異世界銀行~お金を勉強した俺だからこそできること~

龍豹雄也

1話『カモられないようにしていきます』

「順調だねぇ。あんな化け物と戦うなんて馬鹿馬鹿しい」


「順調じゃないですよ! ルズベリーさんやグラスネスさんの所に取り立てに行かなくてはいけないんですから!」


 黒髪の少年とも青年とも取れる中肉中背の男のボヤキに対し、金髪碧眼の隣を通れば誰しもが振り返るであろう美貌を持ち、フリフリの服を着た背の高い美少女が突っ込みをいれる。


「そんなの用心棒に任せればいいだろ? そういうの苦手なんだよ。あいつらなんてそれくらいしか仕事がないんだからさ。給料払っているんだしやらせておこうよ。俺はここで計算している方が性に合っているんだ」


「カイムさんはいつもそうじゃないですか。用心棒に全部任せると、あのお人好し集団ですし、騙されて少ない金額しか持ってこないんですよ! あのバカ貴族共、自分たちの利益しか考えていないんですから!」


 異世界銀行、主任。カイム=サザキ。お金をお客様から預かり、有望な企業にお金を貸す。お金を両替し、その手数料を頂く。そして、各種店の状況を分析し、経営のアドバイスをする。それが俺の仕事だ。


◇◆◇◆


「日経平均株価、30年ぶり、バブル以来の高水準です!」


 流し見をしていたテレビニュースの声が小さな部屋に響いた。


 目の前にあるパソコンが日々絶え間なく動いている株価を表すグラフがぐんぐんと右肩上がりに上がっていく。


「全部売っちまうか! 20万くらいの儲けにはなるだろ」


 俺はパソコンを操作し、保有している株を売っていく。売るタイミングで暗証番号を毎度打たなくてはならないのが普段ならば面倒でしょうがないが、今はそれすらも高揚に変わっていく。


「20万……。また株価が下がったら、株買う資金にでもするか……」


 俺は誰もいない部屋で1人、ぼやいた。


◇◆◇◆


「いってぇ! 誰だよ! こんな時間に!……って本か」


 目を覚ますと、俺の顔の上に昨夜読んでいた経済書が乗っかっていた。寝る前に不安定な場所に置いていたせいで落ちてきたという訳か……。


 幸せな夢、見ていたのによ……。20万って言ったら、俺みたいな貧乏学生にとっては大金だぜ? 大金。古くなったパソコン買い換えて、残りの金で欲しかった本も買える。それでも残ったら奨学金返済のために取っておけば良い。


 そんなことを考えていると、スリーブモードになっていたパソコンが光だした。画面の右端には通知を知らせるタブが出てきている。


「っと……メールか」


―――――――――――――――――――


件名:【選考結果のご連絡】エクイスト株式会社




サザキ カイム様




この度は弊社新卒採用にご応募いただき誠にありがとうございます。


エクイスト株式会社、採用担当でございます。




さて、サザキ様の応募書類をもとに社内で慎重に検討しました結果、


誠に残念ながら今回はご期待に添えない結果となりました。


せっかくご応募いただいたにもかかわらず、誠に申し訳ございません。




メールにて大変失礼とは存じますが、何卒ご了承くださいますようお願いいたします。


末筆になりますが、貴殿の今後益々のご活躍をお祈り申し上げます。


―――――――――――――――――――


 またこれだ。大学時代に資格は数多取ってきた。それを見ずに学歴フィルターによって高校時代にサボっていた人間を切り捨てる企業。当たり前のように面接にすら辿り着けない。下手したら就職説明会すら呼んでもらうことができないことすらある。


 今まで数十社と受けてきたが、どこを受けても同じようなお祈りメール。一昔前に保育園落ちた日本死ねというワードが流行語に選ばれたが、俺の場合は新卒採用落ちた日本死ねって言いたくなる。たぶんSNSに上げたら炎上するだろうが……。


「はぁ……」


 パソコンの前で小さな溜息をついた。部屋には大学時代に使った金融関係の参考書が積まれ、パソコンには先程の不採用通知が表示されている。


「これだけ勉強してきたのになぁ……」


 俺は呟いたが一人暮らしということもあり、誰もそれには答えない。それを少し寂しく思いながらも、ルーティンのように経済のニュースを眺めた。


「経済も落ちてきているし、これは日本脱出するしかないかなぁ……。もういいいや。二度寝するか……」


◇◆◇◆


「いてっ」


 冷たく、硬い何かに体がぶち当たった。まるで車と衝突でもしたのではないか? と錯覚するほどの痛み。流石にまた本が落ちてきたなどということはないだろう。目を開くと眩い程の光が入ってくる。その光に目を慣らしながら、目線の先をジッと見据えた。白い天井? それに日を取り入れるようにして左右に配置されているガラス窓。明らかに自分の部屋ではない。


「これが勇者か?」


 低く、落ち着いた声が混乱している俺の耳に入ってきた。


「起こせ!」


 先程の声がそのように言うと俺の体は勝手に起き上がった。隣を見ると、筋骨隆々の薄布を体に巻き付けた男が立っている。その男が俺の体を起こしたようだ。


 俺は周りにいる人を無視し、自分の体が動くかどうかを軽く体を動かし、確認する。手も動く。足も大丈夫。格好は……裸か。って裸!? ヤバイじゃん。露出狂じゃん。


 裸なのを認識した俺は一物を手で軽く隠し、その場で胡坐を組むと声が聞こえてきた。


「おい、そこの! 話せるか?」


 先程から同じ人物が俺に話しかけているようだ。言葉は通じている。しかし、相手がどのような人か一切情報がない。声のした方へと目を向けると、服は着ていることは勿論、それどころか赤を基調とし、無駄に煌びやかな服装。そして、サンタクロースのような白いひげ。服も赤いし、サンタさんじゃん? とか内心思ったが、そんなことはないのだろう。それになんか偉そうだ。


「あー……」


 目の前の爺様は俺の反応がないことを訝しく思ったのか、眉を潜めながら、言い淀んだ。


「誰ですか?」


 冷静に分析をしようとしたが意外と焦っているのか、何を返せばいいのか思い浮かばず、その言葉だけが俺の口をついた。


「セナル=パーシモン。セナルが名でパーシモンが姓だ。このアスペラの王をしている。で、貴様は勇者か?」


 俺の言葉は問題なく通じているようだ。言語も日本語のように聞こえる。というか、たぶん日本語。しかし、相手は人種が違うように思える。イギリスとかそこら辺の人種かと思えるような白い肌。色々と謎な部分が多い。一般人向けの大掛かりなドッキリでもやっているんじゃないか? とすら思える。


 この爺さんは王様らしい。自称王様だ。日本人からすると王様なんてイギリス王室と学生時代に習う世界史くらいでしか知らない。というか、自分の事を王様と名乗る痛い奴? とすら普通ならば思うだろう。しかも、その老人が勇者などというゲームや物語くらいでしかありえないような単語をいう。


 とりあえず、仮にこの人を王様だとしよう。そして、ここでふざけたことを言う。そうするとどうなる? 斬首。そのワードが頭に思い浮かぶ。うん。一応、恭しく行こう。安全策で行くしかないか。危機管理は重要だ。


「勇者ではないと思います」


 その言葉に対し、王様(仮)は眉を顰めた。


「勇者じゃないと言い切るか……。ならば用済みだな。こちらが勝手に召喚したことだし、殺しはせん。支度金はやろう。しかし、それ以上のバックアップはせん」


 召喚? 召喚ってあれか? 昔……というか、子供の頃にカードゲームにあったモンスターを呼び寄せる奴。よくやったなぁ……。っと思考を思い出にトリップしている暇はないか。


「これを持っていけ」


王様は先程まで俺の隣に立っていた男に目で合図をすると、金貨を1枚渡してきた。なんだこの王様。横暴すぎはしないか? 少しムカつく。


 金貨1枚。この国ではどのくらいの価値なんだ? 金貨1枚。俺の記憶が正しければ現代日本でも古代日本でも高価であるのは確かだ。前者の場合は鋳造する技術などの問題で大量生産するのも難しい。後者の場合ではそもそもの保有量の問題になってくる。まぁ、今までの技術よりも深く掘ることができれば大量に出てくる可能性があるなんて聞いたこともあるが、そんなことは眉唾だろう。


 ダラダラと長話をする日本史の教師の話によると小判を日本円に換算すると確か30万円くらいだったか。まぁ、ピンキリだろうが。


 というか、服が欲しい。肌寒い。俺が困惑していると王様はこちらを睨んだ。


「ほら、行け」


 俺は素っ裸で金貨1枚を押し付けられ、王宮の外へと追い出された。って、このままじゃ、本当にただの露出狂じゃねぇかよ!


◇◆◇◆


 外へと出ると、まるでおとぎ話の中に入ったかのような白い壁に赤や黄色の屋根。某夢の国に行ったときに似ている異国感。明らかにコンクリート造りではない。改めて日本ではないことを認識する。


 周囲には人、人、人。そして俺はすっぽんぽん。いや、これはやばいだろ……。隠すところを手で隠しながら、近くにあった裏路地へと逃げる。


「おいおいガキ。どうした。こんなところで裸になって。街中だぞ? 酔っ払いでもしたか?」


 色黒の男が肩に斧を担ぎながら俺に話しかけてきた。男の格好はいかにも山賊風。凶器を当たり前のように持ち歩いているのが異質としか思えない。対して、俺は街の中で1人真っ裸。そして、手には1枚の金貨。それを見て、男はにやりと笑みを浮かべた。


「ガキ、もしかして追いはぎにでもあったか?」


「えぇ。そんなものです」


 至って冷静を装い、男へと返答を行う。内心はビクビクしているが、それを極力表情に出さないようにする。


「その金を寄越せ。そしたら、こいつをやるよ」


 男は何かの動物の毛皮をちらつかせた。確かに腰に巻けば、隠すべき場所は隠せるだろう。しかし、金貨1枚でこれだけなんてことはあるか?


 毛皮というとお金持ちがトラやクマを床に敷いているイメージがあるが、男が見せてきた物はそれほど手入れされた感じはない。


 それに、現代のお金持ちが毛皮の物を使っているのは絶滅危惧や国際問題、それに保護区などの色々と現代的な問題が絡んできたからだ。レアな物をお金持ちは欲する。それならばわかる。わかるのだが、あれは最高級の素材で最高級の技術を使い、なおかつ最高級の出来上がりだからこそ高いのだ。しかし、それはそうではないように見える。素人でもわかる、加工のされていなさ具合。


「あー……。もうちょっと安くできませんかね?」


「無理だ。寄越せ」


 値下げ交渉をしようとしたが、それは意に介さない。明らかに敵意を持ち、男は語気を強めた。今すぐにでも胸倉でも掴まれそうな勢いだ。まぁ、掴む布もないのだが……。


「わかった」


 俺は金貨を差し出すようにして手を開くと、そこに横槍が入った。


「止めた方がいいですよ! 衛兵さん連れてきましょうか?」


 日本人ならば誰もが美人だというような金髪碧眼のローブを着た女子が凶器を持っている男に対し、物怖じをせずに言った。


「そんなものはギルドで銅貨3枚程度で引き取ってもらえるでしょう。金貨1枚を巻き上げようと言ったって、そうは行きません。そのような詐欺行為は止めてください。色を付けて銅貨5枚で買い取りますので、それで勘弁を」


 男は舌打ちをしたが、よほど衛兵を呼ばれたくないのか、銅貨を5枚、女の手から奪い取り、毛皮を投げて走り去っていった。


「ありがとうございます」


「いえいえ、とりあえず、これ巻いておいてください」


 俺を直視しないようにしている女の子から毛皮を受け取り、腰に巻きつけた。俺が巻いた時の物音で隠すところは隠したのだと察したのだろう、女の子は俺の目を見て話した。


 女の子は金髪なのも目立つが、背も俺とそこまで変わらないように思える。同じか少し低いくらい。俺は170センチあるかないかくらいなので、この女の子も女子の中では高い方になるだろう。というか、普通にこんな可愛らしい子、アイドルでもいないんじゃないか?


「エヴェリーナ=アプリコット。リーナとでも呼んでください。そちらは?」


佐崎快夢さざきかいむ。えーっと……カイム=サザキか」


「カイムさんですね。よろしくお願いします」


 リーナは恭しく頭を下げ、それに対しなにをよろしくすればいいんだ? と内心思いながらもこちら側もお返しとばかりに頭を下げた。これは日本人の性という奴だろう。


「で……本題なんですけど……仕事ありませんか?」


 俺を助けた女の子は上目遣いで懇願してきた。って、えぇ!? 仕事なんてねーよ!!!

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