6話『お店の手伝いをしていきます』

 俺が歩くたびに金属のぶつかり合う音が鼓膜に響き渡る。銀貨が大量に入っている麻袋を肩に担ぎ、俺は簡易的に書かれた地図を見ながら街を歩く。自己防衛のために腰に帯剣してはいるが両手が塞がっているため、襲われでもしたら大変だ。まぁ、両手が空いていたとして、勝てるとも思えないけど。


 それにしても、重い。なんで武器の材料を買うのにお金を直接持って行かないといけないんだ。現代社会なら商品だけ受け取って、銀行を通してお金は払われるとかあるのに。というか、銀貨の上の金貨があまり使われていないのが問題じゃないか? 金貨と銀貨の中間点のお金がないから銀貨を大量に持ち歩く羽目になる。

銀貨や銅貨、それに金貨が存在するにも関わらず、それらは確実な信頼性がない。大きな取引では毎度重さを量られ、偽物ではないかの確認が行われる。わざわざ、毎回重い荷物を持ち歩く必要が出てきてしまう。ある程度歴史を学んだ人間ならば聞いただけでもピンとくるかもしれないが、秤量貨幣という奴だ。文字の通り、量が問題になる。


 現代社会で使われているのは計数貨幣。何が違うのかというと、お金に信用があるかどうかという点にある。例えば、日本円には複雑な透かしなどが入っており、偽造は困難だ。また、偽物が出た場合には警察という権威ある組織が動き、それを社会から駆逐する。そのため、日本円は世界的に見ても信用があるお金があると言えるだろう。


 しかし、この世界ではそれがない。商人によってお金は溶かされ、元来の金属の割合を変えてしまう。お金に安い素材を混ぜ、改鋳するということは難しいことのように思うかもしれない。しかし、そのような例は各国で存在する。自分の欲望のためならば、多少のハードルは飛び越えることが人間はできてしまうのだろう。

そして、紙幣などという便利な物もこの世界にはない。歴史上の有名人の肖像画が書かれただけの紙っぺらに価値があるのは日本国という権威が価値を保障しているからだ。紙は軽くて持ち運びやすいという利点があるが、それに価値を見出すことは難しい。そのせいで俺は重い硬貨を持ち歩かなくてはならない。根本的にお金という物に信頼性がないということがこの世界での俺が思う弱点だ。


 それでもリーナと会った時には銅貨3枚といった単語が飛び交っていた。お金を偽物かどうかを見分けられない人間は商人のように量る訳はいかない。そのため、銅貨や銀貨の数で基本的には値付けがされている。そして、王のお膝元である王都では貨幣の流通が比較的行き届いているという利点。その利点もあり、庶民の間では計数貨幣と同じように行われるという複雑さもある。日本でも隣国の価値の低いお金がしっかりとした設備を持たない売り手相手に混ぜられているというような事が真偽を見極める設備の整っていない同人イベントなどでは起こっている。それがこの世界では起こる可能性が高い。が、そのくらいのリスクは誰でも承知の上なのだろう。


 とまぁ、そんなことを考えながらも俺はこの世界で元気に『鍛冶屋ブドウ』で働かせていただいている。冒険者をやって死にかけてから1週間経った。これはこれで楽ではない。しかし、充実した生活だ。


◇◆◇◆


「戻りました」


「おかえりなさい」


 俺が『鍛冶屋ブドウ』の扉を開けるとリーナがこちらに目を向けた。『鍛冶屋ブドウ』は基本的に閑散としている。どう考えても2人もバイトは必要ない。しかし、グレイブさんはそのことに対し、苦言も呈さず、黙々と工房で武器作りに励んでいる。


 『鍛冶屋ブドウ』が混雑するのは夕方。冒険者が武器を整備してくれと依頼に来る。リーナが接客担当で俺は力仕事担当。俺はどの武器が良いとか知らないし、武器のどこが不具合だと言われてもピンとこない。


「あのさ、ちょっといいか?」


 グレイブさんが経営している『鍛冶屋ブドウ』では金属製品は作れるが、弓矢のような木細工はできない。そのため、それらの製品も取り揃えなくてはならない。一か所に商品を纏めておいておけば、消費者も楽で済む。これは結構合理的な考えのように思う。


 しかし、そのことによって1つ弊害が起こっている。店員の俺でもどこに何があるか把握できていない。雑多に物が置かれすぎて、その整理が全然できていないのだ。


「なんですか?」


 暇そうに掃除をしていたリーナが俺の言葉に答えた。


「客が来ても武器の整備の依頼くらいで新規に武器を買うような客が来なくないか? これ、大丈夫なの?」


 俺が疑問に思っていたことを言った。


「私もそう考えて帳簿を見てみたんですけど、どうですかね、これ。見てください」


 俺にリーナが紙の束を見せてきたが、文字がさっぱり読めないため、よくわからない。


「ごめん、読めない」


「そうですよね……」


 数字までもが俺では読めない。1、2のようにアラビア数字ではなく、壱、弐のように独特な言語で書かれているのだと推測はできる。漢字は日本人であれば誰でも理解できるだろうが、それを使用しない他国の人間からしたら、チンプンカンプンだろう。というか、現代社会ではアラビア数字が普及しすぎている。現代社会はそれだけ便利な物が揃いすぎてヤバイってことだ。というか、ここまでで現代社会ヤバイと何回思っただろうか。


「これが1でこっちが2。そして、こっちが3です。ここまでは棒が増えていくだけなので簡単です。そして、ここからが少し複雑になっていきます」


「なるほど……」


 とまぁ、このようにこちらの数字をリーナに教えてもらう。というか、文字が読めないのも割と不便だ。数字は大体わかってきたため帳簿に書かれている値段は読み取れるが、それのお金が何の用途で使われたのかまではわからない。それは追々学んでいこう……。


◇◆◇◆


「これはやばいね」


 数字を教えてもらって帳簿を読んだ感想はこれだ。なんというか、帳簿が雑すぎて現在の収支が合わない。とりあえず帳簿を付けていますっていう感じだ。大学生が起業した時にありがちなアレ。起業はしっかりと知識を付けてから行いましょう!


 しかも、帳簿の書き方も雑。まるでお小遣い帳かよとでも思うくらいだ。こんなものを会計士や税理士に見せた時点で呆れ顔をするだろう。それくらいに雑。

赤字がヤバい。ヤバすぎる。正直言って、俺ら2人の内、1人でも雇った時点でやっていけないはず。さーて、これはどうしたものか……。


「ですよね。どうしましょうか……」


「この店、大通りに面しているから立地は悪くないはずだよな。それなのに客があまり入ってこないのが問題かな。あと、文字は読めないけど、なんとなくだけど、ツケの回収が余りできていなさそうということも原因の1つかもね……。俺もそうだけど、リーナも返せていないじゃん。それにグレイブさんも言ってこないし……」


 客入りに関してはともかく、ツケの回収に関しては現代社会の倒産理由としても可能性は高い話だ。『黒字倒産』という言葉はなんとなく聞いたことがあるかもしれない。文字列からもなんとなくわかるかもしれないが、端的に言うと利益が出ているのにも関わらず、倒産してしまうことだ。そして、これは本当にヤバイ。『黒字倒産』は経営能力の低さが原因であるということが多い。長期的には企業の経営は良かったのだが、短期的には経営不振に陥ってしまったということであり、短期的な視点で自分の企業を見れていないことになる。


 『鍛冶屋ブドウ』の場合はツケ、経済用語でいう所の『債権』が多すぎる。以前、俺に剣を売った時のように、グレイブさんは気のいいおっちゃんという印象が俺の中では拭えない。あの時にリーナに対してもツケがあると言っていた。そのことからも分かる通り、普段から金のない冒険者に武器を与えているのだろう。その行為は社会的奉仕という面では良いことだと思う。しかし、やりすぎると危険だ。諸刃の剣になってしまう。


「となると、やりやすいのは外観ですかね?」


「いや、そうとも言えないかな。外観だけよくても、中身が伴っていなくてはダメじゃないか?」


「それもそうですね……。どうしましょうか」


 リーナは少し困った表情をした。ツケの回収は今すぐにできる訳でもない。誰が金を持っていそうかとかをある程度考えないとだしな……。


「商品の置き場の変更から始めるのはどうだ? 今だと俺らでもわからないところあるだろ?」


「良いと思います。グレイブさんもどこに何があるかわからないとダメですから、しっかりと許可を取らないとですけど」


◇◆◇◆


「さて、始めますか」


 リーナと俺は店を見渡しながら、言った。グレイブさんは片づけた後にどこにあるかを教えてくれれば大丈夫だと言っていた。鍛工に集中し、手が離せないそうだ。これはリーナが信用されているのだろうか。


「商品の並べ方で提案があるんだが……」


 俺はそれだけ言うと、店内から3本の剣を手に取って並べた。


「これらの内で何も考えずに選ぶとしたら、どれを取る?」


 リーナは直感的に真ん中の剣を手に取った。


「まぁ、そうだよな。真ん中取るよな。普通なら」


「え?」


 リーナは首を傾げながら、驚いた。


 日本人に問わず、人間には真ん中を選んでしまうという心理がある。これは3つでなくてはダメだ。2つの場合は安い方を買い、4つ以上だと、よっぽど必要な物でない限りはどれが良いかわからないから買わないという心理が働いてしまうらしい。


 某大手牛丼屋チェーンでは並盛、大盛、特盛というように大きさが3つに分けられている。その中でもよっぽどお腹が空いているか大喰らいでない限り、特盛は基本的に選ばないというのが通説だ。そして、大盛が1番売れているという。


「人間って両極端の物を嫌うらしいんだよ。だから、基本的には3つ物が並んでいたら真ん中を選ぶ人間が多い。それに値段もそう。売りたいものを真ん中の値段に設定しておく。まぁ、これで売り上げが大幅に伸びるかと言われたら疑問だけど……」


 『行動経済学』という経済学と心理学のハーフ&ハーフみたいな学問の教授がドヤ顔で言っていた。先程も言ったように、これは現代でも使える。まぁ、値段設定の面などでの使用がほとんどになるだろうが……。


「とりあえず、武器種で分けていこうか……」


「そうですね」


 俺は羊皮紙に下手な絵を描いていく。字が書けない俺的には絵が楽だし、識字率も高くないそうだから字を書いてもあまり効果が出ないということもある。それに冒険者ギルドや鍛冶屋ブドウの看板にも絵が書いてある。


 本当は強度を高めるために、紙をラミネート加工したいところなのだが、そんなものはこの世界にはたぶん存在しない。というか、ラミネートっていつから生まれたんだろうか。調べておけばよかった。少なくとも20世紀に入ってからだろうが……。


「なるほど。それぞれに看板を作るのですね」


「そゆこと。それで客が入った時に色々とわかりやすくなるでしょ」


 こんな感じで店の中身を整えていくのであった。ちなみにグレイブさんは綺麗に整理された店内を居心地悪そうにしていた。整理できない人はぐちゃぐちゃな方がどこに何があるかを理解しているというやつなのだろう。

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