終末case4 今日は何の記念日?
やれやれだ。まさか
「ねえ無二、『いすみ屋』の豆腐って、なんであんなに美味しいんだろうね」
コイツは俺の
「朝イチの開店目掛けて行ってくるけどさ、出来たての豆腐をその場で食べちゃおうかな。それって、お遣いに行く者の特権だよね。あの、まだほんのり温かい豆腐を器に掬ってもらって、まず何にもつけずにそのまま食べる。もう全部そのまま食べちゃえるんだけど、まあちょっと醤油を垂らしたのも食べたいよね。おろしショウガなんてあると、尚良しだ」
これはBGMみたいなものだ。竹笊で米を研ぐ音も。巫儀を適当に喋らせておいて、早速エメラルド・タブレット(通称ET)を取り出した。今終末の……
「お題はなんなの?」
ETを撫でてニュースアプリ『銀河』を立ち上げ、
【演題4 今日は何の記念日?】(お題提供主:関川二尋さん)
---------------------------------
今日は彼女との久しぶりのデートの日だった。待ち合わせは駅の中央改札にある時計塔の下。いつも人がたくさんだけど、ここなら間違うことはない。
彼女との約束の時間は午前十一時。今はその十五分前。これから一緒に早めにランチして、近場の水族館に行くデートプランを立ててある。
ほどなくして彼女がやってきた。いつもはジーンズ基本のラフな格好がほとんどなのだが、今日は春らしい色のワンピース。普段は口紅ぐらいしかつけないのに、今日はメイクもバッチリしている。
か、かわいい……
あんまり見つめ過ぎていたのだろう。彼女はちょっと赤くなる。
「あ。やっぱり気付いちゃいました?」
え? 何に? 何も気づかなかったけど?
「……今日は関川サンとの特別な日ですからね、気合い入れちゃった!」
……今日ってなんか特別な日だっけ?
……なんだろう? さっぱり分からない。
正直に言うべだろうか?
それとも会話しつつ探るべきか?
僕にゆっくりと考える時間はなかった……
---------------------------------
米を研ぎ終えた巫儀は、今度は胡瓜を叩いている。ただの朝餉の準備のワンシーンながら、やけに暴力的な音に聞こえた。
「なんだ……この絶望的な終末感は……」
一旦ETを懐にしまい、巫儀の隣で、冷水に晒しておいた胡瓜を塩もみすることにした。これは朝餉前のおやつみたいなものだ。
「それでね、このあいだ『いすみ屋』のご主人が言ってたんだけどさ、また雛が生まれたんだって」
塩もみが済んだ胡瓜を真っ二つにへし折った。隣では、塩昆布と醤油を少々なじませた胡瓜に、ごま油を和えたらしい。そういう香りがした。
「なあ、巫儀」
ぱっとこちらを振り向いた巫儀の顔が嬉しそうに綻んだ。いつも思うが、俺はこんなに緩んだ顔はしない。自分と同じ顔だと知っているものの、別人にしか見えない。この違いこそ、巫儀が鏡の中の存在ではなく、自分とは別個に実在している証拠だ。
「特別な日ってなんだ?」
作業を終えた巫儀に胡瓜の片割れを渡すと、あっという間にぽりぽりと食べてしまった。いつものことだが、よく食うやつだ。
「そりゃあ……」
おしゃべりなくせに、巫儀が珍しく言い淀んでいる。胡瓜を齧ると青くさい香りと共に、薄い塩気と瑞々しさを感じた。巫儀は俯き加減に仄かに頬を染めている。なんなんだ? 齧り終えた胡瓜の名残とも言える指先の塩気を舐めたところで、巫儀がこちらをちらりと見て、遠慮がちにぽつりと言った。
「好きな相手と二人きりで過ごす時間のことじゃない?」
そうか、成程な。
ETを取り出し、ノートアプリ『手帳』を立ち上げた。今終末こそ、最速で終わらせるとしよう。どうも最近長引いてる気がしていたからな。早速、『手帳』に下書きを始めた。
-----------【続き】-----------
「君と会える日は、僕にとって特別な日なんだけどな。いつも」
「そう、いうことじゃ……」
いいから、と僕はその手をとって歩き始めた。さっさと行動しないと折角立てたスケジュールが水の泡じゃないか。それはそうと……
「気になってたんだけどさ、なんで今日はそんなコテコテの恰好なのかな? なんだかヒラヒラしているし、顔はキラキラしているし、どうも風変わりな香りがプンプンする」
そもそもこの時計塔の下で、僕が来る日も来る日もジーンズ・ウォッチングを繰り返し、1000の検体の中からようやく見つけたミス・ジーンズだったのに。
「ねえ関川サン、似合って……ないかな?」
「ようやく気付いたようだね。やっぱり彼女を引き立てるには、シンプルが一番」
「だって今日は、初めて……」
「初めて、は一年前の5月9日であって、それは今日ではない」
ダメだ。どうも興ざめしてしまった。僕はおもむろに彼女を引き寄せ、腕の中に丸め込んだ。今日こそ水族館で彼女にウミヘビを見せてあげたかったのに。
「関川サン、私、もう一度……」
「もういいよ、君は用済みだ」
丸まっていた彼女をほどき、来た時同様、自分の首に掛けた。ジーンズに白いTシャツ。肩の位置は地上1.5m。それがちょうど一年前、僕が見出した彼女の為の最高の止り木だった。まあいいさ、また1000検体くらいウォッチングすれば見つかるだろ。何度でもやり直せばいいんだ。
タイトル『僕の彼女はボールパイソン』
---------------------------------
「もう書けたの?」
「アンドロイド型AI『関川サン』は蛇好き、という設定だ。AIは飽きたりせずに、何度でも試行錯誤を繰り返すことができるからな」
「……ねえ無二ってさ、恋愛オンチなの?」
失礼な奴だ。返事はせずに、ETの『手帳』に書いた終末の物語を、指先で『銀河』の彼方に送信した。こうして関川サンの『世界』を終わらせ、俺たちは朝餉の準備に戻る。
「ところでさ、【ハーフ&ハーフ】に寄せられた他の脚本、無二も見てるでしょ?」
そりゃあ、気になるからな。こっそり読んでる。
「二択のお題に対する続きとして、二つの道筋を書く方もいるよね。ああいった展開の仕方も面白い。創作している人たちの頭の中って一体どうなってるんだろうね」
それは俺もずっと気になっていることだ。だから【ハーフ&ハーフ】に投稿された『話の続き』を越えて、『銀河』の彼方、フタヒロ星系界隈に散らばる
「それで最近、寄せられた感想を拾い上げて、更に番外編まで書いちゃった人も居たよね。たしか投稿者の名前は……『涼月さん』、だったかな。三つ目のお題で……」
そう。二つに分岐した道のうち、『危険な恋・カサノヴァ=フタヒロ編』を尋ねてみたところ、主人公のライバルとしてヘイクロウという登場人物に遭遇した。あれはもしかすると、俺が二つ目のお題の回答編として投稿した関川くんの親友ヘイクロウと同一人物の可能性もある。ライバルと親友は紙一重だからな。
彼は昼休みにチョコミント(トリプル)のアイスを食うほどのチョコミント好きで、甘いものに目がない俺としては、実に興味を惹かれたものだ。なんと言っても、チョコミントは甘さと爽やかさを融合した先にある神秘。甘味界の異端児だ。
「本文の『31』というキーワードに対して、コメント欄で『33』のゾロ目の数が発見されたよね。『涼月さん』がこれを料理して書いた番外編『カサノヴァの称号は誰の手に』登場する蒼翠課長ってさ、なんか……」
『涼月』という投稿者は、もう一つの道の『八方を美人に囲まれる・モテキ編』に登場した彩りの色鳥たちを踏襲しつつ、番外編では色を重ねることで『33』のゾロ目への収束を描いた。あの手法は見事だった。そうだな、『色遣いのゾロ』という二つ名なんてどうだろうか。
「なんとなくだけど、
樹理は巫儀の想い人のことだが、あれも正体がよくわからない。なにか秘めたようなところがある気はするけれど、俺にとっては無害だから頓着するに値しない。まあ
「ねえ、無二……」
そうそう。俺は料理に関して、『遥かなる料理は宇宙の先』という本をバイブルにしている。『貴方と料理を科学するYou研出版』から発行された本で、著者はgreen emeraldという芸術家らしい。正体はよくわからないが、その中で語られる美食についての考察は……
「そういえば、巫儀」
「なに!?」
巫儀の顔がぱあっと明るくなった。なんなんだ?
「早く『いすみ屋』へ行って、豆腐をもらってきてくれよ」
-------鳥の知らせ-------
◉ハーフ&ハーフ参加作品集(作者:涼月さん)
https://kakuyomu.jp/works/16816452219634382982
◉ハーフ&ハーフ(作者:関川二尋さん):企画小説メイン会場
https://kakuyomu.jp/works/16816452219618132890
♣『遥かなる料理は宇宙の先』 著者: green emerald(芸術家)
こちらは【ハーフ&ハーフ】に参加されている、ゆうけんさんが【演題2 料理の腕前】編で登場させた料理本です。他にも気になる料理本が列挙されております。
(以下のリンク先『ハーフ&ハーフ』本体のコメント欄参照)
https://kakuyomu.jp/works/16816452219618132890/episodes/16816452219851326088
*企画小説【ハーフ&ハーフ】は閲覧だけでも、偶に書いてみたりでも、どっぷり参加でも、どうぞご自由に。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます