4話『冒険者になっていきます』

 ローブを着た一見して魔法使いのように見えるリーナと執事服の俺。ハロウィンの仮装パーティーの現場かと見間違う程に奇妙な格好だ。まぁ、2人だけだが……。


「これからギルドに向かうと言っていたが、そこでは何ができるの?」



「ギルドですか? 冒険者への依頼を取りまとめたり、魔物の毛皮や肉などを買い取ったりするのがギルドの仕事ですね。まぁ、今回は私たちでも可能な依頼を探しに行くわけですけど……」


 少し前に漫画で読んだことがある異世界へと転生し、旅をする少年の物語。そこにも“ギルド”という単語が出てきていた。そこでは魔物の毛皮などの素材の買い取りの他に銀行のような役割もしていたはずだ。


「他には?」


「えーっと……。依頼を何度かこなせば、ギルド証が発行され、正式な冒険者としてギルドへと登録されます。ギルドに登録すれば、関所の通行料を取られなくなるというくらいですかね。国によって変わるそうですけど、この国では実施されていますね」


 銀行みたいな役割はなさそうか。あるならばリーナも言うはずだ。予想できるのは商人が両替をしてくれるということくらい。銀行……。他人の信用がある組織や人じゃないと作れないからなぁ……。発想は昔からあったはずだが、この世界には存在しないか?


 それと通行税か。物語で都市に入る際に金が取られたりするが、あれってどうなんだ? 入市税って本来は物品にかけるものであり、関税の一種のはずだ。関税は自分たちの国の権益を守るために商業へと制限をかけることは必要だが、人間の通行に税金をかけるのはどうかと思う。


 確かに異国の人間であったり、異分子を排除するには良いかもしれない。しかし、街の人間の出入りまで制限するとなると話は変わってくる。まぁ、それも関税ってことで、持ち物検査をして手荷物に無理やり税金をかけてしまえば良いのだろうが……。っと、思考が関係のないところにまでトリップしてしまった。


「それって、税制としてはどうなんだ? ある程度、審査の難易度がないとダメじゃないか? 通行税って結構重要なとこだろ?」


「まぁ、そうなんですけどね。でも、一般人が登録されるのはそれなりに

難しいですよ。先程は数回と表現しましたが、実際は100ほどの依頼をこなすことが必要ですね。それでも、冒険者として生きていくのであれば3か月程で登録できると言われています。ギルドの要人と国の要人がズブズブの関係らしくて……」


 それでギルドである程度働いただけで通行料という重要な税金の免除なんて事態になっている訳だ。まぁ、何かあった時にギルドに所属している冒険者をこの国に呼び寄せたり、国を自由に移動させたりと双方に便利な面はいくつかあるのだろう。まぁ、俺がその制度に口を出すことができるのだったら、割引程度に抑えておくが……。だって、税収0よりは半分の方が圧倒的に良いじゃん。免除にするほどのことではない気がする。そこまで冒険者に対して、お得感出す必要もなくないか?


「っと、着きましたよ。ここです」


 レンガ作りの赤茶けた色をした壁、緑の屋根というようなお洒落な建物をリーナは指差した。人と人が手を繋ぐような絵の横にミミズがのたくったように見えるアラビア語みたいな文字。解読できそうにない。


 俺はここの言語を話すことはできても読むことはできないようだ。これも漫画でよくあったな……。そんなことあるかい! とツッコみながら読んでいたが、あった。正直、ありえないと思う。まぁ、でも冷静に考えると『識字率』というような言葉もあるし、何らおかしなことではないのかもしれない。


「あそこにはなんて書いてあるんだ?」


「ギルド、ですね」


 そうか、ギルドか。本当にギルドに来たんだな。ギルド、日本語に直すと互助会。この世界で冒険者が助け合う場所へ。


◇◆◇◆


 ギルドの建物の中に入るとまるで市役所を連想させるような作りとなっており、カウンターがいくつかある。その中でも並んでいる所と誰も並んでいない場所があり、リーナはそれを無視し、端にあるコルクボードの方へと向かった。


 コルクは2000年前からあるという説や4000年前からある説があり、相当歴史が長い物だと考えられる。コルクボード自体の歴史は知らないが、この世界には存在するのだろう。すげぇな、コルク。


「並ばなくていいのか?」


「えぇ。私は文字を読めますから。あちらは文字を読めない方が依頼書の内容を説明していただくための場所です。私は文字を読めるのであそこで依頼書を読み、あそこの空いている場所へと持っていけば、それだけで依頼を受注できます」


 なるほど。確かに元貴族ならば文字も読めるかもしれないな。現代日本では識字率は100パーセントに近いが、他の国は50パーセントを切っている場所は現代でも存在する。そのため、この世界の一般人が字を読めないのは当たり前かもしれない。先程、看板に絵が書いてあったことにも納得がいく。それで何の場所かを表しているのだろう。RPGゲームの看板も剣が書いてあったりするが、そういう理由なのだろうか?


「さーて、どれにしましょうか」


 リーナが貼られている紙のような物を見比べながら言った。羊皮紙でもない。ということは、パピルスとかいう奴だろう。世界史で少しだけ習ったし、昔、博物館で現物を見たこともある。確か、中世では普段はパピルスが使われ、重要な書類等では羊皮紙を使うんだったか。


「この薬草採取が1番やりやすいかもしれないですね。けど、どこに生えているか等の分布がわからないとなんですよ。薬草の採取を専門にしている人もいますし、そこに勝てるかどうか……」


 冒険者でも薬草採取専門とか小分けにされているのか。ということは、狩り専門とかもいるのだろうか。


「こっちは狩りの依頼ですね。森に増えすぎたオークを狩るんですって」


 オーク? あの人型の猪みたいな奴か?


「こっちにしましょう」


 リーナはそれを掴み、空いているカウンターへと向かった。


◇◆◇◆


「失礼しまーす」


 リーナがドアを開けると、ホコリの匂いが鼻腔をくすぐる。目の前には倉庫かのように雑多に置かれた武具や防具。その品揃えからも分かる通り、武器屋兼防具屋だ。看板の文字には『鍛冶屋ブドウ』というように書いてあるとリーナが言っていた。なんでブドウなのだろうか。


「よう、嬢ちゃん。公爵様が亡くなってしまって大変だっただろう? 今日はどうした」


 部屋の奥から出てきた、いかにも鍛冶屋の主人ですというようなスキンヘッドの大男。そのまま鍛冶ハンマーでも持っているのが似合いそうだ。


「この方の武器を見繕って頂こうと思いまして。まぁ、お金は払えないのでツケでお願いします」


 それを聞き、鍛冶屋の主人は少し嫌そうな顔をした。


「嬢ちゃん、またツケかよ。前の装備も払っていないじゃないか」


「すいません。でも、しっかりと返します」


「わかったよ。あんたの親父さんには世話んなった。どれ、坊主、手を見せてみろ。それにしてもガキっぽいな、いくつだ?」


「22です」


「は? 15くらいかと思ったぜ」


 傍から見るとリーナと同じ年くらいに見えたのだろう。俺から見るとリーナの方が大人っぽく見える。そして、前にチンピラにも『ガキ』というように言われたが、鍛冶屋の主人も俺の事を『ガキ』という。リーナも俺の年齢を聞いたときに驚いていたが、もしかしたらこの世界の人の中では俺は若く見えるのだろうか。


 まぁ、海外で日本人は比較的、幼く見られる。そのことが、ここでも起きているのだろう。そのせいで俺も以前アメリカに行った際にパスポートを見せろとかよく言われたような物だ。


「とりあえず戦闘の経験は?」


「ないです」


 俺が簡単に答えると、おっさんは嫌そうな顔をしたが、何かを見繕うようにして、奥へと引っ込んだ。


 すぐに戻ると、鍛冶屋の主人はロングソードを俺に渡した。


「これはどうだ?」


 持った瞬間、重いと思ったがそれは脳が勘違いさせた錯覚のようで、すぐにその重さに慣れた。1キロくらいだろうか。1キロというと重いように感じるかもしれないが、実際は牛乳パックくらいの大きさだ。案外、素人でも持つことはできる。


「思ったよりは軽いです」


「そうかそうか。その感想を持つ人間が多いだろうな。俺も小さな頃はそうだった」


 鍛冶屋の主人がガハハと笑いながら言った。


「よし、坊主、これで振れそうだな。初めての依頼は危険だが、頑張れよ。あと嬢ちゃん、絶対に返済しろよ?」


 鍛冶屋の主人が冗談気に言うと、リーナは頷き、扉へと向かった。

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