これは愛だよ

@_shiroikumo

リリィ

 どこもかしこも白色で統一された、清潔な部屋のベッドに少女が眠っている。顔がやけに白くて、体調はあまり良くなさそうだ。

 ドアがゆっくり開く音がして、医者が着るような白衣を着た男が少女に近寄ってきた。少女はその気配を感じて目を覚ました。


「ん......」


「おはようリリィ、まだどこか痛むかい?」


「右足......足首のあたり、......頭も痛いです。でも昨日よりはマシかな」


 少女は男の顔を見ながら、ゆっくりと話す。


「......そうか、じゃあ今日もベッドで休んでいようね。消化の良い食事を取って、栄養剤も飲んで。あと、足首の湿布を新しいものにするから。」


「はい、ありがとうございます。あの......名前が......ごめんなさい」


「謝らなくていい、僕の名前は“アレン”だよ。医者をやっている。ここは病院さ」


 アレンはリリィの右足首の様子を見て、湿布を新しく取り替えた。そして、右足の足の甲を優しく撫でる。


「リリィは頭を強く打ってしまったようだから、一人で何かを思い出そうとしないで。そうやって疑問が浮かんだら、何でも聞いてほしい」


「分かりました......ありがとう」


「いま食事を持ってくるよ。その後、僕は仕事があってそばには居られないんだけど......でも日が暮れるまでには必ず戻ってくるから」


「はい、アレン先生」


 アレンは柔らかく微笑んで、リリィの食事を取りに部屋を出て行った。

 

 リリィは、自分がこの”病院“にいつ来たのか、どのくらいの間いるのか分からない。そして、アレンという男のこともよく分からない。でも、今の自分は体調が悪くて、このベッドから動かないほうがいいということは分かっていた。

 そして、アレンは”医者“なのだからきっと自分の体を治してくれるのだと、アレンを頼ることしかできない現状を、あまり不安に思わないでいようとしていた。


(それにしても、頭が痛い......何にぶつけたんだろうなあ)


 またドアが開く音がして、アレンが部屋に入ってきた。リリィの考え事は遮られた。


「リリィ、持ってきたよ。」


 アレンは、ベッドのすぐそばにあるテーブルに食事と栄養剤を置いた。それから、そっとリリィの右手を握って、優しい声で言った。


「栄養剤、昨日とは見た目が違うけれど、効き目がすこし強いものに変えたんだ。他は変わりないから安心して。......じゃあゆっくり休んでいてね。仕事、行ってくる」


「ありがとうございます。いってらっしゃい、アレン先生」

 

 リリィはなんとなくぼんやりとした気分のまま、食事を取り始めた。食べ終わって栄養剤を飲み、少しすると眠気が襲ってきて、また眠ってしまった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 アレンという男は、医者ではない。

 詳細に言うならば”医師免許を持っていないが、知識量と技術は医者に劣らないくらいの薬物研究者“と言えば良いだろうか。アレンは、リリィのために人体や薬物に関する猛勉強に猛勉強を重ねた変態研究者だ。



(リリィ......なんて可愛い生き物なんだろう!!)



「クウッ......!クウッ......!」と、気味の悪い高い声で笑いながら、机の上でノートに”あること“を記入していた。   

 

 ここは”病院“の地下にある、アレンの”研究室“だ。薄暗くひんやりとしていて、居心地が悪い。地下にあるせいだ。しかし、アレンに取っては最も好ましい環境だった。ひとりきりで、リリィについて考えることに集中できるからだ。

 

 ノートには、大好きで大好きで仕方がない、リリィの観察記録を今日もビッシリと書いていた。


”観察記録“


①体調に関すること


 右足首周辺の痛みと、頭痛を訴えた。足首はあと2日もすれば痛みが消えてしまうだろう。次は、足の裏に5cmくらいの長さで切り傷をつけよう。包帯を巻いて、「もうしばらく歩いてはいけない」と伝えるが、松葉杖をついたうえで自分が側に付いていれば病院内は歩いて良いことにしよう。

 頭痛に関しては、痛みが増して会話が出来なくなっては困るから二錠の頭痛緩和剤を処方。


②見た目に関すること


 今日も顔は白く、些細なキズも吹き出物もない。食事メニューの徹底のおかげか?

 右足の甲と右手を触ったが、柔らかくて滑らかでずっと触っていたかった。太りも痩せもしないよう管理するのは気を遣うが、リリィの体は完璧でなければならない。胸もこれ以上大きくなってはならない。計算上ではそろそろ、成長期のピークを迎えるので要観察。意識を失わせている間に胸囲を測ることは難しいか?なにか良い方法を考えよう。


 

 アレンは、リリィが大好きで仕方がなかった。大好きだから、顔を見られないように後ろから頭を思い切り殴った。それでリリィが死んだら腐らないように処理をして、”研究室“で一生保管してずっと鑑賞する予定だった。   

 しかし、リリィは予想外にも意識を取り戻しそうになったから大変困った。もう一度殴るのは可哀想だなと思い、仕方がなく医者と嘘をついて面倒を見ることにした。かなり幸いなことに、リリィは記憶力が大きく低下してしまい、アレンの名前を覚えられないようだった。そして、思考力も大きく低下しており、かなり好都合だった。そのような結果になったから、リリィは自分のために特別に用意された神からの贈り物なのだ、とアレンは心から思った。


 毎朝起きて「ごめんなさい、あなたの名前がわからないの」と聞いてくるリリィが可愛くて愛おしくて仕方がない。


「あぁ、なんて尊いんだ......」


 アレンは恍惚した顔で、意識を頭の中のリリィに集中させる。


 (リリィは死なせない。死なせないけれど、自分無しでは生きられないように管理は必須だな)


 リリィのために、本当はやりたくもないが金にはなる流行病の特効薬を開発して裏市場に売り、なかなか効くと評判がいいのでアレンは食うに困っていない。リリィのための研究費も充分に費やせる。今の生活がとても幸せで、毎日満たされていた。


 アレンは微笑みながら、階段を静かにゆっくり登って、リリィの部屋へ入った。テーブルには食べ終わった食器と、睡眠薬入りの水が入っていたコップ、錠剤の入っていた袋のゴミがある。リリィは今朝と全く同じように静かに寝息を立てていた。


「僕たちずうっと一緒だよ」

 アレンはぐっすり眠っているリリィにそう囁いた。

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