あまかみ
三毛猫マヤ
あまかみ
昼休みになると、私は屋上への階段を目指す。屋上へ出るためのドアは施錠されているため、ここに来る人はいない。
中学へ入学して2週間------ーー--クラスでは少しずつ仲の良いグループが形成されつつあった。
私も、友達とまではいかないが、何人かのクラスメイトと仲良くなり、学校生活に支障がないくらいの人間関係を作っていた。
さすがに体育やグループ発表の時にあぶれたりするのは辛すぎる。
学校での時間の大半が、他者と同じ空間に身を置いて、行動することを強制される。
その生活に馴染めず、学校に来なくなると、クラスメイトからは不良とウワサされ、学校側からは問題児扱いされ、親へ呼び出しの連絡が入る。
そんなことをすれば生徒は余計に学校に居づらくなり、より一層寄り付かなくなると思うんだけどなあ……まあ、それは置いといて。
私は1人で過ごす時間が好きだ。
何者にも束縛されず、誰かの顔色を伺ったり、空気を読んで行動することなく、自由気ままに、自分の気まぐれに行動していたい。
もちろん、学校生活を通して人間関係を育んだり、勉強や運動をすることも多分大切なことなのだと思う。
だから、私は昼休みにここへ足を向ける。
コンビニで購入したパンの袋を手首に引っ提げて階段を登る。
踊り場の窓から日差しが斜めに降り注ぐ中、上履きでリノリウムの床にうっすらと降り積もったほこりをかき乱して屋上への階段を歩く。
最後の踊り場を曲がり、俯きながら手元のスマホでパズルゲームを連鎖させていると……。
何かの音が聞こえ、驚いて顔をあげた。
階段を登りきった先ーーーーーーーーーー屋上へ出るドアの二段目のステップに、1人の少女が座っていた。
少女はひざの上に乗せた文庫本を黙々と読んでいた。
ぺらりとページをめくる音が、静寂を乱す。
本に意識を集中しているためか、私に気付く様子はない。
確か…クラスメイトの
意外だ、クラスで一番かわいくて、人気者の天月がなんでこんなところに1人でいるのだろう……。
天月をじっと見つめる。
白い肌に細長い指、わずかに毛先をウェーブさせた栗色の長髪。
屋上のドアにある小さな窓から差し込んだやわらかな光に縁取られる中、読書にふけるその姿は美術の教科書に紹介される絵画のようだった。
耳から垂れた髪をかきあげた時、視線を感じたのか不意にこちらを見上げ、視線が交差した。
天月の瞳がゆっくりと見開かれる。
真円を描く瞳を、きれいだなあと思いつつ、何か話さなければと、気持ちばかりが焦ってしまう。
何を言えばいいのかわからず、覗き見ていたことも相まって、自然にうつむいて、ごめん……と謝った。
いつもそうだ。私は言葉に困ってしまうと真っ先に謝ってしまう癖があった。
私の周囲に見ることのできない意識のモヤのようなものが立ち上るのがわかる。
私の言葉を受けて、天月は不思議そうに小首を傾げる。
「なんで謝るの?」
うぐっ…………痛いところを突かれて息が詰まる。
そんなの、私だってわからないよ。
でも、本人すらわからない言葉を、天月が理解できるはずもなかった。
「え……ええと、なんでかな…自分でもよくわからない……ごめん」
また謝っていることに気付き、一瞬固まってしまう。
冷や汗をかきながら、なんとか言葉を探そうとしても、頭はぐるぐると空転するばかりだった。
1人で混乱し始めた私を、天月が口許に手を添えて笑った。
「ふふ、
私は頬に熱を帯びるのを感じてうつむいた。
この場合、おかしくて笑っているのか、皮肉を込めて笑っているのか……経験が足りない私には、判断がつかない。真意を探るべく、そっと天月に視線を向けた。
黙り込んだ私に、天月が笑顔のまま謝る。
「あはは、気分悪くしちゃったかな? ごめんごめん」
考え混んでいたため、無意識に頷いてしまい、すぐにハッとして何度も首を降った。
天月は気分を害することもなく、話を続ける。
「なんか神代さん、うちで飼ってる犬っぽいかも……」
「え…い、犬? そんなことないよ」
早口で否定すると、お腹がくうぅ~っと、子犬みたいに鳴いた。
お腹を抑えてうつむく。
耳まで赤くなりそうだった。
天月が吹き出した。
私は身を固くしたまま、目を閉じて羞恥に耐える。
天月はひとしきり笑ったあと、一言。
「神代さん……」
「な、何?」
そろそろと顔をあげる。
「耳、きれいなピンク色だよ」
「い、言わないで……」
再び頬が熱くなるのを感じた。
「ごめんごめん。 あ、もうこんな時間か……」
天月は文庫本を脇においたバッグにしまい、かわりに弁当箱の包みを取り出した。
私はどうしたものか悩んでいると……。
「ほら、神代さんも一緒に食べよ。 もうあまり時間無いよ」
確かに、今から他の場所を探していたら、最悪お昼抜きもありうる。
お腹を鳴らしたまま授業なんてことになりかねない。
私は天月より一段下のステップにハンカチを敷いて腰を下ろした。
「…………」
「…………」
時間が少なくて良かった。天月と2人きりじゃ、何を話していいかわからない。
私が1つ目のパンを食べ終えて、2つ目を取り出そうとすると、不意に声が掛かった。
「神代さん、はい」
振り向くと、天月が私に玉子焼きを差し出していた。
「え……」
固まった私に天月が言った。
「その……さっきは笑ったり、からかったりしてごめんね。 なので、これはその……お詫び的なものです」
「あ、いや…べ、別に……」
天月が満面の笑みを浮かべたまま、ずいと更にこちらへ差し出してくる。箸の先が目の数センチ手前で止まり、先端恐怖症でなくてものけ反りそうになる。そうして再び同じセリフ。
「お詫び的なものです」
本来なら、ほのぼのとした光景であるはずなのに、何故か有無を言わさぬ圧を感じていた。
これを拒んだら目に箸を突き刺すのではないかという、潜在的な恐怖心からか、脇の下にうっすらと、汗がにじみ始めていた。
「じゃ、じゃあ……その、い、いただきます」
「はい、どうぞ」
口を開けると、そのまま天月が私に卵焼きを食べさせてくれた。
食べながら、あ、これって漫画とかでよくある「はい、あーん」てやつだと思ったけど、強要されている状況だったのでノーカンにしておいた。
玉子焼きは砂糖が多くて舌にざらざらとした感触が残る。食べ終わると玉子の殻が舌に残った。
その間、天月がじっと見詰めてきて、危うくむせそうなる。
「ど……どう……かな……?」
天月がやや緊張の面持ちで訊ねてくる。
「え……と、お、おいしい……です」
「なんで敬語?」
天月からツッコミを受けるが、その理由は先程までの満面の笑みによる圧力だということは黙っておくことにする。
更なる火種になりかねない。
天月は私から視線を外すと小さく息を吐いて前髪をいじりながら独白した。
「その、実は今日初めて玉子焼きを作ったの。それで、家族以外の意見も聞きたいなあと……思ったわけです」
「なんで敬語?」
今度は私がツッコミ返す。
「あ、確かに……」
なんでだろうねぇと、天月が微笑む。
少し関心する。私なんかそもそも作ろうとすら思わない。
私がじっと視線を向けていると、天月が照れくさそうに頬を染め始める。
しばし見詰めたあと、彼女に伝えてあげる。
「天月さん……」
「な、何……?」
「耳、きれいなピンク色だよ」
「い、言わないで……」
天月が拗ねたようにふいとそっぽを向いてしまう。その動きがなんか、猫っぽいかも……思ったけど、黙っておいた。
昼食を終え、急いでクラスに戻ろうとすると、天月に呼び止められた。
振り向くと天月が横を向いて、頬をかきながらぼそぼそと話し始めた。
「…その……良かったらでいいん、だけど…。 時々、ほんと時々でいいんだけど……私の作ったご飯の感想を聞かせて欲しい…のですが……」
驚いて天月を見詰める。
え?なんで私が?
だって、天月は私と違ってたくさん友達がいるのに。
今まで全くといっていいほど接点がない私に頼む意味がわからなかった。
「だめ……かな?」
ちらりと横目でこちらを見詰めてくる。
目を閉じて、胸に手を当てて考える。
ここで承諾するということは、今後この場所は私1人の場所で無くなるということだ。
それは寂しくもあったけど、天月と一緒に居て、窮屈に感じたりはしなかった。久しぶりにあんなに他人と話をして疲れてはいたけど、何かいいかもと、思っている自分がいた。
疑問はたくさん山積みだったけれど、まあそれは追々確認していけばいいかなと思う。
「別に……いいけど……」
天月が目を見開いて確認してくる。
「ほ、本当に……?」
「うん、いいよ」
「ありがとうっ!!」
天月が私の目の前に立ち、顔を近付けてきて、無邪気に笑った。
一瞬、景色が切り替わった気がした。
白い花が咲き誇る草原の中で私と天月は一緒に手を繋いで歩いていた。
遠くから、教会の鐘のような音が聞こえた。
まばたきをすると、私たちは変わらずに屋上のドアの前にいた。
天月が手のひらを差し出してくる。
なんで握手?とか、思ったけど、なんとなく、そういう気分なのかなと、適当に納得して私も手のひらを差し出した。
そうして、私たちはクラスメイトから、友達への一歩を踏み出した。
あまかみ 三毛猫マヤ @mikenekomaya
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