第2話

 次郎さん、と大きな声で呼びながら依子が部屋に入ってきた。

 連弾を邪魔された私は年下の依子相手に腹が立ち、演奏をやめて部屋を出た。

「千代子さん」

 と次郎は私を引き留めるけど口ばかり。防音だから聞こえないけど、きっともう二人で笑ってる。

 泣きたくなるわ、誰も私を見ていない。ああ違う、あなたはそこにいる。どこにいるの、消えないで、あなたは誰なの。

 青いビロード張りの椅子の上に真鍮のライオン。何も意味はなく、ただ置いてあるだけ。そのライオンを手にとってたてがみの細かな隙間の埃を払ったり尻尾を摘まんだりした。小さくされてしまった勇敢な雄のライオン。サバンナでどう生きたのか私は知らない。

 真鍮のライオンを窓際に移して、私はその椅子に座った。いい景色なんか何も見えない。もう桜は散ってしまったし、今日は曇っている。砂の匂いが木にまじる。

 不正出血のように気分が晴れない。

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