私の彼は赤信号を渡らない

とらなか

第1話


「私の彼は赤信号を渡らない。」


これだけ聞けば、当たり前のことのように聞こえるだろう。

しかし、深夜の田舎道にあるポツンとした歩行者用信号機でさえ、彼は立ち止まってジッと待つのである。


念のため断っておくと、彼は決してお堅い人間というわけではない。どちらかといえば自堕落という言葉と共に生きているし、平たく言えばズボラな性格と言って差し支えない。


それが赤信号だけは面倒そうな顔をしながらも、きっちり守るのである。


この事を、古くからの友人に何の気無しに話してみると


「私は彼の事、そんなに知らないけど、それってあれなんじゃない?」


「なによあれって」


「ほら、身内を交通事故で亡くしてるとかさ。それで戒めとして自分だけでも気をつけてるんじゃないの?」


まさかそんな重い話に発展するとは思わなかった。しかし、彼から身内の話をあまり聞いていないのも確かだ。


「まぁ、仮にそうだとしてさ。多少重い話だったとしても、もう聞けない仲でも無いでしょ。付き合ってもう何年目よあなた達」


確かに。付き合い始めてもう3年目。同棲し始めてからもそれなりの時間が経っている。


友人と別れた私は、帰ってみたら聞いてみようと小さな決心をした。


そんなことを考えながら、家の近くまで来たところで赤信号に捕まってしまった。


夜も更けていたし、周りに人目があるわけでもなし。大抵の人は渡ってしまうと思うが、彼の影響か律儀に待ってしまう。


するとどうだろう。反対側の道からてくてくと彼が歩いてきた。


向こうも気がつき「おぉ」なんて声をあげなら近寄ってくる。

そして、そのまま赤信号なんてまるで気にせず横断歩道を渡り、目を丸くする私に向かって


「楽しかった?コンビニ行くとこだったんだよ。一緒に行こうぜ」と言った。


なんだか出鼻をくじかれたような気持ちになり、コンビニに付き添って適当に買い漁った後、今度は2人で帰りだす。


今日はタイミングが悪い日なのか、またもや同じ信号に引っかかる。


彼の歩みが止まった。

意を決して聞いてみる。


「渡らないの?いつも止まるのに、さっきは渡ってたよね?」


「ん?あー…」

手を繋いでいない、小さめのコンビニ袋を持っている方の手で頬を触った。

彼が気恥ずかしいときにする仕草だ。


「1人の時は普通に渡ったりするよ。ただ、こうして好きな人といる時は一緒に立ち止まって、ちょっとした待ち時間を共有したいと俺は思うんだよ」

と言ってやはり恥ずかしかったのか目を逸らした。


「そう。じゃ待ってようか」


彼が言うように、こうして信号を待っている時間というのは何もすることが無く、他愛無い会話をするだけだが、このちょっとした待ち時間が少し愛おしく感じてきた。


こうして、私と私の彼は赤信号を渡らない。

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私の彼は赤信号を渡らない とらなか @Toranaka

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