8話『取り立てやっていきます』

「ここが『パパヤ商会』?」


「えぇ。そうです」


 どれだけ金を出せたら、こんな豪邸が立つのかと思う程の金に物を言わせたのが丸わかりな西洋風の城。こんなの大企業の社長をやっていたとしても建ちそうにない。それだけ『パパヤ商会』の金回りが良いということなのだろう。


「『パパヤ商会』ならば入り口を守る守衛くらい居ても可笑しくないのですが……」


 確かに警備員くらいいても良いだろう。街を取り仕切っている商会ならば、厳重であってもおかしくはない。それなのに配置されていない。まるで来いとばかりだ。


「私たちの目的地はこの先です。急ぎましょう」


「確かに守衛がいないのは気になる。まぁ、今回はここには用はないのか」


「えぇ。そうですね」


 リーナはその足でスタスタと早歩きで俺の前を歩いていった。


◇◆◇◆


 『パパヤ商会』の傘下の店に辿り着いた。店内には毛皮のバックや木で作られた水筒、それにピッケル、釣り竿と言った冒険用のグッズだと思われる物がたくさん置いてある。そして、端っこには剣が少々。現代で言う雑貨屋だろうか。


「すいませーん。店主さんいますか?」


 リーナが店内にいるバイトであろう人物に声をかけると、バイト君は気怠そうに店主を呼んだ。奥にいたのであろう店主が出てくるとリーナが間髪を入れずに挨拶をした。


「『鍛冶屋ブドウ』の者です。少しよろしいでしょうか」


「あー……。グレイブのとこの小間使いか。なんか用か?」


 狡猾そうな雰囲気を醸し出している店主のおっさんは何も思い当たることがないかのように首を傾げていた。相手側からしたら心当たりないはずがないんだが……。


「『セルニア商店』は『鍛冶屋ブドウ』に借りがありますよね?」


 直球。ど真ん中ストレートだ。


「あー? なんのことだ?」


 店主のおっさんは首がねじ切れるのではなかろうか? と思えるほどに首を捻った。完全にバックレる気みたいだ。そんなに高額な借金という訳でもないはずなんだが……。


「武器を無銭で貰っていきましたよね! その分を返してくださいと言っているんです!」


 リーナは口調までは崩さないまでも語気を強めた。というか、借用書でも見せちまえよ。水〇黄門みたいにこの紋所が目に入らぬか! ってやっちまえよ。それだけでこの案件は済むだろ。


「いや、知らんな。そもそも『セルニア商店』が借りたという証拠はあるのか?」


「ありますよ! これを見てください!」


 リーナは帳簿を突き付けた。って、帳簿? 両者のサインがある書類くらい出さないとダメなのではないか? 帳簿なんてなんの証拠にもならんだろ。こいつ、変なところ抜けてるよな……。


「頭の中筋肉だらけの鍛冶バカは部下もアホって訳か。そんなもの証拠になるわけがない」


 ですよねー。それしか言いようがない。中世ヨーロッパ風の異世界にだって借用書の1つや2つくらい存在しているはずだ。歴史に存在している中では具体的な借用物の金額、本文、日付、借主の名前が書かれた物が10世紀に既に存在しているとされており、14世紀頃になって貸主の名前も書かれるようになったらしい。なんでだろうか。普通の感性をしていれば、どちらの名前も最初から書くと思うのだが。まぁ、これは現代人の考えか。


 まぁ、昔は『徳政令』なんて言って借金を国が帳消しにするとかいう商人ブチギレの命令も存在していたし、時代のおかしさもあったのだろうが……。現代社会で徳政令なんてしたらデモが行われ、国が崩壊するだろうな。


「借用書でも出せってわけか。当然あるよな? リーナ」


 俺がリーナに小さな声で話しかけるとリーナは冷や汗をかき始めた。それを店主のおっさんが一瞥すると下卑た笑みを顔に張り付けた。


「借用書もないだろ? 俺に吹っ掛けてないで仕事しろ仕事。というか、これは『パパヤ商会』の本部に連絡だな。『鍛冶屋ブドウ』からの嫌がらせとして」


 これはヤバイな……。俺も交渉事は得意ではないからリーナに任せていたが、横槍をいれた方がいいか? いや、けど俺自身交渉はあまり得意ではないんだよな。商社で営業でもやっていたならばともかく、ちょっと真面目に勉強した程度の元大学生だからな……。


 いや、待てよ。借用書だけが契約の締結の条件ではない。メールなどでも貸し借りは成立したはずだ。「借用書を書け!」などと気軽に言えない場合もある。友達ならば「俺の事を信じていないのか?」と言われたらぐうの音も出なくなってしまうだろう。しかし、メッセージアプリに「いくら貸したよね?」などとしっかりと打っていた結果、裁判で貸し借りの契約を行っていたと証明された例もあったはず。これでいくか。


「ちょっといいですかね?」


「なんだ?」


 店主のおっさんは終わった話だとでも言うかのように俺の事をギロリと睨んだ。


「帳簿って証拠にならないんですかね? 『鍛冶屋ブドウ』側としては充分な証拠だと思うのですが……。まぁ、グレイブさんが捏造してる可能性もありますがね」


「ちょっと!」


 俺の余計な一言を聞いて、リーナが柄にもなく俺の事を小突いた。


「そうだな。帳簿くらいでは証拠にはならんな。『パパヤ商会』では貸し借りをする際に証拠として割符を出すことにしているのでな。どうせ、グレイブの捏造だろ」


 割符か。割符というとアレだろう。貿易の際に札に文字を書いて2つに割ったやつだ。それを合わせれば本人証明が取れるってやつ。為替手形の先祖。


 なるほどな……。グレイブさんはルールがあるのにルールを無視していたってことか。でも、ちょっと待てよ。俺が前に『鍛冶屋ブドウ』のお使いで素材を買いに行ったときはそんなことはなかった。まぁ、それは現物で取引をしていたからってこともあるだろうけど……。この糸口で行けないか?


「門外漢なんで、質問させてもらうんですけど、『パパヤ商会』での貸し借りの範囲ってどこですかね」


「金だろ?」


 店主のおっさんはさぞ当たり前だというように言った。そうだろうそうだろう。貸し借りと言った場合で現物の貸し借りを表すケースは少ない。貸し借りと言った場合、基本的には金を表す。そして、常識でも金だと考えてしまうだろう。これは勝ったな! 風呂入ってくる!


 じゃなかったわ。風呂入ったら逆転されるだろうが。野球見てるときによくあるけどさ!


「おっさん。今回の場合は何の取引かわかっていますよね?」


「金……だろ?」


 残念だ。認識の相違があるようだな。


「金じゃないな。おっさんが私たち、『鍛冶屋ブドウ』と取引しているのは現物とお金ですよ。確かに金の貸し借りであれば、割符を正式に発効するかもしれません。しかし、今回の場合はその範疇に収まらない。違いますか?」


 店主のおっさんの表情はギクリと擬音が出そうなほどに歪んでいる。


「違わ……ない……な。確かにそれだと帳簿が証拠として認められてしまう……可能性が無きにしも非ず……です……ね」


 だよな。だよな。勝った! これは行けた!


「では、払っていただけますね? 銀貨1500枚」


 相手の心が折れた所にリーナがすかさずお金を要求した。


「………わかった。わかった。払います」


 店主のおっさんは目の前にあった台に銀貨をどっさりと並べていった。


「ちょっと待ってください!!」


 その声が唐突に店内に響き渡った。この店のバイトの人が言ったわけではない。新しい客だ。見た目は優しそうな男ではあるが、こういう奴に限ってヤバイ。性癖が歪んでたり思考が歪んでたりする。俺はマンガでそれを学んだ。


「『パパヤ商会』。副会長のバージリアス=パパヤです。この取引待ってもらいましょう」


 『パパヤ商会』副会長登場? ヤ〇ザ組織の幹部じゃないか。しかも、こちら側からしても相手側からしても上司だ。『パパヤ商会』には逆らえない。そして、『セルニア商店』がこちらにお金を払おうとしたタイミングで出てきた。『セルニア商店』側の可能性が高い。


 アレ……? これやばくね?? 

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