【茶話】参 縁側の餅つき

 縁側にお決まりのメンツが並んで座っている。麗樹レキの双子の樹理ジュリ、この屋敷の主の羅土ラド、そして……招き猫型招福ロボット『叶様』。

 そう。かのSF小説に登場する終末招福ヒーロー『叶様』をモチーフにした癒やし系の置物。招き猫の姿をしており、ソーラー駆動により掲げた右手が動く仕様で、縁側のような日当たりの良い場所で日向ぼっこさせることが推奨されている。


 ある日突然、悠コーポレーション招福課の蒼翠課長を名乗る者から贈られてきたのだ。羅土曰く、里親を募集していたので貰った、とのことだった。全く意味がわからないながら、SF小説が現実味を帯びた気がするから不思議だ。


 鳥来運送トリクルでここにやってきた叶様は、今もこちらを見ながら手で招いているだけで、件のSF小説のヒーローのように何かを話すわけではない。実に奇妙な光景ながら、「おわりははじまり、今度の終末に福来たれ。一家に一台『叶様』」という怪しいキャッチコピーにピッタリの雰囲気を醸し出している。


 緑茶の入った湯呑を手に談笑する羅土と樹理、そして叶様に見守られながら、俺と巫儀はせっせと餅つきに励んでいる。巫儀がつき手、俺が返し手。餅に杵が降り、離れるとあいの手を入れて餅を中央へたたむ。力ではなくリズムが大事だ。

 羅土が俺たちのことを阿吽のようだと形容したのは、確かはじめて餅つきの作業をした時だったと思う。特に冬場は冷えて餅が固くなってしまうので、できる限りの速度で手際よくつくのだが、羅土は「残像しかえない」と面白がっていた。



 羅土は目が見えない。



 そうとは思えないよう振る舞うので忘れがちだが、姿形は触れて確かめ、音や香り、気配で察しているだけに過ぎない。視覚以外の感覚は鋭敏だが、色素の薄い不思議な木槿ムクゲ色の瞳には何も映ってはいない。

 叶様がここに来た日も、ツルツルとした顔を触り、ピンと伸びた髭を摘んでなぞり、立ち上がる耳を撫で、「なるほど、これが招き猫か……」と呟きながら、微かに聞こえる駆動音と共に繰り出されるソフトな猫パンチを手のひらで受けて、ご満悦だった。

 この屋敷の構造は完全に身体に染み付いているようで、誰の助けもなく好きに歩き回って過ごしているが、羅土がここから出ることはない。

 俗世から離れて陶芸に勤しんだり茶を立てたりと、風流な時間を過ごしているものの、あらゆる情報を集めることに精を出している。

 俺と巫儀は各地を飛び回って見聞を羅土に伝えることを生業にしているし、特に樹理とはよく難しい話をしている。


 特筆すべきは羅土の眼とも言える璃杜リヒトの存在だろうか。


 俺たちの仮初かりそめの人の姿は、種族を越えてコミュニケーションを取るための共通言語にようなもので、本来ワタリガラスである俺と巫儀や、オオカミである麗樹と樹理とは違って、生き物でないものに対して意図的に人の姿を与えることを、俺たちは『擬人化』と呼んでいる。

 この世で目に映る存在は、どれも光が像を結んだもの。しかしながら、光の実体を掴むのは難しい。そのものは確かに存在しているとはいえ。


 璃杜リヒトはまさしく、その『光』を擬人化した存在なのだ。


 璃杜は羅土と瓜二つで中性的な少年の姿をしている。つまり、この屋敷には三組の同じ顔が居るのだ。

 羅土の眼とは言ったものの、介助犬のように行動を補助するわけではなく、璃杜もまた、俺たちと同じく見聞きしたものを羅土に伝えている。

 ただ、俺たちが言葉を介するのに対し、璃杜はことができる。

 そういうわけで、羅土は俺たちや自身の姿も、羅土の瞳と同じ色の、庭に植えた木槿ムクゲの花の色形も知っている。俺たちが餅をつく様子も、叶様が手を招く姿も。


 ただし俺たちと違うのは、そういった視覚情報を得るのはである点だ。

 羅土は音や香り、温度、肌触り、そして味覚から得る印象が強調された世界に生きている。視覚から得られる情報の多さには、いつも驚きを隠せないと言うものの、やはりまず自身が体感できる情報を第一に考える。

 後から得られる視覚情報は補助的な位置づけなのだそうだ。


 同じ空間で過ごしていながら、羅土が感じている世界の姿は、俺たちの認識とは違っているのかもしれない。異世界でも並行世界でもなく、『感覚や解釈の違いが生み出す別次元感』によって存在する世界。違って視えること。

 視覚情報を主として感じている者には想像するのが中々難しいけれど、少なくとも羅土はそういった世界で生きているのだろう。『るのではなく、るのだ』とよく口にしている。


 のだ、と。


 見ることで得られる情報以上に、俺たちが五感を大事にするようになったのは、羅土が生きる世界を知りたいからだ。あらゆる刺激に対する感応を辿ることは、官能美の世界を紐解くだろう。

 食べ物の香り、歯を立てた時の音、質感や温度、舌触りに五味。目が見えなくとも、堪能できるを追求する。

 俺たちは朝餉の支度を通して、視覚以外の感覚を鍛えていると言ってもいい。


「そろそろ良いんじゃない?」

 最後の一つきとばかりに巫儀が手を止めた。餅が固くならないよう、熱い餅を高速でついていた身体からは湯気が立ち上っている。いつの間にか戻ってきていた麗樹と、先程まで羅土と語らっていた樹理が待ってましたとばかりに集まってきた。

 つきたての餅を丸めるのだ。丸くつやつやとした白い塊。餡を包んだり、きな粉をまぶしたり、変化もつける。塊から素早くちぎり取り、赤ん坊のようなふくふくとした柔らかさの餅の形を整えていく。

 同じような大きさの丸が整然と並んでいく光景を見ていると、麗樹と樹理がこの屋敷に来たばかりの頃のことを思い出した。

 春先に現われた二人はまだ幼かった。羅土と並んで縁側に座って、俺たちがよもぎ餅をつく様子を物珍しそうに眺め、つき終わると今みたいに寄ってきて、鼻をひくひくとさせて香りを嗅いだ。一つ丸めて見せると樹理が真似をして餅を丸め出し、中々上手いと褒めると麗樹も見様見真似でころころとやり始めた。

 手慣れた俺たちが丸めた餅と、樹理がそれなりに仕上げた餅と、麗樹が形作った大小様々の不格好な餅が並んだ光景を、璃杜リヒトが視せると羅土は大層喜んでいた。

 餅が全て形になると、あの時と同じように羅土が皆のために緑茶を入れた。目が見えないなどとは思えないほど優雅に作業する様にはいつも目を奪われる。

 湯呑を受け取り、つきたての餅だけが纏うふわふわとした柔らかさを手に感じながら一つ齧ってみると、滑らかに餅が伸びて、きな粉の香ばしい香りとたっぷり詰まった餡が疲れた身体に沁みた。

 目の前にある餅は、それぞれ誰が丸めたかわからないくらいに整っている。そういった『変化』を眺めていると、随分と時が経ったものだと実感せずにはいられない。


 幼かった二人も今では……


 叶様が招く『福』とは、きっと大部分が目に見えないものなのだろう。

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