最終話 ウルズ×変化

 扉が開き今日の主役であるアイシャが入ってこようとしたのだが、何故かすぐに扉の陰に隠れてしまった。

 アイシャの言葉から原因がルイセだと分かったが、理由が分からない。

「どうしたんだろうね?」

 ウルズ達は揃って首を傾げた。

 そうやってウルズ達が注目しているとアイシャが再び姿を現し、今度はきちんと部屋の中に入って来た。

 ルイセがアイシャの後ろにくっついて隠れているのが、アイシャの腰に回された細い腕から見て取れる。

「うさぎ、何やってんの」

 ウルズがそう質問すると、ルイセはひょこっと頭をアイシャの影から出したのだが、ウルズと目が合うなりまた隠れてしまった。

 そんな様子のおかしいルイセに、

「ほら、うさぎちゃん、ウルズやお兄さん達にも見せてあげて」

 アイシャが優しい声音で促すが、ルイセはイヤイヤをして出てこない。

 アイシャはウルズ達に顔を向けて、

「照れているみたいなの」

 そう説明してからまたルイセに声をかけた。

 そうして促す事7度。やっと姿を現したルイセの金髪は赤いリボンで纏められており、服装は膝丈のふんわり広がるバニエ付きのワンピースで可愛らしい。

 もじもじして立っているルイセを真っ先に褒めたのはやはりミントで、

「うさぎちゃん、可愛いじゃん!」

 明るい声と拍手で褒める。他の者達も続いてルイセの晴れ姿を褒めていると、

「あら、やっぱりミニの方が似合うわね」

 ローネとグリエがやって来て、ルイセの頭を撫でた。

「ありがとうね、短時間で作ってくれて」

 そのアイシャの言葉で、この服がローネ達によって作られた物だと知り、

「迷惑かけた?」

 ウルズが聞くと、彼女達は首を横に振って、

「元々あった服を利用したから、たいした手間じゃなかったわ」

「あと、ケーキを掴んで暴れた時に着ていなくて良かったわよね」

 と笑った。

 ウルズは礼を言った後ルイセと目を合わせて、

「うさぎ、ちゃんと皆にお礼言いなぁ」

 手で世話になった人達を示す。

「お礼?」

 そう言われてルイセは不思議そうにウルズを見上げたが、昨日彼に言われた事を思い出したようで、「ありがとう」と全員に礼を述べる。

 それに対して、『どういたしまして』とアイシャ達が声を揃えて返事をすると、

「さぁ、シアの誕生日のお祝いだからね、みんなで楽しもう」

 カミューが場を仕切り直した。


 そうして談笑をしていると、

「あぁっ!」

 パロが急に何かに驚いた声を上げた。

 ウルズが振り返り見てみると、ルイセが並べられていた料理を鷲掴みにしているところで、ウルズは慌ててそれを皿の上に置かせて、

「料理はトングで皿に取り分けて、フォークを使って食うんやで」

 ナプキンでルイセの手を拭きながら教えた。

 しかし、

「そんなのお兄ちゃんはしなかった」

 ルイセが膨れて反論する。

 それに対して、

「せっかくの服が汚れてもええんか?」

 ウルズがそう尋ねると、ルイセは着ている服を見下ろして、首を左右に振った。それを見てウルズが「やろ?」と言い、

「じゃあ行儀良く食べなぁ。欲しいもんは俺が皿に取ったるから」

 そう言い聞かせてから、2人で食べたい物を取りに行く。

 その様子を見ていたロッヂが、

「うさぎちゃん、ウルズの言う事なら大人しく聞くんだな」

 ワイン片手に感心したように言い、

「ウルズは大家族で育ったから、年下の子の扱い方が上手いのかもな」

 パロがロッヂの意見に同意し、

「ウルズはカミューやアイシャちゃんと違って怒る奴だーって分かっているんじゃないのー?」

 とミントが戯けて言って、「有り得る」と周りの者達は納得した。


 パーティーは多少のアクシデントはあったものの無事にお開きとなり、ミント達寮住まい組は馬車で送られる事となった。

 ミントに街で遊んでいかないのかと尋ねたところ、

「貴族のパーティーの余韻に浸りたいから、今日はやめとくー。僕は貴族だぁっ!」

 と、両手を広げてご機嫌な様子で叫んでは、『違うだろ』と他のメンバーからつっこまれた。

 どうやら酒が美味くていつも以上に飲んだらしい。ミントは見るからに陽気な足取りで馬車に乗り込んだ。

 一方、同じ寮住まい組でもカミューは帰らないようで、馬車を見送った後に、

「これからシアの部屋でお茶をするんだけど、一緒にどうだい?」

 手で屋敷を示しながら、ウルズとルイセを誘った。


 アイシャの部屋にはプレゼントが山積みになっており、花も所狭しと飾られていた。

 ウルズの部屋には収まり切れない数々の贈り物を目の当たりにして、

「凄いな……」

 と、ウルズが素直に呟くと、

「そうだね、いつもながら凄い量だよ」

 カミューも頷いて同意した。

 どうやら同じ貴族のカミューでも、ここまで貰う事はないらしい。

「あの大きいのは?」

 ウルズが一際目立っている巨大な箱を指さすとカミューから、シティン国王のガイゼルと皇太子殿下のカインからのプレゼントだと聞かされる。

 とんでもない人物からの贈り物だと知って衝撃が走るウルズの隣でアイシャが、

「兄様は毎年来てくれるんだけど、今年はテンス国の事があってお忙しいみたいなの」

 残念そうにプレゼント箱を撫でた。

 ここにきて以前から耳にしていた『兄様』の正体が皇太子殿下だと判明し、再びウルズが仰天する。しかも昨晩言っていた「おじ様」が、国王陛下だという事もサラリと明かされた。

 アイシャの話によると、国王のガイゼルとラディーはとても仲が良く、アイシャは赤ん坊の頃からガイゼルとカインに可愛がられて来たのだとか。

 しかも凄さはそれだけに留まらず、2番目に大きい箱を示したカミューから、

「これは、コベリン国のデュナン皇太子殿下からの贈り物だよ。カイン殿下ととても親しくされていてシアとも面識があるから、毎年祝辞とプレゼントを贈って来て下さるんだ」

 と、説明を受ける。

 隣国から祝いの使者が来ていたと聞かされていたが、その使者の主が王子だと知って、

「へ、へぇ……」

 次元の違い過ぎる話に、ウルズは言葉が出て来なかった。


 ウルズ達の会話にはルイセの分からない言葉が沢山あり、その都度彼女は質問し、その相手をウルズとカミューの2人がする。

 カミューも子供の扱いに慣れているようなのでルイセを任せ、

「アイシャ、ちょっと」

 ウルズはアイシャに手招きしてから、少し離れた場所に移動した。

 そして後をついて来たアイシャに、

「これ……」

 と、用意したプレゼントを渡し、受け取ったアイシャがウルズを見上げる。誕生日については昨晩話したところなのに、プレゼントがきちんと用意されている事に驚いたのだ。

「誕生日おめでとう。それ、昨日の帰りに思い付いたの作って貰ったんやけど、もし好みやなかったら無理に使わんでええから」

 気を遣って着けなくても良いと伝えると、

「ありがとうウルズ! すごく嬉しい!」

 アイシャは満面の笑顔を浮かべて、開けても良いかと尋ねた。

 さすがにそれは照れるので、ウルズは自分が帰ってからにして欲しいと頼む。

「アイシャの誕生日って、ノース暦では紫水期雨月って言うて、それを表現した物なんや」

 そう簡単にプレゼントの説明をすると、

「素敵ね。楽しみだなぁ。ありがとうね」

 アイシャは大事そうにその箱を持って、寝室へと入って行った。

 ウルズはカミューとルイセの元へ戻り、ルイセに一緒に住む事になったと伝える。

 そこにアイシャがやって来て、

「ウルズ、うさぎちゃんの家具とかお洋服ないでしょ? 使える物はうちから持って行って良いよ」

 と申し出てくれた。

 それを聞いたカミューも、

「僕の家の倉庫にも家具があった筈。近々見に来ると良いよ」

 と話に加わり、

「とにかく、入用な物があるならすぐにでも運ばせるよ。それで足りない物があるなら、一緒に買出しに行けば良い。もちろん女の子の買い物なんだから、選ぶのはシアに任せて僕らは荷物持ちだよ」

 カミューは即座に計画を立てて、ニッコリ笑った。

 カミューとはクラスメイトなので、入学してからずっと学生生活を共にして来たが、休みに一緒に出かける程の仲ではなかったので、カミューの事をよく知らなかった。

 それが今やアイシャを通して、兄っぽいカミューや、使用人達に手際よく指示を出している貴族的なカミューを見る事が出来た。

 アイシャも同じで、学校の依頼がなければ話をする事もなかっただろう。今や気軽に会える友人となっている。

 そして、野生児のルイセ。

 教えなければならない事が多いが、それが楽しみに思える。

 こうしてウルズを取り巻く環境が、この短期間でガラリと変わった。しかも嬉しい方向に。

 その証拠として、黙って3人を眺めているウルズの口に笑みが浮かんだ。


 帰る時間となり、ウルズとルイセの為に馬車が用意される。

 人形までもらってご機嫌なルイセが、玄関先で見送るアイシャとカミューを振り返る。

「じゃあまた明日ね」

 笑顔で手を振るアイシャ達に、ウルズとルイセも手を振り返した。

 走り出した馬車が到着する先は、暗く声の無い自分の家。

 けれども、そこに明かりをつけるのは1人ではない。明日からはちょっと違った朝になるだろう。

 作る朝食だって2人分だ。

 あれを買わなくては、あれも揃えなければ……と、必要な物を頭の中でピックアップするウルズは、これからの生活に楽しみを覚えて胸をワクワクさせたのであった。



終わり。

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Probationers 猫壱 @Nekoichi

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