終章 余暇エネルギー論

 ここまで、できるだけ客観的な事象に基づきながら、力不足ながらもできるだけ少子化という問題を考えようと努めてきた。しかしながら、その根本的な原因や仕組みについて、確固たる根拠を持って説明することは私にはできなかった。よって、他の方がまたこの問題を明らかにしてくださることを期待して、ここに最後の章を書いてみたいと思う。

 ここからは、私個人の希望的観測であり、客観的な事象やデータに基づいた話というよりは、どちらかといえば、ぼんやりとした出来事から得られそうな、ぼんやりとした仮説であり、またこのことを将来、客観的に証明するにしても多くの時間と労力を要するだろう、全くもって未完成な話である。そのため、賢明なる読者諸氏はここで読むことをやめても全く問題ない。

 しかしもし、私がしばらくの間、少子化について考え続けてきた結果の帰結をどのようなものか読んでみようじゃないか、という方はぜひお付き合いいただきたい。


 さて、テーマはタイトルにある余暇エネルギー論である。まず、余暇とは、次のように定義できる。人生における活動時間のうち、食料などの生活に必要な資源を獲得するために必要な時間を引いた残りの時間である。すなわち、


 余暇 = 人生の活動可能時間 - 生存に必要な活動時間


 となる。そして、余暇エネルギー論とは、この余暇そのものが何らかのエネルギー的な作用を持って、人間だけではなく動物全般に作用しているのではないか?という仮説である。家庭につながる交流電源のネットワークでは、電気は蓄えることができない、と言われる。実際、バッテリーや水力発電などの異なる物質に転換することで、エネルギーをある程度保存することは可能だが、直接的に生じた電気そのものを蓄えることができない。エネルギーはおおむね似たような性質を持っている。この余ったエネルギーは適切に処理されなければ、ネットワーク全体が崩壊してしまう。さて、先程の余暇について考えてみよう。余暇は言ってみれば、暇な時間である。社会において、生産性が大きく向上することにより、生きるために必要な食料や寝床の確保などのために必要な時間が、その個体の一日の活動時間に対して、十分に小さくなったとする。この時、余暇はどんどん大きくなる。すなわち、

 余暇 = 人生の活動可能時間 - 生存に必要な活動時間

において、人生の活動可能時間は一定であるが、生存に必要な活動時間が小さくなることによって、余暇はどんどん大きくなる。その結果、これらの個体の人生には、空白の時間がどんどん増えることになる。そして、生きるために、他になにもする必要がないのに、活動するには十分なエネルギーを持っている。さて、動物は生きるために他になにもする必要がないとなるとどうなるのだろうか?


 ここで、Universe 25 実験の結果をあらためて考察してみる。ジョン・B・カルフーン教授が行った1970年代の実験である。マウスを敵のいない、水や食料が無制限の楽園においてみたらどうなるか、その結果、すべて絶滅したという実験結果である。詳しくは他の解説を参照されたい。特に、崩壊するマウス社会の中で、特別な行動をしたマウスについて雑にまとめてみると次のようになる。


1. 美しいマウス:社会的に孤立し、個人の快適な環境整備だけをして過ごす

2. 繁殖放棄マウス:繁殖をやめるマウスが増える

3. 無気力または攻撃マウス:無気力なマウスや極端に攻撃性の高いマウス

4. 同性愛マウス:オスとオスで同性愛行為を行うマウス

5. 子殺しマウス:子育てを放棄し、巣を放棄するマウス


 こういった性質について、もちろんどのような経緯を経たのかはっきり説明できないが、ここでは、仮にマウスが処理できない量の余暇とそのエネルギーを持ってしまったがために、このような異常行動が発生したのではないか?と仮定する。(もちろんこの仮定は十分に根拠のあるものではない。)

 すると、このUniverse25における種の絶滅という帰結は、動物には、そもそも許容可能な余暇エネルギーの限界が存在しており、それを超えた余暇を得てしまうと絶滅するのでは?という結論がぼんやりと導かれてくる。


 さて、人間においてはどうであろうか。そして、このUniverse25の問題を人間は乗り越えることができるのだろうか?という謎が出てくる。ここでの私の極めて個人的な見解は、






「どうも一度、滅びかけたのでは??」





 ということである。具体的には2000年前くらいとかに。

 一神教の3大宗教といえば、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教であるが、これらの聖典は、どうもこのUniverse25の帰結と似通った話が多い。

 同性愛の禁止や攻撃に関する制限、そして、偶像崇拝の禁止。特に偶像崇拝の禁止は、この3教では強く言われている。偶像崇拝はUniverse25のマウスでは登場しなかった。(すなわちマウスが石を積み上げて礼拝することはなかった。)が、人間においては、余暇のエネルギー大きくなると、何らかの信仰を生み出してしまうのではないか、ということは想像に固くない。暇すぎるからである。様々な礼拝や行事、あるいはイスラム教の断食なども、このUniverse25の実験と非常によく辻褄があう。(私の個人的な意見。)また、これらの聖典では、度々、滅びた都市の話が出てくる。すなわち、食料などの生産性が大幅に向上し、その余暇のエネルギーを社会が吸収しえなくなった時、Universe25的に都市や村々が滅ぶ。そして、その滅びを乗り越えようとして出てきたのが、どうもこれらの一神教ではないのか?という気がするのである。これらの聖典で述べられている禁忌、すなわちやってはいけない行いは、Universe25の実験の結果生じてきたマウスの行動と共通する点が多い。

 もちろん、2000年も前に生まれたこれらの宗教が現代においてもUniverse25の問題から我々を守ってくれるとは限らないが、現代の文明は何らかの方法で余暇のエネルギーを適切に排出しなければ、マウスと同じ運命をたどってしまうのかもしれない。




皆様、ここまでお読みいただきありがとうございました。

どうか皆様の前途が幸福でありますように。



筆者



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少子化に関する諸問題の整理 山川一 @masafuro

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