3話『家に来た人を退治していきます』

「誰……ですかね?」


「さぁ?」


 リーナの家の大きなリビング。置いてある家具は最小限。必要のない物はお金を作るために売ったらしい。まぁ、貴族様の邸宅に置いてあるインテリアなんて高い物が多いはずだ。小さい頃から1人で暮らしていて、お金が足りなくなるたびに調度品を売っていたというのならば、それなりに成長した今、お金がないのは当然のこと……とも考えられる。


「とりあえず、私が出ますね。それにカイムさん、裸同然ですし……」


 確かに俺の今の格好は毛皮を腰巻きにして大事な部分を隠しているのみ。来客を対応するような姿ではないだろう。それにここはリーナの家だ。俺が出る訳にはいかない。


来客もリーナをご指名だ。出てこいという言い方がヤ〇ザかマル暴かと思うような治安の悪さがあった。マル暴とは、ヤ〇ザを取り締まる部署の警察の人達の総称だ。昔、興味本位に動画サイトでガサ入れの様子を見たことがある。どちらがヤ〇ザか、言われないとわからない。まぁ、ヤ〇ザを相手取るならば、それだけの怖さが必要なのだろうが……。


「あんたが貴族の嬢様か」


「えぇ。そうです。何か用ですか?」


 男の大きな声が俺の耳にまで聞こえてくる。口調からして貴族……という訳ではなさそうだ。自分自身が貴族であれば、貴族の嬢様なんていう様な単語は吐かない。それに声のトーンも淡泊で心がないのかと疑う程の声だ。


「この家、貰いに来た」


「え?」


 なるほど。豪邸に1人で住んでいるリーナに対し、男は狙いを付けたと言ったところだろうか。1人暮らしって他人に相談する人少ないから狙い目って大学の悪そうな顔をした先生が言っていた気がする。あの人、裏で何かやっているんじゃないか?


「売るということでしょうか? それならば、この家を売るつもりはありません」


「いや、違う。文字通り、貰いに来た」


「は?」


 リーナの口から間抜けな声が出た。確か、この豪邸はリーナの先祖、アプリコット家が代々受け継いで来た物だという。渡す訳にはいかないはずだ。それに少しでもリーナには恩を返しておきたい。借りたままという訳にも行かない。ここは機を見て、会話に入りたいな……。


「えーと……。どういう意味でしょうか」


「だから言っているじゃないか。この家を貰いに来たんだって」


「それは無理です。私、住んでいますから」


「住んでいるかどうかは問題ではありません」


「どういうことですか?」


「この家は国に返さないといけないからですよ」


「いえ、ここは王からアプリコット家が安堵された土地です。それに、王都の中でも内周の土地は建国時からあるものです!」


 男とリーナが問答している声が聞こえる。周ってことは円形なのか? 


 リーナもバカな訳ではないと思うんだよな。山賊を追い返してくれたし……。それに元貴族だ。知的レベルならば大学まで行っていた俺に劣らずとも遠からずだろう。この国については俺なんかより遥かに知っている。けど、明らかにリーナも戸惑っているよな。しゃしゃり出るのは良くないか? でも、助けたい気持ちも強い。さてと、ここは……。


「あー、良いですかね? 仲間に入れてくださいよ!」


「な……。なんなんですかあなたは!?」


 妙に小綺麗な格好をした中年男性が玄関に立っていた。俺らが中世の格好を思い浮かべてください! と言われてすぐに思い浮かべるであろう恰好。緑を基調とした上着に首周りのモコモコ。雰囲気からして貴族ってことは無さそうだ。商人かなんかだろうが、妙に胡散臭い。胡散臭そうというのもあるが、なんというか詐欺師感がすごい。異世界詐欺師だ、こいつは。


「俺ですか? 俺はカイム=サザキ。今はアプリコット様に拾われた犬……ですかね」


「犬?」


「えぇ。ホームレスから飼い犬にジョブチェンジですね。何もできない普通の人間ですよ。少し金について詳しい程度の」


「何言っているんですか!? とりあえず、服を着てください! 執事の服ならあるので!」


「わかった、すまん。おっちゃん、少し待っていてくれるか?」


◇◆◇◆


「いやー、丁度いいサイズの服があって良かったっすよ。で、どういう了見でしょうか? どうせ、女だから手玉に取れると思ってきたんじゃないんですかね?」


 目の前の男は表情を歪めた。図星と言ったところか。老人、子供、女性。この3つに関しては企業でも狙い目として使われる場合が多い。そして、マルチ商法などの悪徳商法のターゲットとしても多いだろう。そして、子供という単位の中でも大人子供とも言われるような大学生は狙われやすい。金を持っている割には思考をしない……と業者連中から考えられているからだ。そういう被害が多いと大学からメールが来ていたことがある。まぁ、リーナは16歳らしいから大学生とは違うけど。


 まぁ、異世界でも商人連中の基本的概念は変わらないだろう。弱者は食い物にされて当たり前。まぁ、顧客という概念がない、客を使い捨てにする成長できない企業にありがちな理念だな。反吐が出る。


「そうだな。まぁ、それもある。認めよう。で、ここから本題だ。この邸宅の所有権は国にある。そして、現在は爵位を持たないアプリコット家に所有権はない。違うか?」


「なるほど。なるほど。この家は国が保有している物だと……。その証拠は? どこにありますか?」


「証拠? そんなもん、私たちの常識の中にあるでしょう。この国は王の一族の物です。そして、この土地には貴族が住む」


「そうなのか? リーナ」


「えぇ。そうですね」


 ふーん……。なるほど。日本ならば居住権などの物で言い訳はいくらでもできる。けど、ここは日本ではない。別の世界だ。となると、こちら側の権利だなんだで話が終わるとは思えない。どこかに決定打はないか……。


「とりあえず、聞きたいんだが、あなたはどこのどちら様なんでしょうか?」


「準男爵のラフランス。最近、準男爵に名を連ねることになりまして。まぁ、末端ですが……」


 末端貴族か。これが切り札になるか? まぁ、ここで失敗したら打首くらいはしょうがない。というか、普通に貴族だとしても、部下の1人も連れていないという違和感。これは賭けだが、賭けに出る価値はある……ように思える。


 貴族について、リーナに聞きたいが敵に対して無知を晒すのは悪手だ。後でゆっくりと聞こう。


「お貴族様ですか。そうですか。では、もう1つ質問です。ここの事は誰から聞きつけましたか?」


「風の噂ですよ風の噂。10年以上もこの土地に少女1人で住んでいる庶民がいるとね」


「なるほど。ではもう1つ。簡単な質問です。あなたにはここを奪う権利という物はあるのでしょうか? 俺達がここに住む権利がないとしてもそれを奪う権利を持つ者は王様、それに従える者たちのはずだ。あなたはその権利はあるのですか?」


「えぇ。ありますよ。当然ではないですか。私は王に仕える臣民なんですから。そして、庶民を統治する側の貴族。それが私です」


「貴族様が弱い物虐めねぇ……。最低だな。まず、俺が言いたいことは住居侵入。一応、元貴族と言っても、ここに人が住んでいる以上はその人の家だ。門の前で待つべきじゃないか? そして、もう1つ。最初に俺はあなたを貴族ではないと判断した。理由は簡単。身なりが貴族の物ではない。確かに貴族っぽい格好だ。だが、何かが違う。纏っているオーラに余裕がないように見える。そして、部下を連れてこないという点。もしかしたら、貴族を騙る偽貴族様なのではないか? という話だ。とりあえず、行こうぜ? ラフランス様の邸宅に。そこであなたが恭しく迎えられたのであれば、非礼を詫びましょう。斬首でも火炙りでもなんでもすればいい。ただ、あなたがラフランス様ではなかった場合、どうなるかお分かりですよね?」


「いや、私がラフランスだ。何を言っている。世迷言を」


「では、問題です。貴族様が『出てこい』などという汚らしい言葉をお使いになりますでしょうか? そして、貴族であればもっと賢いのでは?」


「馬鹿にしやがって」


「ほら、本性出てきた。リーナ、衛兵さんとやら呼んできてくれるか? こいつは貴族ではない。偽物だろうよ。まぁ、本物だった場合は諦めるしかないけど」


「わかりました」


◇◆◇◆


 偽貴族のおっさんは何やら喚きながら衛兵にしょっぴかれて行った。その叫び声の中に「雇われてやった」という物があった。雇われてという事は雇った人間もいるのだろうが、それについては分からずじまい。まぁ、衛兵が尋問でもしてくれるはずだ。それに貴族のラフランス様とやらも名前を騙られた訳だし、怒り心頭だろう。昔、貴族の名を使ったのがバレて死刑になったなんていう恐ろしい出来事があったのを世界史の教師が話していた記憶がある。あのおっさんが死刑になったとしても知らないし、俺のせいではない。断じて俺のせいではない。


「行きましたね」


「あぁ。本物のラフランス様が見た目だけ小綺麗なチンピラじゃなかっただけ、ありがたいな」


「ああいう人、たまに来るんですよね。今回は助かりました」


「あのさ、衛兵に捕まった人ってどうなるの?」


「監獄街行きですね」


「監獄街?」


「えぇ。王都には大きな収容所がないので、東に少し行った場所に全員収容されているらしいです」


 街丸ごと監獄かよ……。それはすごい規模だな。


「おう、とりあえずこの執事服くらいの値段にはなったか?」


「そうですね。さて、それでは冒険者ギルドにでも行きましょうか」


「あぁ。そうだな」


 こうして、アプリコット邸の危機は一時的に去り、俺は冒険者への道へと舞い戻った。

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