7話『作戦を立てていきます』

「『鍛冶屋ブドウ』にツケがある人ですけど、ザンザスさんとジェニーさんは冒険者の中でも有名な方ですね。それと、『パパヤ商会』の人が何人か帳簿には書いてありますね」


 リーナは帳簿を見ながら言った。『鍛冶屋ブドウ』の埃臭かった売り場だが、リーナが丁寧に掃除をし、見違えるほどに綺麗になった。リーナの家も埃1つないし、リーナは掃除のスキルだけでも十分に食べていけるんじゃないか? と思うくらいに高すぎる。


 おかげさまで内装はだいぶマシになったので、今度は『債権』の整理だ。外装に関しては、店の外の人目につきやすい場所に置くための小さな看板を作る等、グレイブさんに任せている。そのため、グレイブさんはいつものように鍛冶場で作業中。経営に関しては俺らに任せてくれているようだ。リーナをそれだけ信用しているのか、それとも金に興味がないのかだな。


 『鍛冶屋ブドウ』の持っている『債権』を整理するために『鍛冶屋ブドウ』にツケがあり、取り立てできそうな人間を選定しているのだ。俺がやるよりもリーナがやった方がいいのは日の目を見るよりも明らか。この街の情勢に疎い俺よりも、誰がお金を持っているかどうかは詳しいだろう。


「『パパヤ商会』ってなんだ?」


 俺がリーナに疑問を投げかけると、リーナは待ってました! とばかりに『鍛冶屋ブドウ』にあるコルクボードに紙を貼り付け、答えた。


「この街全体を取り仕切っている商人のギルドですね。この街では『パパヤ商会』の下につかなくては、商売はできません。まぁ、ギルドとは名ばかりで地上げ屋紛いの事もやっていますし。それに、この店も収益の一部を払っています。そして、その『パパヤ商会』から国へとお金も流れているみたいです。一種の税金取り立て業ですね……。そして、商業の『パパヤ商会』、医療の『フルツ教会』と言われるほどの大組織です」


 ようするに商売を取り仕切っているギルドか。誰がどこで商売をやっているかの把握はすごく大変だ。


 そのため、日本では明治時代になるまで商人に税金を課していなかったと言われている。江戸時代においては突発的にお金が必要な時に有力な商人から税金を取っていたというような資料が残っているという風に高校時代に習ったし、そう考えただけでも現代日本の税金制度が凄まじいことは理解できると思う。


 そして、地上げ屋……。わかりやすく言うと、ボールを7つ集め、ドラゴンを召喚する某漫画のフ〇ーザ様だな。あの人は惑星を綺麗にお掃除し、住みたい人に渡していたはずだ。やっていることは完全にヤ〇ザだ。宇宙ヤ〇ザ。


「あのー話聞いていますか?」


 リーナが困り顔で俺に顔を近づけてきた。ブロンド髪からのかぐわしい香りが俺の鼻腔をくすぐる……。って、これだと完全に変態じゃねーか!


「聞いてる。ごめん。続けてくれ」


 リーナは少し頬を膨らませながらも定位置へと戻り、話を続けた。


「で、『パパヤ商会』の下部にいる商店のいくつかが、こちらの商品に対価を払っていません。それも、全てが武器を売るようなお店じゃないんです」


「護身用……?」


「えぇ。その可能性が高いです。しかし、1つ気掛かりなことが。『鍛冶屋ブドウ』の武器は質が良いことで評判です。グレイブさんは冒険者の間で囁かれている良い評判でご飯を食べていたようなものです。その割にはお客さんが少ないと思いませんか?」


 確かに客はまばらだし、昼間は閑古鳥が鳴いている。夜はグレイブさんの腕を見込んで武器の整備を頼みに来るお客さんが来るが、それでも暇なことには変わりない。というか、店番は1人で足りる。完全に俺いらない子。


「そうだな……。確かに良い評判があるのだとしたら、違和感がある。質問なんだが、この店の武器って値段としてはどうなんだ?」


 リーナは言葉を選ぶかのように腕を組みながら慎重に言葉を紡ぎだした。


「少し高いかな……くらいですね。実際、耐久性は抜群ですし、仕事に抜かりはありません。値は張るけど、良い物を提供していると私は思いますね」


「なるほど……」


 ということは……。競合他社が安くて質の良い商品を出したことによって、客足が遠のいた可能性があるな。たぶん、それが一番あり得る。


 けど、何故今この話を……?


「それとツケが何か関係あるの?」


 俺は素直に疑問に思ったことをリーナに聞いた。


「うーん……。最近、『パパヤ商会』の人達がお金をばら撒いているというか……。なんか気になるんですよねぇ」


 それは良い事じゃないのか? 『金は天下の回り物』というし、お金が流通することで社会が回っていく。それに裕福層にはお金を使ってもらわなくてはならない。それがなくては、経済は回らないと言えるだろう。


 そのために金持ちの遊びにパーティなんてものがある。あれは接待という意味が一番大きいのだろうが、大規模なパーティを行ってもらえると飲食業界はとても助かる。そして、そのために食材を提供している農家さんも。まぁ、それが『流通』という物の仕組みなわけだが……。まぁ、それは綺麗なお金の場合の話。


 でも、リーナの口ぶりから言って、『パパヤ商会』の人間は急に金回りがよくなったようだ。金遣いが荒くなるのは通常の手順を踏まずに金を手に入れた人間の常ではある。宝くじが当たったらどうする? 欲しい物は全部買えるだけ買うし、気も大きくなるだろ……という感じに。それに、人達と言っている時点で大勢がそれを享受していることになる。確かに怪しい。


「まぁ金があるってわかっているなら取り立てしに行けばいいんじゃないか?」


「そうですけど……。先程も言ったように『パパヤ商会』はこの街を牛耳っていまして……」


 あー。うん。そうだよな。この街の商業を仕切っているとなれば、『鍛冶屋ブドウ』も『パパヤ商会』に場所代でも払っているんだよね。だから、あまり強くは出られないのか……?


 確かにそこのバイト風情が『パパヤ商会』に口を出すのはマズイだろう。というか、場所代を増やされて余計に『鍛冶屋ブドウ』の経営が危なくなるかもしれない。最悪、土地ごと奪われて『鍛冶屋ブドウ』はそれだけで終わる。それに可能性としては『鍛冶屋ブドウ』のあることないこと噂が流され、名実共に完璧に終了だ。冷静な人間であれば権力には逆らってはならない。


 ……とはわかっているが、どっちに転んだとしても『鍛冶屋ブドウ』の危機。そして、グレイブさんに西洋剣の代金を払っていない。その時点で俺も『鍛冶屋ブドウ』の経営を傾かせるのに一役買っているわけだ。


 俺が頭を抱え、悩んでいるとグレイブさんが珍しく売り場に現れた。


「おう、どうしたお前ら。身内に不幸があった時のような雰囲気だしやがって」


 身内どころかここにいる全員に不幸があったんだ……なんてグレイブさんには言えない。


「どうやってツケの回収をしようかという話をしていまして。冒険者の方々は良いとしても『パパヤ商会』の人達の分は取り立てに行くのは難しいかなぁ……という感じです」


「あー……。アレか。あいつらの護身用の短剣のことか。それなら、問題はない。というか、手持ちがなかっただけだしな。店まで行けばお金くらい返してくれるはずだ。まぁ、護身用にしては量が多すぎるとは思ったが気にするような事でもない」


 なにそれ。完全に俺らの考えすぎなのか? 勝手に怪しく思って、勝手に胡散臭く感じていたのか。


「まぁ、とりあえず行ってみろ。話はついているはずだ」


「そうなんですね。とりあえず、『パパヤ商会』の傘下の店に行ってから、冒険者の人達を取り立てにいきましょうか。冒険者の方に関しては私たちでできるかは疑問ですけど……」


「おう、行って来い。店番は任せてくれ」


 リーナは不穏なことを言ったが、俺は聞こえないふりをし、『鍛冶屋ブドウ』の扉を開き、『パパヤ商会』の傘下の店へと向かった。

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