【茶話】壱 鏡合わせの二人

 やれやれだ。


 俺にそっくりなコイツは巫儀フギと言って、俺のつがいだ。番は行動を共にする相棒ペアという意味だが、俺と巫儀は四六時中べったりと一緒に居るわけじゃない。同じ目的の為にそれぞれで動く。

 見た目が同じだからといって、何もかも同じとは限らない。そもそも見かけなんてアテにならないことも多いし、そんなものだけで判断するのは如何なものか。

 巫儀はやかんを傾けて湯呑に白湯を注ぎ、こくこくと飲み干した。少し厚みのある手捏てづくねの湯呑は、この屋敷の主である羅土ラドが焼いたものだ。羅土は屋敷の裏手に登り窯を併設した工房を構え、趣味で陶芸を嗜んでいる。


「その『ハーフ&ハーフ』って面白そうだね」


 水に浸しておいた米が入った羽釜を抱え上げると、天魚あまごの腹を捌いてはらわたを取り始めた巫儀が声を掛けてきた。

 コイツは俺と違って本当によく喋る奴で、羅土は俺たちのことを阿吽のようだと形容する。言いたいことは解らなくもないが、俺達はあんなに怖い顔ではないはずだ。どちらかと言うと……まあいい。そういったことは想像に任せるのが一番だ。

「無二ったら、ここ最近楽しそうだよね。ぼくたちはカラスだし、いつだって夜明け前から起き出すけれど、無二は毎週末に向けて早寝までするようになったじゃない。ぼくだって早起きしてるのに、目が覚めるといつも部屋に居ないんだもの」

 これはBGMみたいなものだ。巫儀を適当に喋らせておいて竈に羽釜を乗せた。竈の前で屈んでその暗がりを覗き込み、「煙火えんか」と呼びかけた。

 いつものように、すぐに奥から数匹の小鼠こねずみが駆け出てくる。目の前に集まった鼠はどれも手のひらに収まるほど小さく、キョロキョロしたり、軽く前脚を持ち上げて鼻をひくひくと動かしている。腹の毛は白く、背は赤茶色だ。

 他より少しだけ大きな鼠が、器用に二足で身体を持ち上げ背筋を伸ばした。


「飯を炊く。それから七輪の炭も頼む」


 黒々としたつぶらな瞳を見つめながら声を掛けると、へい、と言ったわけではないが、煙火えんかは前脚を下ろし、しきりに鼻をひくひくとさせた。

 棚から取った硝子瓶のコルク栓を開け、手のひらに流し出した向日葵の種をその鼻先に差し出した。こいつらはうちの竈の一切を取り仕切る火鼠かそという種のケモノで、この少し大きい奴が竈長おさの煙火だ。

 煙火に続き、他の小鼠たちも次々に向日葵の種を頬張った。

「それでね無二、こないだ大雨があったじゃない。ああやって濁流が過ぎた後って、いろいろと掘り返されて、埋もれていた石が表に出てきたりするから面白いよね。天魚あまごを捕りに行くついでに、面白い石がないかって、つい寄り道しちゃうんだ」

 巫儀は塩を振った天魚を串に刺している。俺は薪と炭を竈の中に入れた。炭は取り出しやすいように手前に置く。

 煙火たち火鼠かそは熱源となる向日葵の種を体内で瞬時に異化して発火することができる。さらに人の言葉に宿る言霊コードを嗅ぎ分け、意思疎通する。こいつらは学習能力が高くて、ここでの調理に必要な火加減は一通りこなしてくれる。特に指示しなくても放っておけば旨い飯が炊き上がるほどで、有難い存在だ。

 煙火たちにとっては外敵に晒されにくい環境で食べ物が手に入り、俺達にとっては火の面倒をみる作業を肩代わりしてもらえる。一種の共生関係みたいなものだ。

「やっぱさ、うみたて卵はたまごかけご飯で食べるのが一番だよね。今日は柚子胡椒とネギを乗せようかな。だし醤油を垂らした後に白ごまもパラッとかけて」

 煙火たちが火を点けた炭を取り出して七輪に移した。網の上に巫儀が持ってきた串刺しの天魚あまごを乗せる。

火鼠かそって不思議なケモノだけど可愛いよね。こんなにちっさいのにパワフルだし」

 煙火たちは竈の中に組まれた薪の周りをグルグルと走り回っている。コンパクトなキャンプファイヤーの周りで、踊り狂っているとでも言えばいいだろうか。走る速度の緩急で巻き起こる風量を調節し、火加減をコントロールしているらしい。

「さてと、ちょっと緑茶でも淹れようかな。濃いめで。無二も飲むだろうし」

 天魚の様子をみて串を回した。なすすべもなく、半身を炙られた魚が半回転する。


「ねえ無二、聞いてる?」

「…………聞いてる」


 七輪の炭がパチリと爆ぜた。





-------鳥の知らせ-------


 銀河の何処かにいると噂される『人間』という生き物は、卵殻表面のサルモネラ菌などに感染するらしく、彼らの社会では殺菌処理を経たものが、生食用として流通しているそうだ。注意されたし。

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