくる

「あぁ、はい。どうぞ、こちらへ」

にっこりと微笑みながらソファーへ促す

フード付きの黒のパーカーに薄手のダウンジャケット

ダメージ加工された黒いジーンズを着用した若い男性が

黒いリュックを背負って室内に入って来る

ソファーに腰掛けたのを確認して

「何か飲みますか?」

そう男性に問いかけると

「あ、あぁ、じゃ、お茶ください」

背負っていたリュックを自分の横に置いて

ガサガサと何かを探しながら僕にそう返答を返す

「はい。お茶ですね。ちょっとお待ちください」

そう言いながら冷蔵庫へ向かう

僕用のお茶と男性用のお茶をテーブルの上に置いて

僕もソファーに腰を下ろす

ようやく目的の物を見つけたのか

男性がそれをそっとテーブルの上に差し出した

「はい。では拝見させて頂きますね」

そう言いながら白い封筒を手に取る

中に入っていた紹介状にきちんと目を通した後

「ようこそ「0」へ」

言い慣れたその言葉を僕は、いたって普通の音量で言い放つ

今日も苦しみの中で、もがいている自分を救うために

安心して死と向き合うために、「0」を訪れる人がいる

                               

                               

                               END

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