終末case1 あたしと仕事、どっちが大事なの?

 終末の朝、いつもより早起きした無二ムニは、土間に入るなり黒衣の懐からエメラルド・タブレット(通称ET)を取り出した。

 いよいよ、第一回目の演題が提示されるのだ。

 無二は無表情で何を考えているのか読み取りにくい奴だけれど、この日が待ち遠しかったであろうことは一目瞭然である。自分たちの仕事の流儀に則り、電光石火でに導いてやるという気概が見られた。

 無二は滑らかな動きでETを撫で、ニュースアプリ『銀河』を立ち上げて、青空劇団フリーメイソン【ハーフ&ハーフ】の記事を確認すると、先日の予言どおり、フタヒロ天使のお告げが記載されていた。


「さてと、今終末のお題は……」



【演題1 あたしと仕事、どっちが大事なの?】

(お題提供主:関川二尋さん)

 ---------------------------------

 ボクは人生の分かれ道に立っていた。右に曲がれば会社への道、左に曲がれば彼女の自宅。

「ねぇ、関川君、ここでハッキリさせて。あたしと仕事、どっちが大事なのよ?」

 また無茶な二択……答えはどっちも大事に決まってる。ちなみに真ん中にあるのはただの塀、行き止まりだ。時として女性は残酷な二択を突き付けてくる。

「もちろんキミに決まってるさ、でもね……」

「でも、はナシ。よく考えて答えてよね、返答次第じゃあたしにも考えがあるから」

 ボクが働くのはキミのためでもあるんだよ、という答えは門前払いらしい。彼女は腕組みして僕の答えを待っている。二の腕を指先でトントンしながら待っている。


「さぁ、関川君。仕事とあたし、どっちを選ぶの?」

 ---------------------------------



 天使のお告げを読み終えた無二は、きっかり十秒間固まった。


「なんだ……この絶望的な終末感は……」


 無二は眉を潜めて、あたりを見回した。一旦ETを懐にしまい、竹ザルに米を掬って冷たい水で研ぎながら考えを巡らせた。

「一体どうしろっていうんだ……俺ならどうするか…………いや、巫儀フギなら……羅土ラドはよくわからないな。璃杜リヒトは……論外か」

 そうこうするうちに研ぎ終わり、米を水に浸した。無二は諦めたようにETを取り出し、ホーム画面の紙と万年筆が描かれたアイコンをタッチした。『手帳』は文書や絵図を自由に書けるノートアプリである。

「仕方ない。俺は合理主義だから、最短経路ショートとしよう」


 無二は早速、『手帳』に下書きを始めた。



 -----------【続き】-----------

 ボクは彼女の部屋に着くなり、そっとその白い首すじに触れた。温かく滑らかな皮膚。彼女がふっとほほえんだ。もちろんボクも笑顔を返す。そして彼女を抱き寄せ、首のうしろ、その付け根にそっと触れた。身体をボクにあずけた彼女を抱いてベッドに移動する。

 割れ物を扱うように寝かせて頬に触れた。先ほどの柔らかい笑みのまま眠っている。ボクの彼女はもう二度と動かない。ボクは行かなくちゃ。最期にキミに触れることができてよかった。キミは世界の一部ではなく、ボクの一部だったから。


 この世界を終わらせる。それが会社からの司令だった。


「行ってきます」

 またいつか。キミのぬくもりが絶えるまえに、終わらせてみせるから。

 ---------------------------------



「こんなところか。ま、こういった終末もあっていいだろう。彼の女が実はアンドロイドのような存在だったのか、関川君が急所を突いて永久に眠らせたのかは、好きに解釈すればいい。もちろん『世界』が何を指しているのかさえも」


 無二はETの『手帳』に書いた終末の物語を、指先で『銀河』の彼方に送信した。


「いずれにせよ、世界の一部としてではなく、一人の君として終わらせた。それが関川君の……それはそうと、関川君とは誰なんだろうな……まあいいか。俺の知ったことじゃない」


 こうして関川君の『世界』は終わりを迎え、無二は朝餉の準備に取りかかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る