第34話 最後の戦い(2)ねこまんま

 焚火の火も無視して、槐は疾風に突っ込んで行く。火傷も気にならないらしい。

「生意気なやつ!」

 八雲が剥がそうとするが、首を絞めようとしている槐の力は、クスリのせいでとんでもない事になっている。

「離せ!」

 狭霧が槐の手首に斬りつけると、疾風を掴む手が緩んで疾風が咳込むながら逃れる。

「小僧が!!」

 槐は代わりとばかりに、狭霧の首を掴んで持ち上げて行く。

 楽しんでいるのか、見せつけているのか。じりじりと足先が地面を離れていく。疾風と違い、狭霧の腕力では、首を絞めるのを阻止するだけの力はない。

 焦った疾風と八雲が攻撃しようとするが、クスリをきめている槐には、痛みもないし恐怖もない。

 狭霧の足が泳ぐようにバタつき、大きく振れた――と、つま先が耳に届く。

「ギャアアア!!」

 耳にキリが刺さったので、流石に槐も痛かったらしい。力任せに狭霧を放り出す。

 その際に、草鞋に仕込んでいたキリが外れ、槐の耳に残った。

「死ね!」

 八雲がそれを思い切り押しこむ。

 槐は目を見開いてビクビクと痙攣し、ゆっくりと倒れて行った。

 キリは耳孔から耳孔へと突き抜けていた。

「あ……あ……」

 槐は失禁したらしく、染みが広がる。そして、電池が切れたように動かなくなった。

 それを3人は、じっと見た。

「起き出さない?」

 八雲が警戒しながら言うのに、狭霧は咳をして、教える。

「脳を貫通してるから、死んでるよ。痙攣と失禁が、生きるのに必要な働きをする脳が死んだ印だよ」

 それで、疾風も八雲も大きく息を吐いた。

「大丈夫か、狭霧」

「うん。

 でも、とれちゃったね。改良したつもりだったのに」

 残念そうに言う狭霧だが、強がりなのは、手が微かに震えている事でわかる。

「良かった!兄ちゃんも狭霧も!」

 八雲が泣き出し、狭霧も泣き出した。それで、疾風もホロリと涙がこぼれる。

 だが、こうしてもいられない。

 辺りを窺い、もう誰もいない事を確認する。

「おしまいかな」

「これで、自由なの?」

「もう、槐で最後だったんだよね」

「ああ。八雲、狭霧。ねこまんまに帰るぞ」

 今度は3人で抱き合って、わんわんと泣き出した。


 江戸のねこまんまは、今日も賑わいを見せている。

「いらっしゃいませ!」

「おう!無事に帰り着いたようじゃねえか」

 無事に戻った兄弟を、常連客はほぼ皆がこのように言う。

 あの後、急げば自分達の足なら伊勢に行けると、3人は急いで伊勢神宮へ出向き、お参りをして、取って返して来たのだ。

 やはり伊勢参りに行くと言って出た以上、行った証明になる「伊勢神宮の神宮大麻」という札はお土産に必要だと思ったのだ。

 そのほか、乾燥させた海産物などの持ち帰り易い土産物も買って来たので、常連客には、少しずつながら、それをお土産として定食に組み込んでいる。

「伊勢参りか。一生に一度は行ってみたいねえ」

 富田がそう言うと、佐倉と狭間もその気になる。

「うむ。のんびりと行くのも悪くないな」

「ついでに京へも行ってみるか」

「だったら、西国三十三カ所もよろしいんじゃ?」

 隠居仲間で、わいわいと相談をし始める。

「うむ。やはり、こうでないとな」

 垣ノ上と文太も、久しぶりのねこまんまのご飯に機嫌がいい。

 それをニコニコとして見ながらも客の間を駆け回る八雲と狭霧、調理場のカウンターから反応と盛り付けのタイミングを見る疾風に、織本は小さく頷いた。

「何か、変わったか?懸念が消えたような……」

 小さな呟きを、狭霧の耳が拾う。

(やっぱり織本様は鋭い)

 首を竦めながらも、何事もないような顔でいる。

「まあ、いいか」

「伊勢神宮の、ご利益のおすそ分けか!ありがてえ!」

 職人が言うと、藩邸の武士も、皆関係なく笑顔になり、佐倉の音頭で湯飲みを持つ。

「乾杯だ!ねこまんまと、みなの健康に!」

「うまい飯に!」

「笑顔に!」

「乾杯!!」

 ねこまんまは、今日も大入り満員である。




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抜け忍料理屋ねこまんま JUN @nunntann

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