第3話

 私はこの先どんな景色を見るだろう。

 その窓際で考えるでもなく無心のようになっていると、ノックの音がしてから背後の扉が開いた。

「千代子さん」

 私は遠くへ行きたい思いがしているの、それを知らないでしょう。

「千代子さん、息をしていないのかい」

 私の肩に手を置いた次郎に顔を覗かれて、ライオンは向こうを向いた。

「どこか、行きましょう」

 と言って立ち上がると次郎は私を抱き締めた。眼前に次郎の首筋。彼はしきりに私の背を撫でる。骨の数を数えるように。

 私は次郎を離してまた椅子に座った。次郎はその動きに伴い、私の腕に掌を伝わせそのまま手を握りそばにしゃがんだ。なにも言わずに目を見つめる。

「早く千代子さんのとなりで眠りたい」

 と、次郎は口角を上げて言う。

「まだ子どものくせに」

 あなたが窓を開けろと言う。私は体を捻って窓を開けた。古い観音開きの窓は音を立てなきゃ開かない。まだ少し肌寒い温度の風が弱く吹き込んだ。真鍮のライオンは外を眺める。

「明日死んだら──あ、いえ」

 静寂の空気を震わせた言葉に次郎は聞き返す。そしてまた私の両手を掴んだ。

「僕は千代子さんが死なないか心配だ」

 次に私を抱き締めたとき、愛してるから死なないで、と彼は私の耳元で言った。

 私は順番を間違えた。

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愛すべきベートーベン @mashia

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