第7話 ウルズ×誕生日パーティー

 放課後ウルズ達は、アイシャとカミューの馬車に乗って山を下り、ウルズは道場の前で下ろしてもらった。

 それからいつも通りに稽古に励むものの、あのルイセが何かやらかしていないかと気を揉む。

 何せ野生児と言っても過言でないルイセの事だ、心配するなと言う方が無理があった。

(パーティー滅茶苦茶にしてへんかったらええんやけど……。滅茶苦茶……滅茶苦茶……あ!)

 滅茶苦茶というワードで、プレゼントを包装し直さなければいけない事を思い出したウルズ。あのまま渡しては一生の恥となる事間違いなしだ。

(ヤバイヤバイ。家に帰ったら忘れずにやらな)

 ウルズの気は益々散り、稽古に身が入らなかった。


 ウルズは稽古が終わると急いで家に帰り、シャワーを浴びて汗を流し終えると、パーティーに着て行っても失礼のない服装に着替えた。

 そして最後にオレーグが包装したプレゼントを鞄から取り出し、包装を解く。

 包装紙の下から現れた箱には『愛』という文字がデカデカと印字されており、

「おっちゃん……有り得へんて……」

 ウルズは机に手をついて、がっくり項垂れた。

 その点宝石店の箱と包装紙は華美過ぎず、特別な意味合いを感じさせない自然な代物だ。持って帰って来て良かったと、心の底から思う。そして、

「これでよし」

 包装し直したウルズは腰に手を当てて、プレゼントを眺めた。


 そうしてウルズは出掛ける準備を終えると家から出て、馬車を拾って管理主邸に向かった。

 管理主邸に着くと御者に代金を支払い、門に近付く。

 すると、

「いらっしゃいませウルズ様」

 と、立っていた門番の2人が頭を下げた。

 何故名前まで知られているのか……と門番の2人を見たところ、昨日一緒にルイセの保護に向かった兵だった。

「門兵の人やったんですか」

 ウルズが笑いかけると、

「はい、門番の仕事もしています」

 彼は頭をポリポリ掻いて答えた。

 その手に巻いてある白い保護テープが痛々しく見えて、

「大丈夫ですか?」

 ウルズが患部を指さして聞くと、

「ええ、大した事はないんです。ただ歯型を見せて仕事をするのはなんですから、巻いて隠しているだけなんですよ」

 ルイセに噛まれたらしい彼は苦笑いを浮かべて、手をブラブラ振ってみせた。そして、

「さぁお入りください、皆様お待ちですよ。扉前の侍女がご案内致します」

 と、ウルズを通した。


 玄関前では門番が言っていた通り侍女が待機しており、屋敷の中に通された後大きな扉の部屋へと案内される。

 開かれた扉の向こう側では、楽しそうな声と音楽、それから並べられている料理のいい匂いが広がっていた。

「あ、ウルズ」

 アイシャがウルズに気が付いて、笑顔で手を振る。

 ローネとグリエの手によって作られたドレスは、レースとリボンが程よく施された可愛らしいドレスで、同じデザインの髪のリボンが、赤毛青目のアイシャによく似合っていた。

 そのアイシャの周りにはミントとロッヂとパロがグラスを持って立っており、高齢者のミオンは用意された椅子に座っていた。

「うさぎは?」

 ウルズが周りに目をやってからアイシャを見ると、「それが……」と彼女は、浮かべていた笑顔に少し困った色を滲ませた。

「それがさ、さっきまで凄い騒ぎだったんだよ」

 返事はアイシャからではなく後ろからして、その声に反応してウルズが振り返る。そこにはカミューとラディーの姿があり、ウルズは2人に挨拶する。先程の発言はカミューのものだった。

 そのカミューと並んで立っているラディーは渋みのある男性で、美少女のアイシャの父親なだけあって顔が整っている。ただし髪の毛の色は金髪で、青い目はどちらかと言えば切れ長。アイシャは母親似のようだった。

「君に挨拶をしたら、野暮な親は退散するよ」

 ラディーはクスクス笑いながら低音の声でそう言うと、手招きでウルズを違う場所に誘い、ウルズはその後に続いて歩いた。

 ラディーは壁際で足を止めるとウルズの方に向き直り、

「あの子の事だが……施設を探してみたが、やはりあの状態では無理のようだ」

 顎に手を当ててウルズを見た。

 あの子とは、もちろんルイセの事で、

(やっぱりな……)

 と、ウルズが心の中で呟く。

「昨日の話、本当にかまわないのかな?」

 そうラディーに聞かれてウルズは頷き、

「施設のようにずっと世話をする事は出来ませんが、俺なら別に不都合はないですし」

 と、伝える。

「ありがとう、助かるよ。出来る限りの協力はするから、必要な事は遠慮なく言いなさい。……さて、私はそろそろ仕事に戻らなければ。ゆっくり楽しんで行きなさい」

 そう言ってラディーはウルズの肩を軽く叩くと、部屋から出て行った。

 そのラディーと入れ替わるようにしてカミュー達がやって来たので、

「で? うさぎは?」

 ウルズが再度尋ねる。

 それに対してカミューは苦笑いを浮かべて、

「パーティーが始まる前に彼女が空腹を訴えたものだからシアがムースのケーキを1つ出したんだけど、手で掴んで食べ出してね」

 と、説明し出した。

 そこに、アイシャが加わって、

「うさぎちゃん、ケーキが潰れても気にせずにそのまま舐めて食べちゃったから、鼻や口の周りも汚れちゃって。だからお顔を洗おうねって言ったら……」

 そこまで言うとアイシャはカミューと顔を見合せ、最後にカミューが、

「そしたら急に嫌がって、暴れるわ走り回るわの大騒ぎでさ。物を倒したり花瓶の水を被ったりして、そりゃぁもう大変だったんだよ。で、ミント達に協力してもらって、なんとか捕まえたってわけ」

 と、話を締めくくった。

 ウルズがミント、パロ、ロッヂ、ミオンの順で見渡せば、彼等は揃って頷き、

「やっぱりか……。ごめんな」

 ウルズがはルイセの所業について謝罪した。

 別にウルズが謝る事ではないのだが、もうすっかり兄気分で、家族の所為を詫びるのと同じ様に謝る。そんな彼にカミューは、

「さっき様子を見て来たら、落ち着きを取り戻して静かに拭かれていたよ。あとは着替え直すだけだから、もうすぐ来ると思う。ウルズは食事でもしたら? 腹空いているだろう?」

 と食事を勧め、

「私、様子見てくるね」

 アイシャがカミューにそう告げる。

 それを見て、

「アイシャは主役やろ、ここにおった方が」

 と、ウルズは引き止めようとしたが、

「大丈夫。うさぎちゃん、可愛くして連れてくるからね」

 アイシャは笑顔で片手を上げて、部屋を出て行った。


 ウルズはカミューに勧められて荷物を預けてから、テーブルに並べられた料理へと手を伸ばす。

 空腹を満たすそれらの料理はどれも美味で、昨夜の夕食の誘いを断ったのが悔やまれた。

 食べながら周囲を見てみると、ローネとグリエが自分達で作ったのだろうハイセンスな服に身を包んで、他の客と話をしている。ウルズの知っている顔以外は、アイシャの従兄弟達だとカミューに教えられた。

 早い時間帯には近辺の貴族や、隣国の使者との歓談もあったらしいが、それは1時間ほどで解散したらしい。説明するカミューの口からは、庶民のパーティーでは使われない単語がポンポン出てきた。

 煌びやかな広間には音楽隊もいて、ダンスに合う曲が流れている。

 伯爵令嬢の誕生日パーティーという、初めての場を眺めながらウルズが食べ進めていると、両開きの扉がゆっくりと開かれた。

 気配を感じてそちらを振り向けば、そこにアイシャの姿があった。しかし、不意に顔を横に向けたかと思えば、すぐさま扉の陰に引っ込んでしまった。

「シア、どうしたんだ?」

 カミューが不思議そうに尋ねると、

「うさぎちゃんがね、ちょっと……」

 アイシャの声だけが返ってきて、ウルズ達は顔を見合わせた。



続く。

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