5話『初めての狩りをしていきます』

 王都から出ると、平原と呼ぶのが相応しい光景が広がっていた。王都を外から見ると周りを張り巡らす外敵からの防衛用の高い壁と綺麗な水の流れる堀が目立つ。水は川から引っ張ってきているのだろうか。


 また、平原の奥、少し遠くには青々とした木々が展開する森があり、森の奥までは視覚では捉えられない。もちろん、聴覚や味覚なども含めてだ。当然ながら、俺は特殊な能力は持っていない。まぁ、味覚で森を感じるなんてことは超能力があったとしてもできる訳がないのだが……。


 森を通すように石畳で作られた小道があるが、森と同様に長く続いている……と思う。その道はどこまで繋がっているのか見えない。リーナによると、それは近くの村との交易用の街道らしい。


「やっぱり、平原にまでは魔物は来ませんね。平原まで出てきたら壁の上にいる兵士が弓で討っちゃいますし……」


 下からだと壁の上に人など見えないくらい壁は高い。そのため、露出している大型のバリスタやボウガンくらいしか壁の下からは見えない。人同士の戦争に使うには少々大袈裟な気もするが、魔物が跳梁跋扈する世界であれば、それらも必要になってくるのだろう。


 某狩猟ゲームに出てくるような、でかいモンスターがリアルにいるのだろうか? そんなものを直視したら失神と失禁のダブルパンチなのは目に見えている。


「私たちが行くのは森です。その奥に村があるのですが、その村の農作物が食い荒らされているらしいです。森の中にあるエサが足りなくなるほど魔物が増えているのでしょう。私たちがするのは依頼通り、魔物の間引きですね」


「わかった」


 俺が簡単に答えるとリーナは慣れた足取りで歩みを進めた。


◇◆◇◆


 森の中を真っすぐに敷かれた街道の横を通る。道は整備されているようでされていない。コンクリートの道の方が1億倍はマシに思えるほどの悪路だ。石畳は不揃いで足場が悪い。


 ましてや、リーナから借りた靴の履き心地も悪い。靴は聖書の時代から存在したと言われているが、明らかに現代社会のスポーツシューズとは性能が違う。産業革命万歳だな。


「あれです」


 リーナは牙の生えたイノシシを指差した。牙はゆるやかにカーブをしているが、それに刺されたら人間でも焼き鳥みたいに貫かれると思えるほどに凶悪な尖り方だ。あんなのと相対したら、瞬殺される気しかしない。


「あれはプーラディーア・オーク。人型へと進化する前の魔物です。あれ単体でも畑を食い荒らしたりします。けど、進化させてしまったら余計に害悪になります。知能を持った魔物は厄介です。まぁ、冒険者の間では『豚』なんて蔑称がつくくらいには簡単な相手なので、安心してください」


 そこまで説明するとリーナは俺へと目配せをした。


「カイムさん、行けますか?」


「わかった。やってみよう」


 内心はビクビクしているが、俺も男だ。格好つけてやってみるしかない。それに『豚』なんて蔑称が付いているくらいだ。初心者用の相手なのだろう。というか、魔物に進化とかいう概念があるのか。


 俺は腰に帯剣している西洋剣を手に取り、『豚』へと策もたてずに無鉄砲に向かった。しかし、土を踏む音で『豚』はこちらに気づき、臨戦態勢となった。『豚』はまるで親の仇を見るような目でこちらを睨み、突進してくる。


「避けてください!」


 その言葉に従うように体を逸らし、避けようとした。しかし、避けきれずに牙が横っ腹に突き刺さる。腹部が燃えるように熱い。それに死んだと勘違いするほどの痛みが腹部に走る。今までに味わったことのないほどの痛みだ。


「連綿と続くアプリコットが告ぐ。火の聖霊よ。顕現せよ! ファイヤ!」


 リーナのその言葉と共に俺の腹部にあった重しが地面へと落ちた。『豚』が死んだのだろう。俺はうつ伏せになりながらも、腹部に開いた穴を抑えた。生温かい液体がジワジワと手を汚していくのが感覚でわかる。


「大丈夫ですか!」


 大丈夫なわけがない。これが冒険者か。これを続けていくのは無理だ。俺には『豚』の動きが見えなかった。まるで風を纏ったかのような動き。剣という命綱も俺には意味を為さなかった。完敗だ。これでは、命がいくつあっても足りない。


「ごめん……」


 俺がそれだけをつぶやくと視界が墨汁に塗りつぶされたかのように真っ黒に染まり、意識は落ちた。


◇◆◇◆


「大丈夫……な訳ねぇか。坊主」


 埃っぽい部屋。見慣れない天井。俺が無理に起き上がろうとすると、腹部に鋭い痛みが走った。それに背中も痛い。随分と固い椅子か何かに寝かせられているようだ。


「起き上がるなよ。一応、応急処置はした。だが、教会の薬師のところにでも行って薬をもらってこないと、この傷は治らねぇ。それで治るかもわからない。少なくとも、後遺症は残るだろう。俺の目から見ても、そのくらいはわかる。あの嬢ちゃんが薬を持ってくるはずだ。少し待っていろ。意識が戻るってことは生命力が高い証拠だ。すぐに嬢ちゃん戻ってくるからな」


 野太い声の主が俺に向かって吠えると同時に扉が開くような音がした。


「お待たせしました」


「おう、嬢ちゃん。使ってあげな」


 冷たい液体が俺の腹部へと垂らされる。その感覚と共に痛みも癒えていく。俺は体を持ち上げ、周囲を見渡すと、雑多に置かれた武器。それに見覚えのある禿げ頭の主人と金髪の女の子が目に入る。『鍛冶屋ブドウ』に運び込まれたのだろう。


「それは?」


「ローポーション。教会が生成している低位の回復薬です。私の手持ちではこれしか買えなくて……」


 俺の腹に風穴が開いたというのに、その傷が簡単に塞がった。幻でも見ている気分だ。


「そうなのか……。リーナ、ありがとう。それでも傷塞がったし、起き上がれるし大丈夫じゃないか?」


「いえ、傷が塞がる訳が……。ローポーションで治せるのはせいぜいかすり傷程度……」


「そうだな。治る訳がねぇ……。けど、1つだけ聞いたことがある。ポーションは初めて使った相手には過剰に反応すると……」


「そういうことですか……」


 ポーション、ゲームでよく出てくる回復薬。それであれだけの傷が消えるとかどうかしている。いや、でも異世界ならば可能性はあるのか? 俺の意識が消える前にリーナが手から火を出していた。魔法……って奴なんだろうが……。


「それで坊主。なんで避けきれなかったんだ?」


 俺が考え込んでいると、鍛冶屋の主人が話しかけてきた。


 なんで避けきれなかった? 知るかよ。あのイノシシが速すぎた。そうとしか思えない。


「冒険者なんだろ? ならば、『豚』くらいは倒せないとダメだ。魔力を纏い忘れたか? だとしたら凡ミスやらかしたな」


 魔力を纏う? なんのことだ? そんなことは知らない。というか、戦闘の『せ』の字も知らないような素人が狩りをしようなんてことがおこがましかった。冒険者という職業を完全に舐め切っていたとしか思えない。


「ごめんなさい。私の責任です。剣を持つのも初めての相手に魔物の狩りに付き合わせてしまいました」


「馬鹿野郎! 誰のせいでもないだろうが! 狩りに出た以上は覚悟ができているはずだ! 冒険者は命を賭して魔物と戦う。それは自分の命だけじゃねぇ。仲間の命もだ。それに誰でもできる仕事であれば、わざわざギルドに依頼なんかはしない。嬢ちゃんも考えればわかるだろう! それに坊主! お前もだ。剣を持つということがどういうことなのか、わからねぇのか? 今回、命があったのはたまたまだ! 次はねぇぞ!」


 鍛冶屋の主人は今までの軽口から一変、口調を荒立たせ、深刻そうな表情で捲し立てる。


 覚悟……。確かに俺が甘かった。『豚』に対し、恐怖は感じた。しかし、その恐怖を無理矢理に隠し、戦ってしまった。そのことが間違いだったのだ。訓練もしていない人間が戦いなんてできる訳がない。そのような当たり前を無視し、戦う。大怪我をして当たり前だ。幸いにして、この世界では一瞬にして治せた。しかし、元の世界では手術台で生と死の狭間にいただろう。


 冒険者という職業をよく知らず、誰でも出来るからと冒険者を選んでしまった。そのことが運の尽きだったのだろう。俺はよく考えることが自分の取り柄だと思ってきたが、その時だけは自分の生活を考え、すぐに決めてしまった。それが間違いだった。俺に冒険者はできない。今回の結果がそれを物語っている。


「それに嬢ちゃん。確かに嬢ちゃんだけならば冒険者はやっていけるかもしれねぇ。あの大公様も嬢ちゃんのことを魔法の名手だと褒めていた。ただな、魔法ってのは前衛がいないとダメなのはわかっているよな? 前衛を大事にできない人間が魔法を使ったところで宝の持ち腐れだ。それができないならば冒険者なんて辞めちまえ」


 大公? 誰の事だ? 以前、公爵という単語が出てきたことがあったが、それはリーナの恩人の事だと思うが……。


「っと、ここまでは説教だ。ここからはお前ら2人の就職先の話だな。ここで働かないか? 下働きで大変だと思うが……。大して強くないのに冒険者をやるくらいには金困っているんだろう? それに大公様の忘れ形見を餓死させたとなれば、アプリコットの騎士、グレイブの名が廃るぜ。なぁ? 嬢ちゃん」


 鍛冶屋の主人……いや、グレイブさんはリーナを見て、ニヤリと笑った。

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