10話『冒険者ギルドで相談していきます』

「こんな酒場みたいなエリアがあったのか……」


 以前冒険者ギルドに来た際には用がなく、来なかった冒険者ギルドの2階。よく図書館にある公共施設の中にある食堂のような小さな酒場。時間が昼から少しズレているからだろうか、人は少なく閑散としていたが、働く気がないのであろう冒険者らしき人がポツポツといるのが見える。


 簡素な木の机と椅子。そして、慣れた手つきで配膳をする給仕。給仕の服がフリフリの制服なんていう異世界あるあるはなく、普通のドリンクをこぼしても汚れが目立ちづらい黒を基調とした洋服。メイド喫茶ではないのだから当然といえば当然ではある。雰囲気が明るいのを除けば、ぱっと見では居酒屋だ。西洋風居酒屋。


「えぇ。ギルドの収入源は3つです。以前に行ったような依頼の一部、それによって生じた肉や毛皮などの買い取り。最後に酒場の収入。ギルド証があれば割引がだいぶされるので、冒険者の溜まり場となっているらしいです。そのため、ここで用のある冒険者を探すのがいいかと」


 このギルドの酒場で行うことはただ1つ。冒険者からお金を少しでも多く冒険者からお金を返済してもらう。リーナの目算では銀貨300枚。それだけあれば流石の鍛冶屋ブドウも当分は持つ。


「なるほどね……。とりあえず、聞き込みしていくしかないか」


「そうですね」


「いらっしゃいませー。お席にどうぞー」


 本当に居酒屋か! と突っ込みしたくなるような、よくある口上で中に案内される。入り口近くでグダグダ話していたのが邪魔だったのだろうか。俺も居酒屋で働いた経験があるし、その気持ちなんとなくわかる。帰る時に入り口近くで話し込んでいる学生とかすごく邪魔だし、他の客に迷惑がかかる。どかすのは当然と言えば当然なのだろう。


「とりあえず、紅茶を2つ下さい。それと少しお話いいですか?」


「はい。紅茶2つですね。それと……お話ですか?」


「ザンザスさんかジェニーさんってどこにいるか知っていますか?」


「ザンザスさんは遠征に行ったらしいですね……。ジェニーさんはあそこに」


 女給が項垂れている金髪の細身の男を指差した。机には木製のコップが1杯。まるで高校生が告白をして振られた後みたいな雰囲気を放っている。学校の近くのショッピングモールのイートインで水だけ飲んで頭を抱えている高校生みたいだ。というか、負のオーラがすごすぎて誰も近づいていない。一見ではどう見ても有名な冒険者だとは思えない。いや、でもリーナが「ザンザスさんとジェニーさんは冒険者の中でも有名な方ですね」と言っていたけどな。まぁ、有名と言っても色々と意味はあるのだろうが……。


 リーナがそれを一目確認すると、すぐに立ち上がり、そちらへと向かった。


「ジェニーさん、お久しぶりです」


「あぁ……。君か」


 ジェニーさんと呼ばれている冒険者とリーナは知り合いのようだ。ジェニーさんがリーナから声をかけられると顔を上げた。今まで俯いていてわからなかったが、ホスト風の顔立ちが悲痛な面持ちをしている。


「どうしたんですか? そんなに辛そうな顔をして」


「金が無くなった」


 金がない……か。状況的には俺らと同じような気がする……。項垂れる程にキツイのか。って待て。俺はこいつに取り立てに来たんだよな? やばくねぇか、これ……。毟り取ってやろうなんて気持ちは一切ない。しかし、それでも返済してもらわなければ困る。ジェニーさんの場合は銀貨10枚。普通の冒険者であれば6か月分くらい働けば返せる。なんというか、テレビや洗濯機、冷蔵庫などの比較的な高価な電化製品……白物家電くらいの値段設定なんだな、武器って。いや、まぁピンキリなのだろうが。


「なんでですか?」


「借金取りに取り立てられたんだ」


「え? ジェニーさん、借金なんてあったんですか?」


「いや、僕にじゃなくて父にさ。それで僕の金も全部持っていかれた。パパヤ商会が借りていた金を一本にまとめやがった。それで全部、本当に全部さ。まぁ、冒険者なんて元々その日暮らしの職業ではあるんだけどね。それでも老後のために少しずつ貯蓄をしていた。それを全部。10年くらいの貯蓄が笑えないくらいあっさりと」


「そんなひどいことが……」


 なるほど。パパヤ商会か……。というか、借金の一本化って現代日本でやるのも難しいぞ。しかも、それを借り手に無断でやるなんて契約的には不可能だ。それがパパヤ商会のやり方なのか? というか、闇金でもそんなことはやらない。というか、できない。法整備が足りていない……ということか? というか、それを受け入れてしまう側も受け入れる側だ。パパヤ商会のやっていることは弱者を食う強者。最低としか言いようがない。


 正直、なんであっさりと渡してしまったのか感は拭えなくはない。この街で暮らしていくのにパパヤ商会ってそんなに逆らえない相手なのか? ていうか、元々貯蓄があったならば払えよ。借りた物は返すのは当たり前だろ……。


「あのー……。言いにくいのですが、私は鍛冶屋ブドウからの使者といいますか……」


「あー、グレイブさんの所で働いているらしいね。それでグレイブさんが何の用だって?」


「鍛冶屋ブドウへの借金を返してほしいと言いますか……」


「は? グレイブさんの所への借金も全部パパヤ商会が肩代わりしたんじゃねぇのか!? どういうことだ!」


 狼狽えて当然だろう。というか、そんなことを言いやがったのか。借金の一本化をするということは貸主が元の貸主へとお金を払うのは必然。この世界で利子が発生しているのかはわからないが、利子もしっかりと払い、一本化をしなくてはならないのが常識だろう。この反応からするに鍛冶屋ブドウの名も出したという事だろう。完全に詐欺行為だ。流石にこの世界でも違法だろう。


「会話に横入りしてごめんなさい。あのジェニーさんはパパヤ商会に騙されたんじゃないですかね?」


「誰? さっきからリーナの横にいたが、仏頂面して黙っていたから無視していたが、今まで見たことがないね」


「カイム。カイム=サザキ。今はリーナと共に鍛冶屋ブドウでお世話になっています」


「見たことがないな」


「カイムは1週間前にこの街に流れ着いたんです。東の国の出で……」


「東の国……。東に我々とは交易の一切を断っている黒髪の民族が住む島があると聞いたことがある。グレイブさんの師匠もそこにいるらしいし、その繋がりということか」


「はい。そのようです。で、カイムと私は鍛冶屋ブドウにツケがある人からお金を回収して回っているんです」


「どうして急に。今までそんなことを言ってこなかったのに」


「経営難と言いますか何というか……」


「経営難? グレイブさん、そんなこと顔にも出さないじゃないか」


「あの人は経営に無頓着なだけです。自分が武器を作っていられればそれでいいようでして……。自分の生活は二の次ですね。全く困った人ですね。それに仁義の人ですから余計に」


 そこまで言った後、一拍を置いて、リーナは言葉を続けた。


「パパヤ商会の傘下の店が武器を大量に買ったのです。3年かけてコツコツと。そして、それを全てツケで払うという暴挙を行い、お金を払わないのです。そのため、取り立てに行ったのですが、それも全て……。そして、冒険者の中にも何人か不可解に買っていった者がいまして」


「不可解な買い物……か。前に冒険者ギルドを通さずにパパヤ商会が依頼を出していたという噂を聞いたことがある。ザンザスの奴がそういうの詳しいんだが、あいつもここにはいねぇしな……」


 冒険者への依頼って冒険者ギルドを必ずしも通さなくてもいい物なのか? いや、でも言い方的には良くは思っていないようにも見える。まぁ、冒険者ギルドからしたら目の上のたん瘤と同様に邪魔極まりないだろうな。


「ザンザスさんは遠征と言っていましたけど、どうしてですか?」


「西の森にいる龍の様子が可笑しいらしくてな。それの偵察。まぁ、あっちにあるギルドからしたら王都周辺にいる弱い魔物なんて衛兵共に任せてこっちに来いと思っているんだろうけどな」


「なるほど……。で、私たちのもう1つの用件はジェニーさんに冒険者への取次ぎをして欲しいのです。私も冒険者をしていたとはいえ、正式にギルドに登録されるほどは依頼をこなしていませんし、顔が広いジェニーさんに取り次いでいただければ……」


「こっちも暇じゃないんだよな。というか、今は依頼を1つでもこなさないとダメなんだ」


 いや、今まで黄昏ていたじゃないか……。全然暇そうじゃん! と言いたいが、流石の俺も初対面の相手にそこまで言えるほどの度胸はない。それにあの『豚』を弱い魔物という程の実力がある。どう考えてもヤバイ。あの豚に瞬殺されかけた俺はこの男に勝てるとは思えない。


「今までずっとここで俯いていたじゃないですか」


 言った。リーナ、それ言って大丈夫なのか? まぁ、それだけの関係性があるということか。リーナも以前は冒険者で小銭稼ぎをしていたようだしな。ってか、リーナ、変なところで度胸あるよな。素性の知れない俺に話しかけてきたり、豚を魔法で仕留めたり……。


「いや、そうなんだが……。まぁ……そうだな。冒険者連中には話を聞いておこう。空も暗くなればここに集まるでしょう。仲介はするので、少しだけいただけませんかね?」


 リーナはローブの内ポケットを漁ると銀貨1枚を取り出し、ジェニーさんに手渡した。


「ちょ……。ちょっと待て。金に困っているんだろ? こんなにいいのかよ」


「情報料と仲介料です。それと早い内に返済してください。鍛冶屋ブドウの顧客なんですから。また後で来ます」


「おうよ。わかった。冒険者連中には話を付けとく」


「ありがとうございます」


 リーナはジェニーさんに会釈をすると、俺の方へと向き、建物を出るというように目で示した。


「ちょ! ちょっと待ってください! 紅茶は!」


「もう少しだけ休んでから行きましょうか」


「そうしようか……」


 給仕から声がかかると、リーナは忘れていたとでも言うような表情をした。やっぱリーナは少し変な子だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界銀行~お金を勉強した俺だからこそできること~ 龍豹雄也 @ryuhyo_yuya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ