きこえてしまった音

ノートルダム

それは、偶然。それとも、必然? まあそこに住んでるから



 うちのアパートはぼろいけど、そこそこ広い。

 

 駅から10分。ちょうど生麦駅と新子安の間くらいにある、古い2階建てのアパートがそれだ。ぶっちゃけどちらの駅までもそこそこ遠く、かつコンビニが近所にない。


 古いつくりのためか風呂トイレが別々なのと、一応4畳半の部屋と8畳の部屋がついて四万をきる家賃だったので、引越すに引越せずもう3年ちょっと住んでいた。


 卒業後に行く予定の、内定貰った会社も横浜にあるため、卒業後も住み続けることになるだろう。

 

 難点といえば線路が近い為、そこそこ電車の音がうるさいということだ。



 常に電車の音がする。




 その日は、風呂掃除をしていた。


 リビングでスマホを充電しながら、Yout〇beをブルートゥースで飛ばして聞く。


 以前、イヤホンを使わずにそこそこのボリュームで音楽をきいていたら、大家経由で近所からクレームが来たからだ。

 確かに電車の音に加えて、聞きたくもない音楽なんぞ垂れ流されれば腹も据えかねるだろう。


 円滑な近所付き合いの為にも必要以上の騒音は立てないように、最近ではワイヤレスでイヤホンかヘッドフォンをしている。


 特に無理して買ったヘッドフォンのノイズキャンセリング機能は秀逸だった。

 電車の音もそれなりに消してくれ、音楽などを聴いている際に、気にならなくなった。



 ただ、生活防水には対応していない為、外で使う際やこうした水仕事をする際には、ワイヤレスイヤホンを使うことが多い。



 その日も、ワイヤレスイヤホンをしながら、久々に便所と風呂を気合入れて掃除することにした。


 春の初め三月のいい季節、久しぶりに天気もよく、今日は洗濯に布団干しと、いろいろ予定は立て込んでいる。





 



 ただ、まあ窓のある8畳の部屋から通路側にある風呂は些か離れており、そのためたまに通信が途切れることがたまにおこる。


 そのタイミングも正しくそうだった。


 最近お気に入りのVtuberの女の子の歌っているオリ曲が丁度流れていた時だった。



 「リコネクテッド」



 無機質な合成音が通信が切断されたことを告げた。


 ちょうどスポンジで風呂桶を擦り始めた時だった。



「マジか。勘弁してくれよ」



 立ち上がったり、風呂のドアを開けたりもしたが、繋がる様子はない。

 諦めて、風呂桶を擦るだけこすることにした。


 百均でかったなんちゃってバズマジッ〇リンの安い香りが風呂の中で膨れ上がる。



 掃除は小まめに。そして中断せずに。



 高校をでて、無理やり一人暮らしを始めて学んだことだった。


 大学二年のときにできた彼女を連れ込もうとして、微妙な空気となったあの惨状をトラウマに小刻みに掃除するようになったのは、いいことだと信じだい。


 その彼女、一寸木明日香とはまだ続いているが、彼女はいまだに俺の部屋に近づこうとしないのが、、まだ過去を引きずっている証だろう。



 なんの話だ。



 俺はとりあえず、風呂桶を泡だらけにしたので、水で流そうと蛇口に手を伸ばした。



 その時だった。

 イヤホンが電波を拾ってくれた。



「コネクティッド」



 例の感情のこもってない合成音声が、接続を告げた。

 けれども不思議なことに音を拾わない。


「しゃあねえ」


 俺は手を洗うと、風呂のよこに置いておいたタオルで手を拭うと、イヤホンの再生ボタンを押してみた。



 音がしない?

 いや違う。



 静かな空間。

 誰かの、話し声?



『……すみません。今日はダメなんで……』

『明日までには……』


 相手の声は聞こえない。

 その男の懇願するような、ぼそぼそとした話し声だけが聞こえた。


『……お願いします。もう少し……』

『待ってくださ……お願いします……』


 声の主は、相手に何かを懇願しているようだった。


『そんな……』

『……それだけは』



 プツン。



「リコネックテッド」



 そこで通信が途切れた。

 俺が、つい聞いてしまったソレ。



 それは、あきらかにありえない現象だった。


 それはそうだろう。


 


 大学に久々に行き、明日香と学食でランチしながら事の顛末を話した。


 四年の3月にもなるとほとんど単位を取り終えており、こうしてたまにゼミに顔を出す以外はほとんど学校に寄り付かなくなる。

 ぶっちゃけ後は卒業を待つ身なのだ。


 とはいっても、4学年がまとまって詰め込まれている構内だ。

 昼時になると学生でそれなりにごった返す。



 「だから引越せっていったのに」



 明日香は呆れたような声で俺にいった。

 実際目も顔もあきれ果てた表情をしている。



 馬鹿じゃないの?



 そう書いてあるようだった。


 俺はうどんをすすりながら、


「いや、でもあんなに安い家賃のところめったにないだよ」


 俺だって、たまに駅前の不動産屋の前とかを通るときに、貼られている物件情報をみることはある。それでもあの家賃は破格なのだ。


「だから。その家賃が問題なんだって。絶対あれ事故物件よ」

「そうかぁ?不動産屋だってそんな説明しなかったぞ」

 

 明日香は深いため息をついた。


「あのね。前にもいったけど、事故があってから間に一人はさめば告知義務はなくなるの!」



 明日香は俺の横浜のあの部屋に近寄らなくなった際に、俺にその手の話をしていた。

 栗色のショートカット。呆れた顔もカワイイ。


 

 その時だった。



 甘い香りがした。

 いかにも女の子っぽい香り。



 明日香が俺の後ろを見て手を振った。


「あ、凛! 久しぶり!」


 振り向けは、そこに橘凛がカレーをトレイにのせてたっていた。


「やほ」


 凛は無表情系の可愛い子だ。

 明日香のバイト友達でもある。



 明日香と凛は地元が近いらしく、埼玉からわざわざ都内の大学に通学していた。

 とはいえそれは横浜に住む俺が言えたことではない。


 というより池袋は横浜からだと微妙に遠い。

 新都心線を駆使して一本で行けるときもあるが、それでも遠いのは遠いのだ。



 その凛がふと視線をずらし、俺の横をみる。

 そこは本来は空席だ。



「一緒に食べる?」

「パス。花粉飛んでる」


 明日香の誘いを断ると、凛は俺たちの横を通り過ぎた。

 その際に、ぼそっと彼女はこう告げた。


「私も引越すことをお勧めするわ」


 それをきいた明日香は、マジか、という表情で俺と彼女の去ってゆく後ろ姿を見比べた。




 




 明日香は、凛の姿が見えなくなると、じっと俺の方を見た。



「ねえ、本当に考えてみて」


 その目は真剣だった。


「お、おう」


 凛は、その手の話では結構有名人物だった。

 明日香は彼女のことを命の恩人だと話していた。

 とある事件に巻き込まれたときに、助けてもらったのだと。



「凛があさっての方をみるとき」


 明日香はそちらの方を見ないようにして告げた。


「ナニカがいるのは間違いないの」


 春先の今の時期。


「特に花粉が舞うこの季節は」




 俺は、念のため家の前に塩の山を作ってみた。

 春の風に吹き飛ばされる。


 一瞬だった。




 その夜。

 俺はヘッドセットの方をしていた。


 こちらはノイズキャンセラがある。

 周囲の雑音が消されるはずだ。


 アレはワイヤレスイヤホンのほうで起きた現象だった。

 こっちなら、、、




「リコネクテッド」

「コネクテッド」



 そして、その現象は男性ボーカルの楽曲を聞いているときにおこった。

 

『……すみません。何とかしようとしたんです』

『お願いします。あともう少しなんです』


 

 以前より、男の声ははっきりと聞こえた。

 ノイズキャンセラのせいで周囲の音が全くしない。


 いや、なんだろう。



 金属音のような、何かが擦れるような。。。



『もうちょっとなんです』

『もうすぐそこなんです』



 そんな音が、少しづつ近づいてきているような。。。



『あと少し』

『もう少し』


 だんだん、だんだん、近くに



「うわぁっ!」


 俺は慌ててヘッドセットを外し、頬り投げた。



 そして周囲を見渡す。

 俺は座椅子に座りながら、ぼんやりMP3でスマホに落としてある音楽を聴いていた。


 窓を背にして玄関の方を向いている。

 この部屋の玄関側にはガラス戸があり、そこを開けると台所だ。



 背後は窓ガラス。

 ここは2階。



 俺の背後に何かいるハズはないのだ。 

 部屋には異変はない。



 蛍光灯も普通に光ってる。



 だけど、俺は。。。



  

  





 なし崩し的に、明日香と同居することになった。



 明日香は大学卒業した後は品川にある会社に内定を決めていた。

 社会人になってからは一人暮らしをすることを決めており、京急沿線周辺で部屋を探していたが、今回のバタバタでそれを前倒ししたようだった。



 俺はというと、その後ヘッドセットやイヤホンはワイヤレス製品を避け、有線派に鞍替えした。

 


 

 物理万歳だ。






 その引越し先で、別な事故に巻き込まれるのは、また別のお話。

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