2話『2人で話し合いをしていきます』

 広い敷地に大きな庭、白い壁に薄い青色の屋根。某蝙蝠のヒーローでも住んでいそうな古城というのが相応しい建物。大きな邸宅が目の前にここが自分の領地だとばかりに我が物顔で佇んでいた。


「ここがリーナの家……?」


「えぇ。先祖代々、受け継いでいます」


 俺が疑問の声を上げると冷静にリーナが言った。今の俺は大事な部分は隠しているが、毛皮を腰巻きにしているだけなので、腰以外は肌色成分が高い。外にいると奇異な目線で見られてしまう。そのため、部屋の中に入ろうということになり、リーナの家が近いと連れてこられた。


「どうぞ、入ってください。側仕えの方は全員辞めてしまいましたけれど……」


 リーナが少し寂しそうに言った。無駄に重厚感のある扉を開けると、高級そうな真紅のカーペットと大きな螺旋階段が玄関に広がっている。中の目につくような家具もエレガントな物ばかり。アンティークのソファにシックなローテーブル。


 昔、ドラマや映画の撮影に使われている古城に見学しに行ったことがあるが、まさにこんな感じの内装をしていた記憶がある。


 だが、気になる点がある。家具類が1か所にしか集まっていない点だ。玄関直ぐの場所は応接間なのだろうが、そこにしか物がない。他の部屋を覗くと、まるで新居と錯覚してしまう程に綺麗さっぱりとしている。


「で……先程の話に戻りますけど、仕事ありますよね?」


 俺に座るように促すと食い気味に話しの続きを始めた。いや、ねーよと返したいところだが、そんなこと言ったら、あの王様のように俺の事を追い出すだろう。そんなことになったら、正確な価値もわからない金貨1枚と共に、文字通り裸一貫になる。今の俺の今後の行動の手掛かりはリーナだと俺の直感が告げていた。


 さーて……どうしたものか。


「カイムさん? どうしました?」


「あの……1ついいか? そもそも、なんで仕事があると思ったんだ?」


「王宮から出てきたので……。王宮から出てくるってことは、それなりの商人か軍人、それに文官。あとは眉唾ですけど、怪しい古代の術式で人を呼び出された人かのどれかだと思います。少なくとも、あそこに張っていれば有能な人物がいるかなと。それであなたを目で追っていたんです。そしたら、あの冒険者が詐欺行為を行おうとしていたので諫めたまでです。あの愚王、少しでも自分にとって嫌なことがあると直ぐに追い出したり斬首したりするんですよ。クソ爺……」


 明らかに憎しみの籠った声音でリーナは言った。怪しい古代の術式……か。あの王様が言っていた『召喚』という奴だろう。というか、愚王って。酷いこというな。しかもクソ爺って……。


 それと、あのチンピラは冒険者だったのか。というか、冒険者って仕事なのか?


「すいません。話変わりましたね。それで先ほども言いましたが、カイムさんに話しかけたのは、騙されそうになっていたからです」


 いや、お人好しかよ! ってツッコみたいが、そういう雰囲気でもない気がする。というか、騙されそうになっている人に対して仕事くださいってどういうことよ。天然なのか?


「で、なんで仕事があると思ったんだ?」


「なんとなく……ですかね。もしかしたら金持ちかもしれないと思いまして」


 やっぱ天然だろ! よっぽどアホな2代目経営者とかじゃなければ、あんなチンピラに詐欺られそうにはならないって! 金と塵は積もるほど汚いなんてことわざもある通り、金持ちは金を出し渋る。貧乏性の人間は詐欺には合うことはない。それは俺の持論だ。


「いや、ないよ? というか、なんでお金が必要なの?」


「ないんですか!? じゃあ、そのずっと握っている金貨は!?」


「もらった」


 もらったとしか言いようがない。王様からすれば賠償金として渡したのだろうが。いや、手切れ金と言った方が正しいのか? 


 何も渡さずに騒がれるよりは何でもいいから、それなりに役立つものを渡した方がいい。金持ちが示談としてお金を渡すのと同じ感覚なのだろう。


「もらった!? その金貨の価値わかっています? それがあれば10年くらいは遊びながら、余裕のある生活を送れますよ。まぁ、それを使える場所がないのが難点ですけどね。金貨の出回っている数が少なすぎて信用のある人間でないと商人も引き取ってくれないんですよ。信頼関係にある貴族や商人くらいしか取引できないですね」


 この金貨1枚あたり30万円くらいだと思っていたが、30万円で10年暮らせるとは思えない。もっと価値が高いのだろうか。というか、両替してくれないって銀行とかないのかよ。え? ということは俺、生活できなくね? 使えない金が手元にあるだけじゃないか。


「え? そんなことあるのか!? 両替できないとか貰うだけ無駄じゃないかよ……。というか、何故あのチンピラは欲しがっていたんだ」


「まぁ、あのバカ王ですからね……。それに、チンピラも貴族や商人とコネクションがあったか……という感じですね。その金貨の価値の1割でも貰えれば生活レベルを無理に上げなければ生きていけるでしょうし」


「そんなに王様はやばいのか?」


 俺はリーナが話し始めてから、ずっと気になっていたことを聞いてみた。どう考えても愚王は言い過ぎだろうと思うが……。


「うーん……。どこから話せばいいのか……」


 リーナは困ったような表情をし、首を傾げ、金色の髪を揺らす。


 セナル=パーシモンと名乗る王様はアスペラという国の王だという様に言っていた。その点から考えるに、この国は王政のはずだ。そして、リーナはその臣民。この構図は正しいと思う。リーナの身の上はわからないが、この国に邸宅を持っている以上、この国の貴族という可能性が高い。それに先程、1割と言った。教養のレベルもそれなりにあるだろう。


しかし、崇めるとは言わないまでも、自分の主たる王様を愚王と言う。よっぽどの事情があるのだということは、それだけでも察することができる。しかし、ほぼ初対面の何を考えているのかわからないであろう相手にここまで言う。どういうことなのか、ずっと気になってしょうがなかった。


「とりあえず、この家についてですね。ここは私の生家。そして、私は元貴族です」


 “元”貴族……ね。確かに“元”貴族であれば、このくらいの豪邸を持っていても可笑しくはないかもしれない。しかし、普通に考えて貴族階級から落とされる前に住居は売って余裕は持たせるだろ。固定資産税とか、この家はバカ高いはずだ。年間でその家の価値の1.4パーセントとかだったか? っと、これは日本のルールか。住居や車を所有するだけで取られる税金。まぁ、金持ちからお金を取ろうという話なんだろうけど、100年生きたら家をもう1つ買えてしまうのだからやっていられない。


 そもそもここ、固定資産税なんてあるのか? まぁ、それを今ここで聞くのもなんか場違いな気もするな。固定資産税がないにしても維持費は相当な物だろう。修繕費やクリーニング代。


しかもこの家、ホコリ1つ落ちていない。家具、それぞれの手入れも行き届いている。今はメイドや執事などの使用人はいないと言っていた。ということは、リーナ1人でこの広い家を管理しているのだろう。相当な努力がないとそんなことはできない。……と俺は思う。


「あの王様の一族、パーシモン一族は私たちに脱税の濡れ衣を着せ、斬首刑に処しました。まぁ、私は当時の年齢が年齢でしたので重罰は免れました。そして、両親の友人の貴族に拾われ、そこで小間使いをしていました。」


 いや、脱税で死罪? 日本のお隣さんじゃないんだから……。というか俺、王宮で殺されかけていないか? 大丈夫か? 首繋がってる? 幽霊じゃないよね?


「あー……。そういえばなんだけど、リーナって今、年齢いくつなの?」


 俺は重い空気を少しでも和らげようと質問をした。少し気になってはいた。背は高いが、顔は少し幼い気がする。俺も日本では大学4年生だったが、それよりは若いようだ。3つくらいは下に見える。


「16歳です。そういえば、カイムさんは?」


「俺は22。6個も下なのか……」


 俺の年齢を聞き、リーナは驚愕の表情をしたが、すぐに取り繕った。


 16歳だと高校2年くらいか? となると、見た目よりは少し幼い。リーナの話し方から言って、両親が処刑されたのは昨日今日の問題でもなさそうだ。“当時”がいつかは正確にはわからないが、それでも子供の内に親を失うというのは相当辛いことだと察することができる。


 俺も親を事故で亡くしている。しかも、車を運転していた人間は耄碌した老人で実刑判決も受けずに数年後に亡くなったという。そして、俺は貧乏生活をしていた。その結果が金、金、金のこのざまだ。まぁ、リーナと俺の事情は違えど、少しは理解できる。まぁ、何故この家を売らないのかは理解に苦しむが……。


「あの、カイムさん。話続けて大丈夫ですか?」


「あぁ。話の腰を折ってごめん。よろしく頼む」


「えーっと……。少し前までは恩師の下で使用人をしていたのですが、その恩師も先日亡くなってしまい、それでお金が必要になりました。多少の貯蓄はありますが、それでも数か月程度でしょう。そして、この家は売れません。200年と代々続くアプリコット一族を私の代で終わらせるわけには……。なので、仕事を探さなくてはならないという感じです。まぁ、家を売るという行為が手っ取り早く稼げることには変わりないんですけどね……。しかし、一時しのぎにしかなりませんし……。まぁ、家財道具は残っていますが服飾品はほとんど売りました。そのため、私もローブを着ています」


 そういう事情か……。さーて、これはどうしたものか。仕事なんて俺も持っていない。この金貨を元手に商売でも始めるか? でも、こいつが換金できないことにはな……。


 それと、200年ってそんなに伝統あるか? とか考えてしまうが、これは日本人の感覚だろう。日本という国は数千年と日本という形を保ってきた。頭を挿げ替えつつ、体制を変えつつではあるが……だ。そのため、日本では200年前と言ったら、江戸。教科書上では幕末だろう。確か、水戸藩が外国人を殺せ! とかやっていた時代だ。だが、日本は歴史が長いだけに200年くらい続いている家なんて幾らでもあるだろう。


 しかし、これが戦争を繰り返していた時代の他の大陸の事だと考えると、200年続いてきた貴族というのはそう多くないのかもしれない。なぜならば、トップが常に入れ替わり、それに付き従う者も変わっていくからだ。っと、変な事を考えるのは悪い癖だ。気を付けよう。


「で、金貨を持っている俺に頼ろうと……」


「いや、違うんです。その金貨は実験で呼び寄せられた人の印だと推測しているんです。先程は眉唾などと言いましたが、それでも多少の可能性はある話だと思っています。恩師が言っていました。あの王様は手に負えなくなった人に金貨を渡すと。そして、先程も言っていた通り、その金貨には相当な価値はあっても換金は難しい。まぁ、嫌がらせなんでしょうね」


 嫌がらせ……。聞いただけでなんかムカついてくる。裸で追い出されただけでも相当ムカついているのに、嫌がらせで使えない金を寄越すとは聡明な王様とは思えない。それだけ、“勇者”とやら以外には興味がないのだろう。


「そして、こちらに呼び寄せられた人は何かと名を残しています。冒険者になる方が多いですけどね……」


「冒険者ってそんなに稼げるのか?」


 俺は率直な疑問をぶつけた。


「まぁ、実力社会らしいですね。私も多少、魔法は使えます」


 魔法……か。呪文を唱え、人間の力では到底ありえないようなことを起こす奴だ。高校生の頃に某魔法学校の呪文をずっと唱えている奴がいた。かなり精神的にヤバい奴で退学に追い込まれたが……。


 というか、これでやっと俺は確信した。ドッキリな訳がない。王様、豪邸、そして魔法。日本には一般人相手にここまで大掛かりなことをするような人間はいない。夢という可能性はあるが、それにしても目の前の景色などに現実感がありすぎる。


「今の話を符合すると冒険者は俺みたいにこっちに来た人にもオープンにできる仕事だということでいいんだよな?」


「えぇ。どの身分の方でも冒険者になる事は出来ます」


 リーナははっきりと頷いた。


 うーん……。何をするにしても使えるお金がないとダメだ。しかも、地味に銅貨を5枚借りている。俺が腰に巻いている毛皮の代金の銅貨5枚。リーナはそのことに対して何も言ってこないが……。


「とりあえず、冒険者を目指してみるか……。どうする?」


「いいんじゃないですか?」


 こうして、新たな世界での冒険者デビューが決まった。


「エヴェリーナ・アプリコット! 出て来い!」


 誰だよ! 俺が異世界気分に浸っている時に!


 俺はまだ冒険者にはなれないようだ……った。

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