終末case2 料理の腕前

 終末の朝、いつもより早起きした無二ムニは、土間に入るなり黒衣の懐からエメラルド・タブレット(通称ET)を取り出した。第二回目の演題を待ち侘びていたのだ。

 無二は無表情で何を考えているのかワカリニクイけれど、愉しみにしていることは一目瞭然なのだ。今終末も、に導いてやると意気込んでいる。

 無二は滑らかな動きでETを撫で、ニュースアプリ『銀河』を立ち上げて、青空劇団フリーメイソン【ハーフ&ハーフ】の記事を確認した。

 フタヒロ天使のお告げが記載されていた。予言どおりだ。


「さてと、今終末のお題は……」



【演題2 料理の腕前】(お題提供主:tolicoさん)

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 今日は週に一度、彼女が家に遊びに来る日だ。ボクはわくわくしながら彼女を待っている。呼び鈴が鳴ってドアを開けると、そこには愛しの彼女が立っていた。両腕にはいっぱい食材が入ったレジ袋を提げている。

「お待たせ! 今日は関川君に美味しいものを食べさせてあげるからね!」

 満面の笑みでそう言いながら部屋に入って来る。しかし、ボクの笑顔はひきつっていた。何故なら、彼女は絶望的に料理が下手だったのだ。部屋に上がるなり早々と台所へ向かう彼女。このままではきっと絶望的な料理の数々が出来上がってしまう。

「腕によりをかけて作るからね! 期待して待っててね!」

 台所から聞こえてくる彼女の張り切った声。こんなにもボクを思ってくれる彼女の手料理。それは分かっている。頭では分かっているのだ。体が、味覚がついてこないのだ! 彼女に料理を作らせるべきか否か。突き付けられた難しい二択。ボクは彼女を阻止すべきなんだろうか? 男らしく食べるべきだろうか?

 自問自答しながら台所へと向かう僕の足取りは重かった……

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 天使のお告げを読み終えた無二は、きっかり十秒間固まった。


「なんだ……この絶望的な終末感は……」


 無二は眉を潜めて、あたりを見回した。一旦ETを懐にしまい、壺漬けの梅干しを一粒取り出して果肉を齧り、口に放り込んで指先を舐める。

「一体どうしろっていうんだ……サッパリわからん。大体にして、麗樹レキは料理なんてしないし、俺の作ったものは何でも美味いからな」

 梅干しでサッパリしつつ、クエン酸回路をぐるりと経て素早くATPを合成する。

 因みにATP;Apocalypsis of Turning Pointとは「終焉の審判を下す」のことであり、チャージすることで「終末の有様」を綴ることが可能となる。

 舌先で梅干しの種をコロコロする。それが美味いのだ。しかし、いつまでも種をコロコロをしていては逝けない。

 無二は諦めたようにETを取り出し、ホーム画面の紙と万年筆が描かれたアイコンをタッチした。『手帳』は文書や絵図を自由に書けるノートアプリである。


「今終末も、手早くとしよう」


 無二は早速、『手帳』に下書きを始めた。



 -----------【続き】-----------

「関川君、上手いのね」

 彼女は満足げな笑みを浮かべた。ボクにさせてほしいと彼女に甘えてみたのだ。濡れた彼女の唇から目が離せないまま、ぽつりと呟いた。

「まあ、黒胡椒先輩のおかげだけどね」

「……黒胡椒、先輩って……誰?」

 彼女が置いた味見皿のコツンという音が妙に響いた。

「え? 誰って……ちょっとピリピリしがちだけど頼りになる……」

「まさか、その先輩とよく一緒に料理しているとか? 私を差し置いて」

「えっと……違いないけど、別に君を差し置いてなんか――」

 ハッとした。彼女は目に涙を溜めている。どういうことだ?

「もういい! 私にだってアタゴ君が居るんだから! 関川君なんて、そのちゃんこ鍋十人前を一人で食べればいいのよ!」

 彼女はバタバタと出ていってしまった。

「な、なんなんだ? 『黒胡椒先輩』って万能調味料だろ……もしかして新商品なのか? 『アタゴ君』って……ソッチのほうが好みだったとか?」

 いずれにせよ、ボクを一人にしないでくれよ。五人前でもキツイのに……大体何故いつも大量に作るんだ。思わず、ため息が漏れた。

「いや、まさか……!」

 ボクは急に回路が繋がったかのように閃いた。

「ヘイクロウ? あいつ! 俺の親友じゃなかったのか!?」

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「ま、こんなところか。終末カルテット・ラブストーリー。一時の何とやら。でも、黒胡椒先輩は人ではないし、『アタゴ君』だって調味料かもしれないし。調味料シリーズなら、キャッチコピーは「誰をも翻弄するウマさ!」が良いだろう」

 書いた文章を読み返しながら、無二は出来栄えに満足しているようだ。

「いずれにせよ、関川君が腰を据えて、ちゃんこ鍋十人前を食べれば済む話だ。根性見せれば、時々……破……俺には無理だな」


 無二はETの『手帳』に書いた終末の物語を、指先で『銀河』の彼方に送信した。


「それはそうと……また、関川君か……まあいい。仮に親友も恋人も失ったところで、俺の知ったことじゃない」


 こうして関川君の『世界』は終わりを迎え、無二は朝餉の準備に取りかかった。


「今回の出題者はtolicoと言ったな。名前から察するに小鳥だろうが、この俺に料理ネタで挑んでくるとは……いい歌だ。俺も変歌へんかしてやったぞ。これぞ交流型演劇だ」






-------鳥の知らせ-------


 是非、コメント欄もご覧ください。


 同じく『ハーフ&ハーフ』企画に参加している愛宕平九郎さんが、【続き】の話の続き「ハーフ&ハーフ、からのハーフタイム」をコメント欄に展開してくださいました。


🍏-----🍏:『銀河』の彼方、青空劇場フリーメイソン『ハーフ&ハーフ』へ送信した脚本内容


◉二択探偵フタヒロ(愛宕平九郎さんの企画参加作品)

https://kakuyomu.jp/works/16816452219638120621

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