終末case6 一度だけのわがまま

 白湯を飲みながら白み始めた空を眺め、じっと待つ。

 巫儀という俺のつがいは、行動を共にする相棒ペアだが、四六時中べったりと一緒に居るわけじゃない。同じ目的の為にそれぞれで動く。

 巫儀は遠出が好きで、大体いつも、あちこちを飛び回っている。

「無二! 採ってきたよ!」

 黒衣の袖を捲くり上げた腕に抱えられた竹籠から、今日の獲物がはみ出している。下ごしらえは巫儀に任せることにして、エメラルド・タブレット(通称ET)を取り出し、ニュースアプリ『銀河』を立ち上げた。青空劇団フリーメイソンの【ハーフ&ハーフ】の記事で、いつものように今終末のフタヒロ天使のお告げを確認する。



【演題6 一度だけのわがまま】(お題提供主:関川二尋さん)

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 彼女が優秀だってのは分かっていた。

 だってずっとそばで見てきたんだから。

「予想はしてたんだけど、遠いところに行くことになったの」

 彼女がそう言ったとき、やっぱりな、とそう思った。

「それってどこ?」

「遠いところ。たぶんココには戻らないと思う」

 僕が彼女に惹かれた理由はいくらでも思いつく。だけど彼女がボクのどこに惹かれたのかは、僕にとっていまだに謎だ。ただこれだけはハッキリ理解していた。

 ここで彼女の手を離してしまったら、僕たちの縁はそれまでだということ。

「そっか……遠距離恋愛ってことか。でも連絡手段はいくらでもある。ボクはここで待ってるよ。ここでずっとキミを待ってる」

 と、彼女はここで大きく息を吐いた。

「それはあなたのためにも、あたしのためにもならない」

「待つのもダメなのかい?」

「あたしは関川君に一緒に来て欲しい。でもあなたにはここでの生活や仕事があることも分かってる」

 ボクはすぐに返答できない。失うものは少なくないのだ。

「ねぇ、一度だけわがままを言わせて。ここでの全部を捨てて、あたしと一緒に来て」

 彼女は僕を見つめ、それからゆっくりと手を伸ばしてくる。

 僕は……

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 不意に目の前を灰褐色の影がよぎり、カッという音を立てて、何かが木造の柱に突き刺さった。見ると一羽の旅鳥シギが、己の嘴を引っこ抜こうと藻掻いている。


「なんだ……この絶望的な終末感は……」


 シギは高速で長距離飛行する渡り鳥だ。恐らくこれが『鳥来運送トリクル』の運び屋なのだろう。『産地直送の新鮮食材をマッハでお届け!』という運送屋の文言を、ニュースアプリ『銀河』の広告欄で見つけて依頼したのだ。

 迅速ランク・マッハ9のハヤブサが最も早く到着するらしいが、その速度は流石に近距離しか対応していない。シギはマッハ5ながら、遠く離れた漁港から朝どれ海産物を届けてもらうには充分だ、と石窯ピッツァ『柚子の樹』の店主も言っていた。少し前に、旬のしらすを取り寄せたそうだ。

『お待たせ〜』

 柱から嘴を引っこ抜くと、シギは電子音声を発し、あしゆびに掴んでいた巻物をポイッと寄越した。スルスルと紐解くと「ご注文のお品が『鮮度抜群! 朝どれ蛍烏賊ホタルイカ2キロ』でお間違いなければ、こちらを二つ折りにして言霊コードを入力して下さい」と記載されている。

「『満つる涼月』」

 事前に通知されていた言霊コードを口にすると、二つ折りにした元巻物の伝票が跳ね上がり、立体切り絵のポップアップカードさながらに、中から重量感のある小包が現われた。

 どういうカラクリなのかは全くわからないが、心なしか得意気に見えるシギの表情かおがなんとも憎たらしい。

「確かに受け取った」

 そう伝えると、ひと鳴きしたシギは素早く助走して飛び去り、瞬時に星になった。

「なんだか俺が終末case3のお題で書いた、闇取引専門業者『熊手企画』の暗号コードみたいだったな。まあ……細かいことはいいか」

 土間に入ると、巫儀は米を研ぎ終えたところだった。

「あ、届いたの? ホタルイカ。ぼくも『鳥来運送トリクル』の運び屋を見たかったなあ」

 そう言って巫儀は真空パックされたホタルイカを攫っていった。

 まあいい。あの素早い鳥から、良きインスピレーションを得た。下ごしらえは巫儀に任せて、投稿用の脚本をマッハで書いてしまおう。

 早速ETのノートアプリ『手帳』を立ち上げた。



 -----------【続き】-----------

「わかった」

 その一言を発するまでの時間が、妙に長く感じられた。ここに来るまでの長い道のりは、この時の為にあったのだろう。登って、ただひたすら登って……

 シャツが汗ばんだ背に張り付いている。ほんの少し前まで不快に感じていたけれど、今となっては実に些細なことだ。僕は彼女の手を取った。

「君と一緒に逝くよ」

 

タイトル 『電波塔からWe can fly !』

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「我ながら、シンプルにできた」

 そもそも、これくらいコンパクトな文章を書きたかったはずだ。

 早速、ETの『手帳』に書いた終末の物語を、指先で『銀河』の彼方に送信した。今終末も滞りなく関川君の『世界』を終わらせ、俺たちは朝餉の準備に戻る。

「無二、今終末はごきげんだね」

 巫儀は洗い終わったホタルイカの目玉をくり抜き、口を千切り、頭をつまんで軟骨すじをするりと取り出している。一つ一つ丁寧にかつ素早く作業が進んでいく。湯が沸いていたので、菜の花をさっと塩茹でした。冷水にとって水気を切り、ざく切りにする。続けてにんにくの皮を剥いてスライスにした。

「ちょっとだけさ、ぼくたちで食べちゃおうか」

 見やると、巫儀の手にはすでにフライパンが握られている。いつの間にかホタルイカの準備も万端だ。スライスしたにんにくを、にやにやと悪い顔をした巫儀の方へ押しやった。

 そういえば『柚子の樹』の店主から、有塩バターを少し分けてもらったんだっけ。保存瓶からとりだした鷹の爪がいくつか放り込まれ、香り始めたにんにくバターによってタイミングを察知したらしい火鼠たちが、幾分火を強めた。

 巫儀が菜の花、ホタルイカと順に炒め、酒を振りかける。醤油を少し、そして忘れてはいけないのが、万能調味料の『黒胡椒先輩』だ。

「ねえ、無二。アレ、出さない?」

 言われなくとも、巫儀の考えていることなら大体わかる。既に隠し扉を開けて、秘密の収納庫から迷わず一瓶取り出していた。

 この空間いっぱいに、堪らない香りが立ち込めている。万華鏡のような色柄のびいどろのぐい呑を二つ並べ、トクトクと瓶の中身を注いだ。

「できたよー」

 竈から出てきた火鼠たちに向日葵の種をやって、小上がりに腰掛けた。厚みのある手捏ねの皿を間に置いた巫儀の方へ、びいどろグラスを一つ押しやる。

 菜の花とホタルイカのにんにくバター醤油炒めのお供は『春熊』という酒だ。これは八重桜から分離した酵母を使って……


 ま、そういうわけだから。

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