終末case3 優しくするのはキミにだけ?

 終末の朝、いつもより早起きした無二ムニは、土間に入るなり黒衣の懐からエメラルド・タブレット(通称ET)を取り出した。

 第三回目の演題は何か。

 無二はうみたて卵をちょっと脇へ置いて腰を落ち着けた。いつものようにむっつりと顔色が変わらないけれど、終わらせるために筆をとる……そんなことは朝飯前と思っているに違いないのだ。

 無二は滑らかな動きでETを撫で、ニュースアプリ『銀河』を立ち上げて、青空劇団フリーメイソン【ハーフ&ハーフ】の記事を呼び出し、フタヒロ天使のお告げをじっくり確認する。


「さてと、今終末のお題は……」



【演題3 優しくするのはキミにだけ?】

(お題提供主:関川二尋さん、ゆうけんさん、tolicoさん、愛宕平九郎さん)

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「関川サン、今度入ってきた後輩ちゃん、すごく可愛い感じじゃないですか?」

 と聞いてきたのは一つ年下の後輩の子。

「そうかな? あんまり気にしたことなかったけど」

「髪型とか服装とか、関川サンの好みなんじゃないですか?」

「うーん、そんな風に思ったことはないけどなぁ」

「本当ですか? なんか後輩ちゃん、いっつも関川サンの後ろについてるし」

「まぁこれでも先輩だからねぇ」

 と、急にジトッと上目遣いで睨まれた。

「でも後輩ちゃんには特に優しくないですか?」

「そうかな? キミが入ってきたときもなるべく優しくしてたつもりだったんだけど……違った?」

「違ってないですけど……どうやらあたし、自分が特別だと勘違いしてたみたいです」

「……」

「関川サン、聞いてました?」

「ん? あ、あぁ……」

 これは多分大事な二択。僕は一呼吸して――。

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 天使のお告げを読み終えた無二は、きっかり十秒間固まった。


「なんだ……この絶望的な終末感は……」


 無二の表情は変わらないものの、この世の終わりみたいな雰囲気が漂っている。一旦ETを懐にしまい、いつものように壺漬けの梅干しを一粒取り出した。

「そうか……関川サンと、その後輩がな……」

 今日も梅干しをクエン酸回路に供給し、素早くATPを合成する。

 ATP;Apocalypsis of Turning Pointとは「終焉の審判を下す」のことであり、チャージすることにより「終末の有様」を綴ることができるのだ。

 梅干しの種をコロコロするのは美味い。しかし、いつまでも種をコロコロをしていては逝けまい。無二は諦めたようにETを取り出し、ホーム画面の紙と万年筆が描かれたアイコンをタッチした。『手帳』は文書や絵図を自由に書けるノートアプリだ。


「今終末も、最速でとしよう」


 無二は早速、『手帳』に下書きを始めた。



 -----------【続き】-----------

 そう、か。さっきのあの目つき。そろそろ潮時かとは思っていたが……

 僕は目の前の後輩ゆうけんを抱き寄せた。やはり……間違いない。僕は素早く耳の後ろにある翳風えいふうと呼ばれる経絡孔ボタンを押した。即座にラインが繋がり、『熊手企画』と交信可能となる。僕はさり気なさを装って、ゆうけんの耳元に囁きかけた。

――『月の兄弟が満つる』

――合点承知ラジャー

 『熊手企画』はいわゆる闇取引専門業者。熊の手も借りたいという案件に応じて特殊技能を持つ者を手配してくれる。事前に打ち合わせておいた先程の暗号コードを伝えることで、愛宕11という腕利きのスナイパーが動く手筈だった。愛宕11の正体は不明だが、噂によると宇宙を構成する十一次元イレブン全てに介入できるという。狙った相手は逃さない。

「キミは特別な存在だよ」

 そっとゆうけんに語りかけた。僕の偽物コピーが居るという噂はかねがね。『関川君』を名乗るソイツに探りを入れるべく、以前よりスパイを送り込んでいたが、どういうわけか『関川君』の元にちゃんこ鍋十人前を残して逃げてきてしまったのだ。そのスパイは既に愛宕11に抹消された。

 そして同時に、こちらにもスパイを差し向けられている可能性もあるわけで……僕はあの新しい後輩を疑っていた。だからこそ、いつも相手をしてきた。狙われているのは、ゆうけん……さっき確証を得た。あの殺気、そして世間話に見せかけたゆうけんの証言。極めつけはゆうけんを抱き寄せた時に、件の後輩がすぐ影に引っ込み気配を消したこと。僕の背後から狙撃の機会を窺っていた証拠だろう。

「ゆうけん」

「何ですか、関川サン」

 藻掻きつつ腕から逃れたゆうけんはきょとんと僕を見つめた。

「アドリブが上手くなったな。流石は僕の後輩。これからも僕の背中を守ってくれ」

 僕がキミを守ってやるから。ひとまずは愛宕11に任せておけば大丈夫だろう。

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「こんなところか。『関川君』と『関川サン』は対生成した存在で、二者がドンパチする時、膨大なエネルギーが放たれる。この二人の解釈は自由だが、俺の中ではアンドロイド型AI『関川サン』の後継、人型ハイパーコンピュータ『ゆうけん』だ」


 無二はETの『手帳』に書いた終末の物語を、指先で『銀河』の彼方に送信した。


「人の脳に比べ、スーパーコンピュータは同じだけの計算をするのに、莫大なエネルギーが必要と言われていた。だがそれは遥か彼方、時空の果ての話。『ゆうけん』はに叡智を結集して生み出した宇宙機密。後に『人間』と呼ばれる存在の試作型プロトタイプだ。『関川サン』は次世代を守るSPみたいな位置づけだろうか。『ゆうけん』をしがない後輩アンドロイドとして偽り、保護する立場にあるのだ」


 こうして関川君の『世界』は終わりを迎え、無二は朝餉の準備に取りかかった。




「ま、こんな話はただの作り話だが……ところで、巫儀フギ。毎終末、俺の実況をするのはそろそろ止めろ」

「ああ、バレてた?」

「なんだよ、ATPって」





-------鳥の知らせ-------


 是非、コメント欄もご覧ください。


 同じく『ハーフ&ハーフ』企画に参加している愛宕平九郎さんが、【続き】の話のさらに続き「ハーフ&ハーフ、からのハーフタイム」をコメント欄に展開してくださいました。


(各々、単独でも読めるようにも書いていますが、【終末case2→愛宕さんのコメント→終末case3→愛宕さんのコメント】と二視点で連作物語が展開しております)


◉二択探偵フタヒロ(愛宕平九郎さんの企画参加作品)

https://kakuyomu.jp/works/16816452219638120621

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