終末case5 この服を着ろと?

 七輪の炭がパチリと爆ぜた。火熾しを終えた火鼠かそたちに向日葵の種をやり、巫儀フギが戻るのをじっと待つ。

 巫儀は俺のつがいで、行動を共にする相棒ペアだが、四六時中べったりと一緒に居るわけじゃない。同じ目的の為にそれぞれで動く。顔も髪型も体格も、身に纏う黒衣までもが同じとはいえ、何もかも同じ、というわけでもない。

 そもそも見かけなんてアテにならないものだ。

「無二! 採ってきたよ!」

 黒衣の袖を捲くり上げた巫儀の腕に、茶色い獲物が抱えられている。一瞬だけ顔を見せた巫儀は、洗ってくるからと近くを通り過ぎていった。近くの川べりへ向かったのだろう。

 今の間に投稿用の脚本を書いてしまおう。

 早速、エメラルド・タブレット(通称ET)を取り出し、ニュースアプリ『銀河』を立ち上げた。青空劇団フリーメイソン【ハーフ&ハーフ】の記事で、いつものように今終末のフタヒロ天使のお告げを確認する。



【演題5 この服を着ろと?】(お題提供主:黒須友香さん)

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 目の前で、愛しい彼女が微笑んでいる。こんなに幸せなことはない。ここのところ、お互いに忙しくて、なかなか二人の時間を持てなかったのだ。

 やっとできた、二人だけの時間。キミが満面の笑みでボクを見つめてくれる。キミのためなら、なんだってしてあげたい。心から、そう思える。

――と、ついさっきまでは思っていたんだけど――


 すまない。やっぱりムリだよ、コレ。


「似合う! 似合うよ、関川君!!」

 キミが絶対に似合うと言いながらボクに着せた服。鏡の前で、言われるがままにポーズをとってみるボク。でも……ダメなんだ。今日だけは、キミの願いをきいてあげることができそうにない。

「これ着て一緒にお出かけしようねっ!」

 ああ、彼女の弾ける笑顔がまた可愛い。この笑顔を曇らせるなんて想像するのも嫌だ。嫌だけど、この格好だけは……

 ああ、ボクはいったい、どうすればいいんだ?

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 また、七輪の炭がパチリと爆ぜた。その音で、硬直していた身体が自由になった。炭が湿気っているらしい。


「なんだ……この絶望的な終末感は……」


 先終末のお題もそうだったが、なぜ、こうも格好を変えたがるんだ。いつも同じでいいじゃないか。

 俺と巫儀の一張羅は麻紬の衣で、懐と袖口には大小様々なものを収納できて便利だ。これ以外の格好をする理由などあるだろうか。

「お待たせ〜」

 巫儀の声に反応して、火鼠たちが七輪の方へ駆けていった。ぐるぐると周囲を駆けて風を送り込み、火力を強火に調整している。どさりと重そうな竹籠を置いた巫儀は、朝堀りのタケノコを皮付きのまま七輪の炭に乗せた。網は必要ない。

「じゃあ、僕は筍ご飯の準備してくるから」

 巫儀はそそくさと残りのタケノコを乗せた竹籠を抱えて立ち去った。天ぷらもいいなあ、などと呟きが風に乗って聞こえてくる。俺は火の面倒見を火鼠たちに任せて、ETに向き直った。

 いつもと違う格好をする必要がある、とすれば……どんな時か……

「……そうか。アレだ」

 不意に閃きが舞い降りてきて、ノートアプリ『手帳』に下書きを始めた。



 -----------【続き】-----------

「まさか、こんなことになるなんて」

 駅までの近道だから、と横切った神社の赤い鳥居前。ボクは呆然と立ち尽くすしかなかった。あの噂、聞いてはいたけれど、そこまで本気にしていなかった。

 ボクも、彼女も。


 突如切り裂かれた空間。

 鳥居の中で一つ目の黒々とした瞳が開いたようだった。そこからウネウネと伸び迫る無数の手。気付いた時には、彼女の四肢が絡め取られ、瞳の奥の闇に引きずり込まれようとしていた。

 もちろんボクは彼女を取り戻そうと必死に手を伸ばした。うまい具合に縁にひっかかり、あと少しというところで……彼女はボクの手をすり抜けてしまった。おまけにボクは吐き出されるようにして追い出され、彼女だけを取り込んだ闇の瞳は、固く閉ざされた。

 あれから、どれくらい経ったろう。ボクはその場から動けずにいた。

 辺りには街灯もなく、ただ暗い。

 彼女が見繕ったこの格好。これがボクたちを引き裂くことになるだなんて。


 今日のボクのスタイルは、いわゆるアズーロ・エ・マローネ。イタリア伊達男のファッショナブル方程式。絶妙な配色。それは良いんだけれど……

 ツヤツヤに磨かれたブラウンの革靴。そしてロイヤルブルーの全身タイツ。

 グリーンを基調とした扇形の飾りを尻から生やし、背に孔雀の如く大仰に広げている。極めつけはボクの顔中に施された特殊メイク。孔雀の飾り羽に負けないくらいの百目が、焦げ茶色の凹凸の中でギラついている。

 それが彼女と一緒に見た、鏡の中のボクの姿だった。


 この飾り羽が縁に引っかかったことで、ボクはあの狭間に入れなかった。ボクだけ置いてけぼり。どうせなら、ボクも……

 繋ぎ止められなかった彼女に対する喪失感と、一人取り残されたやるせなさ。この暗闇から出て、一人街灯に照らされる勇気がない。でも、夜が明けるのはもっと怖い。許される今宵のうちに……


「ハロウィンなんて、嫌いだ」

 

 

タイトル『バイバイ、ハッピーエンド』

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「関川君は嫌がっていたが、鳥の世界に舞い降りれば、この孔雀風ファッションも中々イケてるかもしれない。それに嫌と言いつつ、実は気に入っている可能性もある。だが、そもそも見た目が全てではないだろう」

 今回の脚本は『隠井迅』という名の物語職人メイソンが書いた『ハロウ・アンハッピー』を参考にした。これは「なぜハロウィンの日に仮装するのか」をテーマとした作品だったが、今回のお題に対する俺の疑問「なぜいつもと違う格好をする必要があるのか」についての光明をその中に見出したからだ。

「無二、かまどの方は仕掛けたよ」

 ETの『手帳』に書いた終末の物語を、指先で『銀河』の彼方に送信したところで、巫儀フギが戻ってきた。今終末も滞りなく関川君の『世界』を終わらせ、俺たちは朝餉の準備に戻る。

「後でさ、筍ご飯に乗せる三つ葉も摘んで来ようかな」

 やはり物語を紡ぐ者たちの頭の中が一体どうなっているのか、どうも気になる。

 だから『銀河』の彼方、フタヒロ星系界隈に散らばる星々さくひんを見に行かずにはいられない。

 そうそう。最近、興味深いものを見つけたんだった。

 メイン劇場『フタヒロ座』周辺に展開している小劇場『人工知能は恋をするのか』。ここでは脳を研究する野郎と人工知能がライバルとして登場する話が繰り広げられている。投稿者の名前は……たしか『一帆』だったか……

「掘ってきたタケノコがまだ沢山あるから、石窯ピッツァ『柚子の樹』にお裾分けしてこようかな。この間、『タケノコとネギ味噌ピッツァ』とか『タケノコとしらすピッツァ』とか、季節メニュー考えてるって言ってたからさ」

 あの研究室はどうもキナ臭い感じがするし、教授の振る舞いも気になるところだ。それはそうと、最近登場した深山くんというのが、中々良いキャラクターで――

「お、ぐつぐつ言い出したんじゃない? ちょっと竹串刺してみようか」

 タケノコは掘ってから時間が経つにつれて、苦味やエグみが増すから、採ってきたらすぐに下茹でしてアク抜きするのが基本だ。だが掘りたてすぐのタケノコなら、土を洗い落として、皮のまま火に放り込んでしまう。

 強火で焼くのがコツだが、火加減は火鼠に任せておけばいい。

「そろそろ、いいんじゃないかな」

 この朝掘りタケノコの丸焼きは、早起きした俺たちだけの、朝飯前の楽しみだ。

「まずはそのまま食べて、その後、醤油を垂らすか」

「無二、急に前のめりになったね。そんなに楽しみにしてたの?」

「別に……いつも通りだろ」

 巫儀が火から取り上げたタケノコをこちらに寄越した。早速、タケノコの焦げた皮を剥いて中身を暴く。見事なもんだ。柔らかいだろうことは、想像に難くない。


 この艶めいた色白の穂先を真っ先に齧りたい。







-------鳥の知らせ-------


◉人工知能は恋をするのか(作者:一帆さん)

https://kakuyomu.jp/works/16816452219764931995

ハーフ&ハーフ参加作品



◉ハロウ・アンハッピー(作者:隠井迅さん)

https://kakuyomu.jp/works/1177354055072603964


 【続き】で展開した物語は、以前読了した隠井迅さんの短編『ハロウ・アンハッピー』からインスピレーションを得たものです。本作で話題にすること、及び二次創作風とすることについて、事前に許可をいただいております。

 「あの噂」は本家にて語られた話。ネタバレをしないよう、本作では主旨を改変しています。是非、本家『ハロウ・アンハッピー』も併せてお楽しみください。

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