終末case8 彼女の友達に会う? 会わない?

 ETのニュースアプリ『銀河』に流れてくる情報は、いつもどおり玉石混交だ。


 以前『鳥来運送トリクル』に蛍烏賊ホタルイカを頼んで以来、魚介に関する情報の割合が格段に増えた気がする。『イカ』という生き物について、なぜ『カラスの賊』という字を当てるのか、気になって調べたことも後押ししているのかもしれない。

 お陰で先日、牡蠣のお取り寄せをしてしまった。これで三回目だ。


 しかし、偏った情報ばかりが寄り集まってくるのは、時として煩わしいものだ。視野が狭まるだけでなく、こちらの行動を監視され、選ばれた情報に漬けられているようで気分も良くない。

 これはエメラルド結社のカスタマーサービスに問い合わせるべきだろうか。とはいえエメラルド結社はデバイスそのもの、つまりエメラルド・タブレット(ET)の開発元であるだけだ。

 では『銀河』は一体誰が運営しているのだろう。その所在も気になるところだ。

 だが、まあいい。今日は一年の終わりの日。今晩はみんなで薬膳料理『久庵』に年越しそばを食べに行く予定だ。牡蠣BBQに参加してくれたご主人が、いつもの野菜天盛りに加え、牡蠣の天ぷらも用意してくれるというので楽しみにしている。


 さて、【ハーフ&ハーフ】の十のお題も今終末で八つ目。

 クライマックスに近づいてきた感があって、周辺の星々でも盛り上がりを見せている。主催者のフタヒロ天使が「青空劇団フリーメイソンのハーフ&ハーフは不滅!」といった怪しいお告げをぼやいたことから一時騒然となったものの、今はまたその波も収まったようだ。

 かじかんだ手を火鉢にかざして温め、今終末のフタヒロ天使のお告げを確認した。



【演題8 彼女の友達に会う? 会わない?】(お題提供主:くまで企画さん)

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 スマートフォンをいじりながら、彼女が何気なく言う。

「そうそう。こないだ友達と話してたら関川くんの話になってさ」

「友達に僕のコト話してるの?」

「もちろん、みんなに、じゃないけどね」

 当たり前のようにいう彼女。でも僕はちょっとドキドキする。僕はどんなふうに紹介されているんだろう? ちょっと気になったりもする。 

「でさ、そろそろ、私の友達に紹介したいんだけど……どうかな?」

 突如として突きつけられたイベントに僕は一瞬返答に困る。

「関川くんが、そういうの苦手なのは知ってるんだけど……ダメかな?」

 彼女が上目遣いで僕を見る。

 僕の頭の中ではいろんな思惑がグルグルと回っていたが、こう答えることにした。

「そうだね……」

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 お題提供主の名が『くまで企画』……だと?


「なんだ……この絶望的な終末感は……」


 まさかとは思うが、俺が【演題3】で書いた闇取引専門業者『熊手企画』が、現実に存在するなんてことがあるのだろうか。それに紐づく愛宕11、そしてちゃんこ鍋を十人前食ったかもしれない『関川君』、さらにはアンドロイド型AI『関川サン』と人型ハイパーコンピュータ『ゆうけん』までも……

「まさか、な……」

 これはただの創作だ。書いたことが現実になるなんて、まるでかの有名なSF小説に登場する招き猫型招福ロボット『叶様』が、懐から取り出す定番の秘蜜道具『口は災いの元』みたいじゃないか。

 叶様の口癖「言葉は元素。口から『吐く』言葉にはプラスとマイナスがある。そこからマイナスの言葉を差し引けば、自ずと『叶う』のだ」を体現するようなエピソードと共にお披露目された、あの……



 そういえば、『霧野』という投稿者の小劇場で紡がれている『遠距離と近距離』編でも、不思議な万年筆が登場した。それは思い描いた世界を構築する、世にも奇妙な秘蜜道具だ。もちろんどんなに便利で万能に思えるものにも制約がある。

 件の脚本を一言で表現するなら「狂おしいほどの究極の愛」だ。幻想的な世界の破壊と再生を描いた物語だった。

 

「世界を創造する万年筆、か」


 今まで深く考えたことは無かったが、改めてETのホーム画面に表示されている紙と万年筆が描かれたアイコンを眺めた。『手帳』は文書や絵図を自由に書ける定番のノートアプリ、ただそれだけのもの。

 の、はずだよな……?


 ……まあいい。それよりも今終末のお題は、やけに終末感が漂っている。


 スマートフォンをいじりながら話しかけてくる彼女、か。

 二人のやり取りと有無を言わせない雰囲気を醸し出す彼女の様子から察するに、この関川くんの位置付けは『彼女の下僕』。

 全く、世の中には色んな関川くんが居るものだ。

 ET画面の万年筆をつついて、ノートアプリ『手帳』を立ち上げ、降って湧いた妄想を元に下書きを開始した。



 -----------【続き】-----------

『あんたの関川くん、話を聞いているうちに興味が湧いてきちゃった』

>そう? なら、会ってみる?

『あんたが構わないなら』

>じゃ、ちょっと聞いてみるね


 スマートフォンをいじりながら、私のために食事を作ってくれている関川くんに声を掛けた。

「そうそう。こないだ友達と話してたら関川くんの話になってさ」

「友達に僕のコト話してるの?」

「もちろん、みんなに、じゃないけどね」

 霧ちゃんはなんでも話せる私の一番の友達で、関川くんのこともよく話していた。


 例えば、お料理が好きで、リクエストすると腕を振るってくれる上、手肌を大事にしないとって、後片付けをはじめとした水仕事は全て引き受けてくれる。荷物だって全部持ってくれるし、疲れたら身体がしっかりほぐれるまでマッサージをしてくれる。お風呂の入浴剤は私のその日の気分や体調を汲み取って、絶妙なフレーバーを選んでくれるし、毎日優しい手つきで背中を流してくれる。それに眠る前、起きた時、出かける前はいつもキスしてくれるし、私を全肯定してくれる。何より普段は物腰柔らかめの押し付けがましくない男らしさみたいなものを纏っているクセに、時々構って欲しそうに甘えてくるのが堪らない。

 大体そんな話だ。

「でさ、そろそろ、私の友達に紹介したいんだけど……どうかな?」

 案の定、関川くんは戸惑っている。うんうん、そういう反応するってわかってた。

 私はさっきまでコロコロと寛いでいたソファからひょいと飛び起きて、コンロにフライパンを置いた関川くんに、背後から腕を回した。温かい背中がすっと伸びて、少しだけ緊張感が走ったのがわかる。こういった傍目にはわからない微妙な反応が愛おしいのだ。

「関川くんが、そういうの苦手なのは知ってるんだけど……ダメかな?」

 腰に回した腕をそっと解かれたのは少し不満だったけれど、振り返ってこちらを見つめる黒に近い焦げ茶の瞳をまっすぐに見返した。あと一息……

「そうだね……仕方ないな」

 関川くんは困ったなという顔をしながらも、そう答えてくれた。まあ、私の『お願い』を聞いてくれなかったことなんて、今まで一度もないんだけどね。

 私は嬉しさを表現するために、背伸びして半ば飛びつくようにして彼の頬に口づけた。もちろん、そうしたいからするのだけど、その後に見せる彼のはにかんだ顔を眺めるのが好きなのだ。


 本格的にキスしようとしてくる関川くんを、後でね〜と軽くかわして、ソファに戻る。ごろりと寝そべって、意気揚々とスマートフォンをつついた。

>霧ちゃん! 関川くんからOK出たよ!

『ほんと? じゃあさ、今度の土曜日にパーティがあるから、そこに来ないかな』

>ああ、例の? 最近、仲間が増えたんだっけ?

『そうそう。ヨシくんって呼んでるんだけどね。今となってはアレとかソレが好きな皆木くんの手解きで、どんどん開拓されてるみたい。私も腕が鳴るわ』

>霧ちゃん、腕じゃなくて、風切り音でしょ? 笑

『ま、そうとも言う』

>霧ちゃんのスパイシーさは、巷で有名だからね


 私は愛しの関川くんの器が更に大きくなるであろう期待感に打ち震えた。



タイトル『スパイシーな世界にいざなわれる関川くん』

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「こんなところか」


 彼女の友達、『霧ちゃん』はマフィアやヤクザ絡みとか、スパイシーな特殊趣向性の持ち主いう路線が濃厚だ。きっと関川くんはそういった危険な香りがクセになり、ノーマルな付き合いでは得られない高揚感や綱渡り感を得たくて、この彼女と共に居るのだろう。

 ある意味、関川くんはこういった機会を、ずっと待っていたのかもしれない。これまでの世界が崩れ去り、新たな世界が構築されるのだろう。

 先日見かけた【ハーフ&ハーフ】の番外編②のお題と作品群に、少なからず意識を絡め取られている気がしなくもないが、まあ、良しとしよう。

 不意にETの画面に影が差した。

「なあ。これ、どう思う?」

 最近は『銀河』の彼方に送信する前に、巫儀に読んでもらうようになった。ひとしきり準備が済んで、頃合いかと見に来たのだろう。

 今日の朝餉はふろふき大根。柔らかく味の染みた大根に、甘辛い味噌ダレを垂らして食べるのが美味い。あとは紅鮭の塩焼きに、定番の味噌汁と白菜の漬物……

「ねえ、無二って、こんな感じがタイプなの?」

 思いがけない声がしてぎょっとした。麗樹は朝寝坊が常で、いつだって誰よりも遅く起きる。こんな時間に土間へ現れることなんて皆無に等しいのに……

 ハッとして、画面をじっと見つめている麗樹からETを取り上げた。

「なによ、無二が渡してきたんじゃない」

 そうだけど、そうじゃないんだ。なんとなく、書いているものを麗樹に見られるのは恥ずかしい。だから、早朝に書いていたのに……



-------鳥の知らせ-------

◉番外編②のお題をほんのり絡めつつの、ストーリーとしました。


◉闇取引専門業者『熊手企画』が登場するエピソードはこちら

【演題3 優しくするのはキミにだけ?】

https://kakuyomu.jp/works/16816452219567055907/episodes/16816452219804777552



◉ハーフ&ハーフ企画 参加作品集(作者:霧野さん)

https://kakuyomu.jp/works/16816452220246177194

『遠距離と近距離』編にて、件の不思議な万年筆が登場します。



 ちなみに私がハーフ&ハーフ本体の企画参加者の紹介ページのコメント欄に書いた関川さんのイメージは、『酒と煙草を嗜む天使に見せかけた料理好きのお兄さん。エプロンは標準装備。酒を飲みつつ、ツマミを作るのは日常茶飯事。魅力的なキャラクターを書いて翻弄してくるので、注意が必要なスナイパー(本業)』です。


 ご本人曰く「そのまんまですよ」とのことなので、みなさん注意が必要ですよ。

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