無二の朝飯前
蒼翠琥珀
二つの道を尋ねて
夜明け前
『朝の知らせ』とは何か。
鳥としては鳴けばそれで済む話だが、人の姿でいる以上そういうわけにもいかない。朝餉を用意する。その香りを漂わせることで、有無を言わさず皆を叩き起こすのだ。ここに居るのは誰も彼もがケモノのようなものだから、皆、鼻が利くのである。
*
無二はいつものように音もなく土間に入ってきて、
エメラルド・タブレットは最新の高精細ディスプレイが自慢のタッチパネル式電子機器。エメラルド結社が開発した看板製品だ。通称ET。指先で宇宙と交信することができる。
隠密で諜報活動を生業とする者にとって、このような携帯性に優れた情報通信端末は画期的な発明だ。
宇宙を飛び交う情報には、天気予報をはじめ、各地の情勢、旬の食べ物といった有益なものもあれば、どこぞの狸が拾い食いをしたら腹を壊したと呟いているような至極どうでもよい話まで玉石混交ではあるが、慣れてくれば注目すべき情報を直観的に判断できるようになる。
無二は指紋を押し当て、虹彩の認証を受け、最後に【9696】とパスコードを打ち込んだ。髪も瞳も格好も漆黒を貫き通すカラスにとって、【黒黒】など些か安易ではないだろうか。
だが無二は、太古のカラスには白色固体も居たらしいから一概にそうも言えないだろうと、あまり誰も納得しさなそうな理屈で黒を貫くのである。
ETディスプレイに表示されている『銀河』というアプリは、宇宙の最新情報からエンターテイメントまで、様々な情報が飛び交う世界の入口である。太陽の周囲を惑星が巡るような絵柄のアイコンは、原子の周りに存在する電子配置図にも見える。
古代遺跡『コンビニ』から発掘され、電子博物館に展示されている『新聞』だ『雑誌』だといったものは、この『銀河』アプリのように、当時の新しい情報を伝える役割を担っていたらしい。
無二はその見慣れたアイコンに指先で触れ、早速ニュースをチェックした。文字や絵、動画で所狭しと埋め尽くされたETディスプレイの中で、気になるトピックにタッチすると、拡大表示されたり、詳細情報が表示される。
タッチ、スワイプ、スクロールと慣れた手付きで繰り返し、網膜に情報を刷り込んでいく。その途中、不意に無二の手が止まった。
「なんだ、これは……」
円形劇場のような場所で数人が演じており、それを集まった観客が草原で好きに寛ぎながら眺めているような挿絵が付いた記事だった。タイトルは【ハーフ&ハーフ】だ。とある
主催者は『フタヒロ天使』なる者。
興味を惹かれた無二は早速ETに指先を触れた。
【いいかい。練りに練られた物語の初めから終わりまでをドラマティックに演出し、観客を湧かせるのが、我々
冒頭の天使のお告げを読み終えた無二は、たっぷり十秒間固まった。
「天使……と言うからには、どこぞの鳥だろうが、何の鳥かはよく分からないな。まあ、それはいい。だが、なんだ? この二コマ漫画は……」
記事の左側に縦四コマの区切りがあり、上二つにいわゆる『鳥獣戯画』という類の絵図が描かれている。セリフは無い。その右側には会話文を含めた脚本らしきもの。
起承転結の起承の部分のみが『お題』として配信され、転結に当たる部分を募集するらしい。舞台用の脚本が完成するよう、後半部分を書いて投稿する。誰でも参加可能だ。
物語を面白く展開させ、終わらせるのは、思っている以上に難しい。しかも起承で必ず二択を提示され、応募者はいずれかの道を選択し、その結末を書くことになる。
「なるほど……これは苦渋の選択を問われた時のシミュレーションになる。俺たちのように諜報活動をする者にとって、良い修練かも知れない。そういった選択を迫られる場面も、まあ無くはないからな」
無二は何度も繰り返し記事を読んでいる。
「四コマの残りを埋める絵を投稿してもいいと……まあ、でも俺は絵なんて描けやしないから、書くなら文章の方だな。お題は……毎終末に告知、か……」
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