9話『パパヤ商会の幹部と話していきます』

「あーすいません。唐突な登場で。『鍛冶屋ブドウ』の2人が本部に来ていたのを見たんで、ついてきたんです。そしたら、少し話しかけるタイミングを失ってしまいましてね」


 だからって結婚式の「ちょっと待った!」みたいな感じで出てこられても。まぁ、あれって実際に起こることはほぼないらしいけどな。


「何の用でしょうか?」


 今いいところだったのに! という感じでリーナは口を尖らせながら言う。


「そちらこそ、何か用があったのでしょうか?」


 『パパヤ商会』の副会長が俺らに牽制をするかのようにして言った。うーん……なんていうか通りかかっただけなんだが、そんなことは言えない。


 副会長は銀色の髪を揺らめかせながらも、表情は変わらずに飄々としている。内心はどうやって言いくるめてやろうかとか思っているに違いない。警戒心を解いてはいけない相手のように思う。


「見学……です。それに『パパヤ商会』の本部は『セルニア商店』への通り道にありますので、それで少し眺めていただけです。用事はありません」


「そうですか。それならば安心ですね。それで『セルニア商店』で何の話をしていたのでしょうか? なにやら高額の受け渡しをしていたようですけど」


 副会長が俺らに向けて言ったが、それに対し『セルニア商店』の店主のおっさんが水を得た魚かのように生き生きと返事をした。さっきまで払うと言っていたのに変わり身が早いな。


「こいつらが銀貨を1000枚も払えというのです! 私が『鍛冶屋ブドウ』の商品をお金払わずに取っていったと言いがかりをつけて!」


「そうですか。では、『鍛冶屋ブドウ』の意見は?」


 俺はリーナへと目配せをすると、リーナが口を開いた。


「『鍛冶屋ブドウ』に来た際にお金を持っていないと言っていたため、後でいいと店主のグレイブさんが言っただけです。そのため、それを頂戴しに来た次第です。詐欺師だと言われる筋合いはありません」


 リーナの言葉を聞き、副会長は思案顔を浮かべた。


「なるほど……。そういうことですか。で、『鍛冶屋ブドウ』はそれをしっかりと『パパヤ商会』に報告はしましたか?」


「いえ、していないと思います。グレイブさんは義理人情を重んじる方なので、『セルニア商店』を信用していたと思いますし。こんなことになるとは……という感じですね」


 リーナは苦虫を嚙み潰したような表情で店主のおっさんを憎し気に睨んだ。まぁ、確かにリーナからしたらグレイブさんの性格をわかっている以上、『セルニア商店』のやり方が気に食わないのはわかる。


「そうですか。本部に報告していないとなると『セルニア商店』に味方せざるを得ないですね。それに『鍛冶屋ブドウ』は風来坊というか何というか……。そちらも承知しているでしょうが、『パパヤ商会』の集会にも出てきませんし、少々『パパヤ商会』側としては困る部分があります。今回の件もそのような事情であれば『セルニア商店』側につくしかないですね」


 ここに来て『鍛冶屋ブドウ』の態度か。これに関しては完全にグレイブさんが悪い。俺は知らない。確かにグレイブさんは鍛冶バカだし、経営にすら興味ないから商人からしたら風来坊だと思われてもしょうがない部分はある。普通に思考が読めないだろうし。


 だが、グレイブさんの作る武器は1級品だ。武器の中でも高級な部類。そのため、同業他社が存在せずに自分の利権はしっかりと守っているはずだ。グレイブさんやリーナに聞くと、最近お客さんが減ったという。それに『パパヤ商会』の『鍛冶屋ブドウ』への態度。確かにわからなくはない。わからなくはないのだが、違和感しかない。何かがおかしい。


「『鍛冶屋ブドウ』もしっかりと上納金は納めています。それはこういうトラブルのために守っていただくためじゃないんですか!」


 リーナは感情のままに副会長へと訴えた。けど、副会長は薄ら笑いを浮かべ、口を開く。


「上納金の意味わかっていますか? 『鍛冶屋ブドウ』と『セルニア商店』は同じ額を納めています。そのため、どちらかを守るだなんてやってはいけないんですよ。対等です。対等」


「そうだぞ。それに金髪の女はアレだろ。アプリコットとかいう犯罪者貴族の娘。論ずるに値しませんよ。パパヤさん」


 店主のおっさんはしたり顔で副会長へと同調した。


「そんなことはどうでもよいのです。しかし、対等な裁決をするのが我々『パパヤ商会』の仕事です」


「どこが対等ですか! それに店主さん、両親の事は関係ありません」


 リーナは表情を歪め、台を拳で叩いた。


「これだからガキはダメなんだ。交渉になんてならんな」


 店主のおっさんが恨み言を言うが、それをリーナはキッと鋭い目つきで睨んだ。ここまで激昂しているのは初めて見た。親の事はタブーなのだろう。幼少の頃に両親が亡くなったと言っていたし、自分の生き様を汚していると感じるのかもしれない。


「まぁまぁ。2人とも落ち着いてください。それにこの件は既に決着が付きました。『鍛冶屋ブドウ』の皆様は帰ってください。沙汰は後で使いの者を寄越します」


 あー、これはダメだ。交渉事においてはキレたら負けってビジネス書で読んだことがある。これで副会長へのリーナの印象は最悪という程に地に落ちたかもしれない。


「あの1つ良いですかね? そもそも『セルニア商店』は1度負けを認めましたよね? それなのに副会長の一存で碁盤をひっくり返すかのように覆されるのはおかしいんじゃないですか? 先程まで『セルニア商店』はお金を払うと言っていたんですから。証人は俺とリーナです」


「あぁ。確かにそう言いました。しかし、今回の件の争点はそこではありません。論点をズラすのは止めていただけませんかね。それに私は『パパヤ商会』の副会長です。今回の調停をする義務があります」


 俺の意見も簡単に跳ねのけられてしまった。手強さそうな相手だ。これはどうすればいい。


「わかりました。今回はここで引きます。しかし、絶対に払わせますから!」


 リーナが捨て台詞を言う。それに対し、副会長は眉を顰めた。


「あー、君たち。他の店にも同様な言いがかりを付けに行くのは止めてくれよ? これ以上やると『鍛冶屋ブドウ』を『パパヤ商会』の傘下からから除名するぞ」


 今までの丁寧な口調はなりを潜め、一見して荒い口調へと変わった。まるで脅すかのような。


◇◆◇◆


「はぁー……。どうしましょう。これではグレイブさんに合わせる顔もありません」


 冒険者から取り立てをするため、冒険者ギルドへと向かっている。その道すがら、リーナは溜息をつきながら、俺に話してきた。


「冒険者からお金を回収できても微々たるもの……だったよな。商人からのツケは溜まりに溜まって合計で銀貨1万枚程だったか? それだけあれば『鍛冶屋ブドウ』も相当経営が安定するだろうが……」


「まぁ、金貨は銀貨100万枚程の価値あるので、あれが換金できさえすれば余裕なんですけどね。それも『パパヤ商会』の全財産くらいでしょうし……」


 やっぱり、金貨の価値がおかしすぎる。大手の商会の全財産程って……。絶対に換金できないだろ。


「冒険者からのツケを全て回収できても500枚程。それに貧乏な方もいるでしょうし、できて300枚と言ったところでしょう。もう亡くなってしまった方や行方知らずの方もいるようですし。『鍛冶屋ブドウ』の剣が1本銀貨10枚だとしても多すぎますよ。それを3年も回収しようとしないんですから、困りものです」


 単純計算で冒険者に50本も剣を渡した計算か。それに商人たちには1000本。なんでこんなに武器が必要なんだ? 冒険者はともかくとして商人たち。それに冒険者の中にも10本単位で貰っていった人もいるという。なんかおかしい。違和感しかないような……。

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